曙 町 か ら

一立川市民の
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観察日記





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耕地整理の碑

2005-12-25 | sketch/単発記事・短期連載/その他
第二次の耕地整理の功績者を記す記念碑。明治22年に甲武鉄道が
立川まで開通したが、駅前に住民が増え始めたのは改札があった
北口で、南側は駅東西の踏切(現在は両方とも地下道)近くから
だった。
駅の近くは桑畑や空き地ばかりで、道路網の整備は想像するより
困難ではなかったそうだ。
耕地整理は第一次~第三次にわったて行われ、第二次は昭和10~
18年。
余談になるが、甲武鉄道(現中央線)が敷設された背景として、
明治5年に玉川上水の水運が禁止された事が考えられる。禁止の
理由は水質汚濁だったが、飲用にも利用されていただけに当時の
技術では再開は不可能だったのだろう。
一度便利な生活を経験するともう後戻りは出来ず、代わりの輸送
手段としての鉄道は切望されていたと思われる。

錦町6。


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