円の外へ

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趣意説明の有り無しで

2019-01-08 20:47:36 | 中高国語など指導案
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2019-1-8 書くの忘れていた……

過日、年末の12月授業でドキュメント動画を見せた。
『愛のゴスペルシンガー レーナ・マリア』
生徒はもちろん教員ももう殆ど誰も知らない。
(ネットで今調べたらもう売ってない。2013年盤なのに。名作なのに)

たまたま最初が、いちばん落ち着いて静かでがんばる2年X組だった。
X組だからと安心して、前置きも説明もなしに短編と本編レーナマリアを見せた。
結果、本編が始まってすぐ、ほぼ全員沈没、寝てしまった。
こういうときはあぶら汗が出る。
ドーンと暗く落ち込む。
18年前に中学1年に見せたら、クラスの半分がボロボロ泣いて僕もつられて泣いた。
そういうドキュメントだ。
でも、高校生は寝てしまう。
高校生では遅すぎるのだ、と思うことは度々ある。

だが、これに関しては、いやそんなはずはないと汗を拭きながら考えた。
すぐ次のY組で、最初に、
 感受性を 広げる 鍛える
と板書した。
生徒は、カンジュセイヲ、とか言いながら見ている。いい感じだ。
そして説明した。
「これから、動画を見ます。
 古典とは関係ありませんが、生きているうちに一度は見せたい動画です。
 感受性というのは、何かを見たり、読んだり、聞いたりしたときに、
 心で感じ取る能力のことです。
 けれども、感受性は鍛えないと伸びません。
 本を読んでも、絵を見ても何も感じない、理解できない人もいます。
 悪いわけではありません。
 でも人間に与えられた能力ですから、せっかくなら豊かな感受性があったほうが、
 人生の喜びとか、幸せの幅が広がるはずです。
 この前から話している、人間の幸福とは何か、の続きです。
 この動画が、皆さんにとって面白いかどうかはわかりません。
 人はたいてい、自分の好みの方向をたどってたどって、楽しいことを探していきます。
 すると、どうしても経験するものの傾向が決まってしまいます。
 だから、時々、自分の方向をはずれて、試してみる、ああこれもいいじゃないかと。
 それで、別の面白いことを見つけたら、感受性が広がったということです。
 だから、もしつまらなかったら申し訳ありませんが、試してみましょう」

全員、目を丸くして聞いている。
僕は全力で身振り手振りを交えてニコニコと話した。
話しながら、何を言えばいいか考えた。
短編3本は、絶対生徒が惹きつけられるものだけど、ちょっと合いの手を入れながら見せた。
三つ目のでは女子が一人、二人ボロボロ泣いた。
X組でもこうしていれば! あんな良いクラスなのに。無念。
本編は、歌で寝るのがわかったのでどんどん飛ばした。
もう、見方が全然違った。生徒の目が真剣だった。数人寝るのはきっと鉄が冷めてしまったのだ。
次のクラスは、もっと削った。
合いの手も上手くなった。

公立中学校のときには、こんな工夫を山ほど考えたのだ。
そして、同じものを読んだり見せたりしても、違うもののように吸収させた。
そういう力が、どんどん無くなっていく。

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