
「観た聴いた読んだイロイロ/江原啓之スペシャル"天国からの手紙"」で、私は内向的で人となじむのが苦手。あまり学校が好きではなかった、と書きました。
だけれど、そんな私に対して優しく接してくれる人もいました。
学校では憂鬱だったり泣いてばかりの私。
放課後やっとの思いで学校が終わっても、近所の公園、と言っても遊具は無くて単なる広場で(友達がいなかったので)一人で遊んでいました。遊ぶというよりも遊具が無いので散歩している感じです。昼間は人気のほとんどないその公園は、私には日常の悲しい事やうっとうしさから遠ざけてくれるようなそんな気がしました。
ある日のこと、どこともなく私と同じ年くらいの女の子がやってきて高いフェンス(3mか5mくらいはある)に向かって走り出しました。私についてこいと合図をしました。
"えっ、何をどうするの?! そもそもあなたは誰なの?!"
聞こうとしましたが聞けませんでした。
"どうせ私の奇妙な行動を好奇の目で見て、しばらくして飽いたら私を無視して捨てちゃうんだろう"
"知らない方が良いんだ。知ってしまうと後々悲しくなるだけだ"
そんな事が日常茶飯事(読み:にちじょうさはんじ)の私はそう思っていました。
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あっという間にフェンスにたどり着くと、その子はよじ上り、一番上のところに腰掛けました。そして私にもそうするように合図をしました。
何のためか全く分かりませんでしたが、私も好奇心に駆られて上り始めました。
一番てっぺんまでたどり着くと、フェンスのすぐ横に生えていた木があって、その木は木の実がたわわに実っていました。
その子は木の実をちぎって食べ始めました。私も食べてみました。
種が大きくて周りに小さなつぶつぶ(皮みたいなの)があり、そのつぶつぶが食べられると言った感じ。味は甘いやらすっぱいやら少し不思議な感じでした。
木が大きすぎてフェンスを上らないと木の実の存在自体も分かりません。その子はそれを教えてくれたのです。
フェンスの上で夕焼けになるまで一緒に過ごしました。
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その子とはその公園で時々会って遊びました。イロイロな木の実を食べたり(その子は木の実にすごく詳しくて、食べられる実と食べられない実を知っていた)ドングリを拾ったりしました。その子とはほとんど話はしませんでしたが、私はそれでも十分楽しい時間でした。
友達ってこんな関係をいうのかな?
そんな事を考えてみたり。
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ある日、近所でお葬式がありました。私の学校の生徒が亡くなったという事で私も参列しました。写真を見てショックでした。「私と公園で会って時々遊んだ名も知らない"その子"」だったからです。
後から聞いた話では、もともとその子はぜんそく持ちで、ぜんそくの発作が原因で亡くなってしまったそうです。
私から見ると私を引っ張り回すくらい快活で、とても病気だったとは思えませんでした。
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あれから十数年経った今でも、様々な木に花が咲き実が出来始めると、その子の事を思い出します。
どうしてこんなしようもない私はまだ生きているのだろう、どうして優しかったその子は死んでしまったのだろう。
でも、私が生きている限り、その子は生き続けています。私の中で思い出とともに永遠に。