イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

「発見」こそが体験の神髄!(心の健康度 ② 3/10)

2014-04-25 | 第三章「無意識の世界」

 ヒノキ花粉に当たったのか?(笑)、御岳渓谷周辺を散策してから、体調がここひとつだが、今思い出しても先日の散策はそれに対しておつりがくるほど実り多かった。オジサンたち6人がカメラをぶら下げて、普通の人には見過ごされる様々な目立たない?野草に見入る。

 春の花でスミレは知っていたが、その種類の多さは、実際に歩き回って初めて感じるもののようだ。深山菫、叡山菫、牧野菫、・・・それは、実に楽しい発見の数々であった。

       

 さて、この2-3日、こころの健康度を測る体験のしかたを考察しているが、健全な体験には気づきとか発見を伴うことが多い。そして、そのことから生き甲斐の心理学では「回答は自分の中にある」とか、大切なメッセージが浮かんでくる。しかし、これは何も心理学が普段対象としていることだけではなく、様々なところで思索され、時には便利なツールとなっていたりする。

 研究開発の分野では、等価変換創造理論やTRIZが有名であるが、発見を促すための知的体系ともいえる。そして、例えば等価変換理論は、その発見というか重要な点を、~を~で~する、といった言語情報cεに帰着するのが何とも面白いところである。ちょっと古い例だが、真空管製造をしていた会社が、「熱を真空で遮断する」というポイントで魔法瓶メーカとして再生したのも、この理論どおりと考えられる。

 宗教の世界も、私にとって大事な世界であるが、「神を~で信じる」という発見・気づきは私の人生で、何よりも深い経験となっている。これと似たような体験は、意外に多くあるようだ。仏教でも、牛に引かれて善光寺参りとか、キリスト教でもサマリアの女の出会いなどが有名だ。

 企業では改善活動とかTQCが全盛期だった時代があるが、これも考えてみれば、集団的な体験活動なのだろう。個人の体験の過程にとても似ている。問題(ストレス曲線)に注視して、その本質を思索していくところは、分野が違っても同じともいえる。

 今日は、花粉症のせいか、随分話が多方面になってしまったが、「体験」と「発見」の不思議な関係は実に楽しく、花粉症を忘れられるようだ。

心の健康度 ② 3/10

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体験を深める主役は何だろうか?(心の健康度 ② 2/10)

2014-04-24 | 第三章「無意識の世界」

 本当の体験とは再生とか、脱皮とか、そういうものに繋がる貴重なものではないだろうか。そして、体験により成長があり、今までと違った世界が開かれていく。特徴的なのは・・・

 1.未知の自分の潜在的問題が顕在化し、自分でその回答を見出していく。そして、その回答は「~を~する」といったような簡単なことの本質を含んでいる。それゆえ、ある体験は経験してしまえば、何だということだが、個人にとっては実に意義深い転換点につながり、それからの人生に影響力を及ぼす。

 2.体験は思考や行動とも関係あるものの、やはり感情に眼をつけるのが体験過程を滑らかに進めるには良いようだ。

 今日は、この中で、2についていろいろ考えている。感情と思考、思考と行動、行動と感情、は深いつながりがある。さらに、人には意識の世界があると同時に無意識の世界もある。

 体験過程の歯車はどこからスタートすべきなのだろうか。U先生から教えていただいたのだが、やはり湧き起こった感情(ストレス曲線)の意義を考えるのがポイントで、最終的には、その意義(ポジティブな意味)が明確になったところで終わる。

 この冬、古代の歴史小説を読んだりして、どうしても大津皇子にゆかりの場所に行きたくなった。そして、当麻寺や二上山、そして鳥谷口古墳に3月12日に訪れる(何かの不安感から旅行という行動にでたのだろう)。それから、その意義をさらに試行錯誤していくのだが、実に意味ある偶然といっても良いことも重なり、復活祭の日程に重なるかのようことが進展していく。

