ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

小さな政府 豊かな公

2006年11月26日 | 日々の思い

 

 5日間のThanks Giving休暇も今日が最終日。大学の図書館も昼ごろから再オープンし、つかの間のバカンスを終えた(やや憂鬱な表情の)学生たちで、自習スペースはいっぱいになっています。せっかくの穏かな初冬の昼、図書館に引き篭もってばかりなのも何だな・・・と、外出を思い立ち、羽織ったジャケットのポケットをふと見ると、一枚のパンフレットが顔を出していました。

 広げて見ると、先週末に訪れたConcordのミニットマン国立公園の一角に佇んでいた旧牧師館(The Old Manse)のもの。「あぁ、そう言えばここって4月から10月までしか観覧ができなくて、パンフレットだけポケットに突っ込んでサヨナラしたんだっけ」と思いつつ、改めてその中身を読んでみると、そこには驚くべき世界が広がっていました。

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  1770年に建てられ、アメリカの代表的な詩人 Ralph Wald Emersonが暮らしたことで知られるこの牧師館は、日本で言えば重要文化財にあたるようなものですが、その維持管理は州政府でも市でもなく、The Trustees of Reservations(TTOR)というNPO(Not for Profit Organization:非営利法人)が担っているそうです。さらにTTORのウェブサイトを見ると、その歴史の長さ、活動規模の大きさに驚かされました。

 TTORは1890年にCharles Eliotという造園技師によって設立されたそうですが、2006年度末時点で、歳入額は14,884,000ドル(約16億円)、従業員は402名(専属職員:130名、パート職員:43名、季節職員:229名、ボランティアは除く)、会費を納める会員数は37,547人、維持管理・運営に責任を持つ公園や文化財は49,402点に上ります。

 この中で注目すべきはTTORの歳入構造です。上記約16億円の歳入は17%が会費、15%が寄付、38%が文化財の入場料等、30%が出資金となっており、政府の補助金は一銭も入っていないそうです。

 さらに特質すべきは100ページにわたる詳細な年次報告(Annual Report)。僕自身、日本にいた時に仕事柄よく企業の年次報告書を見ていましたが、TTORの年次報告書の量と質は、日本の上場企業と比べても遜色ないものと言えると思います。

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 以上はほんの一例ですが、米国は「小さな政府」を標榜する社会であると同時に、多数の非営利法人が「公」の担い手として活躍していることで知られます。

 日本ではNPO・NGOというと、「金儲けではないボランティアでしょ」というイメージがまだ強いかもしれませんが、制度上はれっきとした事業体であり、株式会社との本質的な違いは、当期利益を株主への配当や役員報酬として分配することが禁じられている点にすぎません。逆に言うと、事業で得た利益をその事業拡大に振り向けている限り、金儲けはいくらでもして良いということであり、こうした制度が非営利法人が持続的に事業を行っていく上での後ろ盾になっていると言えると思います。

 また、米国で非営利法人が発達している背景として「寄付文化」が根付いていることや、多額の寄付金を投じるビル・ゲイツのような「大富豪」の存在がしばしば挙げられますが、TTORの年次報告書の例からも言えることは、寄付を受ける側の非営利法人自身が、市民や企業、あるいは金融機関に「お金を出す気になってもらう」ためのディスクロージャーやガバナンス(経営統治)の確保・向上に取り組んでいるということです。

 翻って日本の非営利法人の状況を見ると、阪神淡路大震災におけるボランティアブームをきっかけとして生まれた「特定非営利活動促進法」の制定(1998年)から8年が経過し、NPO・NGOの数自体は約2万8,000と増え続けています。しかしながら、多くのNPOが資金繰り難や経営のノウハウ不足により、せっかくのアイディアや想いを、事業として継続していくことが困難な状況にあるようです。

 規制緩和や公務員の削減による「小さな政府」が喧伝されて久しいですが、政府の規模が小さくなっても、誰かが責任を持って担わなければならない「公」の領域が一緒に縮む訳ではありません。「豊かな公」を支える多数の担い手が育って初めて、「小さな政府」が担うべき領域や姿も浮かび上がってくるのではないでしょうか。

 偶然にもジャケットのポケットから顔を出した小さなパンフレット。そこから浮かび上がった「豊かな公」の担い手、TTORのウェブサイトからは、こんな声が聞こえてくるような気がしてなりませんでした。 


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