ジンちゃん日記

日々の出来事をつれづれなるままに書き綴ります

研修旅行IN小倉

2006-09-10 19:38:06 | Weblog

晴れ時々曇り。朝、新幹線に乗り小倉に行く。
駅前からバスに乗り戸畑の渡し場まで行く。そして渡船に乗り若松へ。
ここ若松は、学生時代写真に夢中になっていた頃、最も写欲かき立てる土地。
毎日のように通い写真をとりまくっていたものである。
暗くよどんだ洞海湾・遠くに霞む工場の煤煙・くすんだ町並み・そしていつもいっていた喫茶店も暗かった。しかしなぜかこの陰鬱な景色が私は大好きであった。
しかし36年ぶりにきた若松は、当たり前のことではあるが、嫌になるくらいあっけらかんとしていた。
落ちたら即死すると言われていた洞海湾は、かなり綺麗になっているし、工場の煤煙はほとんどなく空は澄んでいる。
商店街も人どうりは少ないけどこぎれいなっているし、マイナー感じが好きだった「丸粕」の百貨店は、解体され更地になっている。
「何でこんなところに私たちを連れてくるん」と女房が言う。

昼前に小倉に帰り駅で昼食をとった後、魚町銀天街をうろつく。
銀天街は日曜なのかかなりの人出。
昔の勤務先「ナガリ書店」に足が向く。店の前までいくとなんと閉店の張り紙。
どうやら廃業か倒産した模様。なんと言うこと!言葉がない。

午後1時に伊勢丹前で石田夫妻に会う。
石田夫妻の開口一番「本当にジンさん、どうしたのこんなに膨れちゃって」
といわれる。
石田に会ったのは15年前。奥さんに会ったのは20年前。
その頃の体重は48キロ、ウエストは68センチ。頬はこけ、がりがりの痩せであった。いかにして10キロ太るかがテーマであった。
そりゃあいわれるわな。
石田は写真部時代の仲間。その仲間の中で唯一小倉に残り写真スタジオをやっている。喫茶店に入りまあ色々話す。もっと楽しかった青春時代、いつの間にかタイムスリップ。母校、北九州大学へ行ってみようということになる。
36年ぶりに見る北方そして北九州大学。
下宿していた巣窟「前田寮」はもちろんなく、あのカツ丼の上手かった喫茶店もなく、
市場もなく、散髪屋もなく、パチンコ屋もなく、すし屋もなく何もなくなっている。
そして北九州大学、あの激論を戦わした「青嵐荘」はもちろんなく、管理棟はインテリジェントビルに生まれ変わり、しゃれた雰囲気が漂う学び舎になっている。
36年という月日は実に残酷である。
「何もなくなってしまった!せめて前田寮が解体される前に写真を撮りに来たかったなあ」

唯一の救いは駅前の西側の飲み屋街。
ジャズ喫茶「アベベ」もなく、焼き鳥や「Qちゃん」もなく、中華料理屋「民民」もなく、ピンク映画専門店「トキワ館」もなくなっているけれど、ストリップ小屋があり、一杯飲み屋があり、所狭しと怪しい飲み屋が連なり、ソープランドがあり、昭和40年代の雰囲気がまだ残っている。
石田と歩きながら「なんかここは相変わらず」落ち着くねという。

コメント (4)
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