 湧き起こる感情は、無意識と意識の世界の両方から発現するようで、しかも、それは何らかの原因(理想と現実)を秘めているようでもある。そして、その感情に向き合う中で体験の核心があらわれてくる。今回は、10歳の時に溺れそうになった体験とも深く結びついているようで、未完の体験を完成させていくパズルのようでもあった。

 写真は御岳渓谷。美しい様々なスミレなどの野の花。新緑中でもみじの花やクルミの花なども美しかった。

   

   

   

心の健康度 ② 2/10

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自分のこころの流れを俯瞰する!(心の健康度 ② 1/10)

2014-04-23 | 第三章「無意識の世界」

 今朝、朝の光で目が覚めた。久しぶりに朝日が差していたのだ。起きて空を見ると快晴とは言えないものの、晴れてきている。

 この数日、強風が吹いたり、雨がしとしと降ったりで、乾燥した状態もいやだが、いい加減に天気も良くなってほしいと思っていた。

 これは、天気の話だったが、心の流れも何か天候に似ているように想う。特に、この2-3か月は自分にとっても思い出深い心の流れだったようだ。突然のにわか雨(ストレス曲線)、強風(めまぐるしく変わる感情)、・・・世界的に春は再生の季節であるが、何か自分の感情生活も、それに同期しているようなところがあった。

 そして、よく判らないものが立ち上がり、視界の中に入ってくる。今まで観えなかったものが観える(反対に観えていたものが視界から消えて行くこともあるのだろう)。まあ、自分の中でちょっとしたパラダイムシフトがあったのだろう。

 さて、こうした心の流れは、健康度を観る一つの尺度にもなっている。私の、心の健康状態はどうかは秘密だが、その流れが、他人ごとのようになっていたり、支離滅裂であれば不健康なのだ。逆に、最近の天気の移り変わりが、ある意味をもって感じられるのは、健康なのかもしれない。

 今日は、早朝から活動である。久しぶりに、良い写真が撮れればなと願っている。

心の健康度 ② 1/10

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信じて観えるもの、観えなくなるもの・・・(心の健康度 ① 10/10)

2014-04-22 | 第三章「無意識の世界」

 先日、久しぶりに「パラダイムの魔力」(ジョエル・バーカー著 仁平和夫訳 内田和成序文)という経営書を手にして読んだ。ちょうど20年前くらいは、某社でマーケティングの仕事をしていて、よくこの類の本を読んでいた。

 しかし、「生き甲斐の心理学」を10年以上学び続けている現在、それを読むと、まるでアイデンティティの心理学教科書のような印象なのだ。

 アイデンティティというと、何か信条とか所属するコミュニティとか、日常生活とちょっと距離を置くもののように感じる方も多いと思うが(私もそうであった)、実に身近で影響があるものなのだ。時々勉強会で窓から観える鉄塔について参加者に意見をもとめると、様々な反応がある。肯定的なもの、否定的なもの実に様々だ。人の多様性というかアイデンティティ、個性の美について考えさせられてしまう。

 人は生きる上で何かを信じているようだ(ほんのちょっとしたことを含めて)。そして、それ故に観えるもの、観えなくなるものがでてくる。そのあたりのことを学術的に記述したのが、カール・ロジャースのパースナリティ理論の11だと思う。ちょっと難しいが引用してみる。

 11:いろいろの経験が個人の生活において生起すると、それらの経験は、(a)なんらかの自己との関係への象徴され、知覚され、体制化されるか、(b)自己との構造との関係が全然知覚されないので無視されるか、(c)その経験が自己の構造と矛盾するので、象徴化を拒否されるか、もしくは、歪曲された象徴化を与えられるか、のいずれかである。

 宗教を信じて観える世界は、このブログでも述べたが、瀬戸内海の命がけの航行のすえに、大坂本願寺に辿りつき涙を流さんばかりの安芸門徒に対し、村上水軍の娘、景はクールに見つめる。そんな違いがあったりする。誰でも様々な組織に所属することが多いが、いつの間にか染まってしまい、観える世界や観えなくものが出てくる。

 福島の原発問題でもそうだ、事故直後にまともなロボットが一台も稼動していない映像に驚愕したが、集団的に何かを信じたために大切なことが観えなくなっていたとしか考えられない。

