日本人イスラム教徒ゆとろぎ日記 ~アナー・イスミー・イスハーク~

2004年に入信したのに、2003年入信だと勘違いしていた、たわけもんのブログです。

エジプトの高級カーテンを売るにはどうしたらいいでしょう?

2005年12月24日 22時43分45秒 | イスラムライフ
ヒジュラ暦1426年ズー・ル・カアダ(11月)21日 ヤウム・サブティ(土曜日)

 昨日少し触れたことなのですが、エジプト料理店の「Deli Shop UCHIMURA」のエジプト人のご主人から相談を受けました。



 一枚50万円ほどする、超高級なエジプト製のカーテンを売るには、どのような方法が良いでしょうか? という内容でした。



 王侯貴族が使うようなカーテンだそうで、お話の様子からすると、店舗用または、高級住宅用または、骨董品蒐集家用という感じらしいです。


 「ヤフーオークションで売ってはどうか?」とか、「いろいろなHP・ブログでアピールしてもらってはどうか?」とか、「写真だけでも店に飾ってPRしたらどうか?」とかいろいろ考えたのですが、決定打がありません。


 私自身がまだ実物を見ていないので、なんともお願いしづらいのですが、何か良い知恵をお持ちの方、アドバイス頂ける方、ご協力頂ける方は一報いただけないでしょうか? よろしくお願いします。

イスラーム圏のサンタクロース(前)・ウズベキスタン編

2005年12月24日 16時02分29秒 | イスラムライフ
ヒジュラ暦1426年ズー・ル・カアダ(11月)21日 ヤウム・サブティ(土曜日)

マドラサ(イスラム神学校)の上に突然現れたサンタクロース

 「イスラーム世界」や「イスラーム圏」がどこを指すかという理論はさておいて(※1)、ウズベキスタンはイスラーム国である。
 イスラーム諸国会議機構に加盟していることだし、モスクなマドラサ(現地発音ではメドレセ)もたくさんあるし。


 数年前の年末、ウズベキスタンの古都ヒヴァのパルヴァン・カリ通り(※2)を歩いていると、突然背後から


ウワァーハッハッハッ!


という笑い声が聞こえてきた。


 「む、何ヤツだ!?」と思って振り返ると、クトゥルッグ・ムラド・イナク・メドレセのベランダにサンタクロースが立っていた(冒頭の写真)。





 なぜイスラム神学校の上にサンタクロースが立っているのか? 
 よく「日本は宗教に節操の無い国だ。仏教徒なのにクリスマスするしさあ」などと自虐気味にいう人もいるが、ウズベキスタンもなかなか節操無さそうだぞ。


 よく見ると「こっちゃ来い」というような手招きをしている。
 ウズベキスタンでは果たしてそのような意味のジェスチャーなのかどうかはわからなかったが、日本式の解釈なら「こっちゃ来い」である。


 ということで、早速走り寄っていった。近くで見るとサングラスしているし、だらしなく衣装の前を全開にしているし、どうも「不良サンタ」だったようだ。


 とりあえず一緒に写真を撮ってもらった後、「アー・ユー・ムスリム?」と尋ねると、「オフ・コース!」と力強くうなづいた。


 なにがオフ・コースなんだか。その格好で「もちろん私はイスラム教徒であーる!」と主張しても何の説得力も無いぞ。


 
 しばらくしてアタ・ダルヴァザ門から城壁の外に出てみると、今度は巨大なクリスマスツリーがあり、その前で結婚式の記念撮影をしていた。


 よく見ると、式を挙げている人々はロシア人ぽい(ヒヴァでは少数派)。
 ソ連時代には、公式には宗教が禁じられていたが、キリスト教(ロシア正教)とイスラームが庶民レベルではなんとなく微妙に混じり合ったりしていたのかもしれない。


 当時ムスリムでなかった私は「そうかそうか、イスラム教の国にもサンタクロースはいるのだなあ」となんとなく自分なりに納得したのであった。 



(※1)気になる人は、『東洋叢書⑬イスラーム世界の創造』(羽田正著、東京大学出版会)でも読んでください。

(※2)ソ連のウズベク自治共和国だった時代には、「カール・マルクス通り」と呼ばれた。独立後しばらくしてから改称。