私は、比叡山が眺められる所で生活しています。
通勤も賀茂川べりを自転車で走るため比叡山を見ながら
走っています。今日は、朝の早い出勤で5時30分頃見ると
丁度、山頂付近に朝日が上がっていました。早起きは、三文の得
ですね。爽快な気分でした。
比叡山は日々いろんな表情をみせます。 <サイダー>
私は、比叡山が眺められる所で生活しています。
通勤も賀茂川べりを自転車で走るため比叡山を見ながら
走っています。今日は、朝の早い出勤で5時30分頃見ると
丁度、山頂付近に朝日が上がっていました。早起きは、三文の得
ですね。爽快な気分でした。
比叡山は日々いろんな表情をみせます。 <サイダー>
先日、雨上がりの大徳寺塔頭の高桐院へ行って来ました。
真正面から望む唐門は、自然石の敷石道であり、夏の青葉を天蓋に頂く、
一直線の参道は、幽玄の気に満ちていました。
楓樹を主とした野趣に富む庭で、青葉の清冽に心を洗われました。
茶室・鳳来には朝鮮から礎石を持ち帰ったと云われる、豪壮な手水鉢が置かれています。
建造物には、客殿・書院・庫裡などがあり、書院は千利休居士の邸宅を移築したもので、
書院に続いて、二帖台目の名茶室「松向軒」があります。
松向軒は、寛永5年に、三斎公の手で建立されたものだそうです。
清巌和尚によるその由来には、
「常に松声を聞き、且つ趙州無舌の茶味を嗜む、因って松向と名づく云々」とあり、
珍しい黒壁は瞑想の場の感があって、簡素な中にも幽玄の雅味をたたえた名席です。
三斎公及びガラシャ夫人の墓石は、生前に愛好された石灯篭をそれにあてたそうです。
鎌倉時代の美しい灯篭墓石は、苔を褥に静かに据わっています。
これはもともと、利休秘蔵の天下一の称ある灯篭でしたが、
豊太閤と三斎公の両雄から請われて、利休はわざと裏面三分の一を欠き、
疵ものと称して、秀吉の請を退けたそうです。
のちに利休割腹の際、あらためて三斎公に遺贈したもので、無双という銘を持ち、
また、別名を欠灯篭ともいうそうです。さらに、蕨手、灯口、横が欠けているのは、
後日、完全を忌む公自身が欠いた、と云われ、三斎公の面影が偲ばれる逸話です。
高桐院には、清厳・大心両和尚のお墓があり、また、歌舞伎の始祖として名高い、
出雲の阿国、名古屋山三郎、興津弥五右衛門などのお墓もありました。
静かに永眠する英雄豪傑、才女の歴史を偲んで参りました。
<マンマ・ミーア>
重層の建物を楼閣といいますが、京都には、特に有名な三楼閣があります。
金閣寺と銀閣寺、そしてもうひとつは、西本願寺の飛雲閣です。
この3つの楼閣を総称して、「洛陽三閣」又は「京の三名閣」と呼び、
さらに、大徳寺芳春院・呑湖閣と、東福寺・伝衣閣を加え「京の五閣」と呼ばれています。
「洛陽三閣」には共通点があり、1つは、京都の文化財として世界遺産に登録されている事!
2つ目は、庭園がとても美しく、池の面に建っている事。
金閣は、鏡湖池。銀閣は、錦鏡池。飛雲閣は、滄浪池。
池の面に建っている事により、楼閣と庭園がマッチして、一幅の名画を観ているようです。
このような、価値の高い文化財がある京都に住んでいる事、とても誇りに思います。
海外からのお客様も増加していますので、さらに深く知ってもらえたら嬉しいですね。
<チーズケーキ>
橋の下なので見落としがちですが、鴨川に架かる四条大橋の下の空間を利用して、
京都の歴史や文化の魅力を発信している「鴨川ギャラリー」が、橋の下につくられました。
そこには、大きなパネル3枚、明治・大正時代の四条大橋の写真、、、他に、
祇園祭の風景を描いた江戸時代の絵図2枚が転写されています。
勿論、英語の解説もしっかりとつけられており、外国から観光に来られる方も多いので、
意外と、隠れ家的なスポットは、私達よりも詳しいかも知れませんね。
ギャラリーは、2012年に、二条大橋と出町橋の下にも設置されていますが、
今回は、当館近くの丸太町橋の下にも設置されており、
祭り事や美術品などを紹介してありますので、是非、散歩がてら、ご覧になって下さい!
<チーズケーキ>