 さて、皇居の周りを歩けば、たくさんの人が優雅にジョギングをしているのに気付く。高額の人間ドックの話もよく話題になる。身体の健康に膨大な時間とお金が投資されているようだ。しかし、あれだけ問題になっている心の健康に対し、どんな予防医学が導入されているのだろうか?「生き甲斐の心理学」はまさに予防医学的な面を持っているが、それを真面目に学ぶ方は実に限られている。どちらかというと予防ではなく後工程のケアに想いを馳せている人が多い。明らかに、多くの人は何かが観えなくなっているとしか考えられない・・・

 さて、こうしたアイデンティティによる心のフィルターで、大事なことが見過ごされたりする悲劇が起こる。

 自分の中に「はだかの王様」をはだかだと告げる少年のようなこころの柔軟さを持ちたい。それは、五感や感情を大切にした訓練なのだろう。

心の健康度 ① 10/10

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湧き起こる感情を役立てる!(その3) (心の健康度 ① 9/10)

2014-04-21 | 第三章「無意識の世界」

 湧き起こる感情が何か特別なことから、一つのことに囚われてしまい、昨日のストレス曲線、不安感ー>怒りー>身体的症状ー>ウツー>錯乱の波に呑み込まれそうな場合、どうしたらよいか?このブログでも述べてきた防衛機制の肯定的な機能をうまく使おうとしてみたり(合理化、逃避、置き換えなど・・)、心の問題の知識のある専門家に相談したり、いろいろある。

 その中で、私が愛用している素晴らしい方法(生き甲斐の心理学の理論にもある)が一つある。

 それは、とても簡単である。①何のために生きているのか?②生き甲斐は何か?③自分(身体、心、魂)を大事にしているか?以上の3つの自問自答をのんびりすることである。実は、これは自分のアイデンティティを立て直す作業なのだ。

 こんなことで悩みが解決するのかと考える方が多いと思うのだが本当だ。のんびりと散歩しながらでも自問自答すると、突然違う世界が観えたりする。自分を俯瞰し、視点を変えることで、今までの殻を脱ぎ新しい考えに辿りついたりする。考えが変わると悩みも歓喜に変わったりする。

 個人の心の葛藤の問題は、様々な社会現象に似ているところがある。逆に言えば社会現象をみていると心の葛藤が分ったりする。今回の問題はアイデンティティということだが、それに似た事例もあった。

 今、たまたまFB友達の投稿にあった「パラダイムの魔力」(ジョエル・バーカー著 仁平和夫訳 内田一成序文 日経BP)を買って読んでいる。これは、私が若いころマーケティングで仕事をしていたころに、良く見たSを逆さにした波のようなシンボルがいたるところにでてくる。当時は原典を知らなかったので、自分がマーケティングのもぐりであったことも改めて悟ったのだが(笑)。

 最近のビジネスを考えても、情報技術の革新による大波により、多くの分野で従来のやり方が通用しなくなり、新しいやり方を取り入れなければならなくなっている。しかし、収入面や人間のモチベーション等でかじ取りが難しい、それこそ難破一歩手前の状況に置かれることが多いのだ。

 例えば写真のフィルムはアナログの技術の代表的なものであるが、デジタル化の波の中で今では劇的に縮小した市場である。この中で、日本のフィルムメーカーはF社のようにデジタル技術中心に再生しているが、かつての業界を君臨した米国の某社は見る影もない。

 そして、想うのだが、激変の中で大局を失わず自らのアイデンティティ(この場合は会社の理念だろうが)ですら変えていく哲学的部分だ。

 これは、個人の場合でも同じだと思う。目先の問題にとらわれないように自問自答しつつ、より俯瞰して(自分の生や死も)、アイデンティティを作り変えて行く。そして、大局観を得ると悩んでいた問題、否定的な問題が、突然肯定的なものに変わったり、どうでもいいことに変わってしまう。悩みは、明日への推進力に転化する。

心の健康度 ① 9/10

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