イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

心の流れをイキイキとさせる!(その1)(心の健康度 ② 4/10)

2014-04-26 | 第三章「無意識の世界」

 「生き甲斐の心理学」を学んできて、一番の収穫は、心の流れを楽しむ術を知ったということがあると思う。自分の感情の動きを意識することは、普通の人はやらないと思うが、一日に一度でも、そういう時間をもち思索をすると、それが例えば小説「村上海賊の娘」よりも楽しくなってくるのだ。

 ただ、自分の感情を意識することは、何も「生き甲斐の心理学」という理論を知らなくてもでき、私も社会人となり営業の仕事になれてきたころは、自分の感情が一日の中で大きく変化することを意識するようになり、ちょっと戸惑ったことがあった。

 それは、感情の流れを意識することは良いが、それを幸福曲線に導く基本的知識が無かったからかなと思う。感情の大きなうねりの中で船酔いを起したのかもしれない。

 では、船酔いにならず、感情生活を楽しむのはどうしたら良いか、「生き甲斐の心理学」147ページのテキストに網羅されているのだが、そのいくつかをここでは紹介していきたい。

 さて、先日は奥多摩で野草や渓谷を楽しんだが、例えば、写真はもみじの花である。昨年、飛鳥にNPOで行ったとき、もみじの名所の談山神社でもみじの花が沢山に咲いていたが、それを思い出しつつ、爽やかな奥多摩の美しい自然に心が躍った。

 これは、自然との一対一の対話の中で幸福感を味わった一例であるが、幸福感は素直に日常の中で感じられるもののようだ(ただ、これも訓練によるが、他者の愛を感じにくいという問題を持つ人(自戒も含めて)は結構多い)。人は、どうしても頭でこねくり回した理想とか条件で、頭をいっぱいにしがちだ。次は有名な啄木の歌であるが、啄木の頭に占めている立身出世の幸福の条件と、花とか妻という、日常の幸福感と代表するものと対比しているようだ。

 友がみな 我よりえらく見ゆる日よ 花を買い来て 妻としたしむ

 幸福の条件も大事だが、心の流れを考える場合には、幸福感といった瞬間的かもしれないが実存的な感情を大事にする意味は実に大きい。そして、想うのだが、啄木が亡くなって随分経った今。この啄木の歌は今でも愛されているが、啄木の友達は誰で何をしたかを気にする人はいない。本当に大事なものは何か?考えさせる歌である。

心の健康度 ② 4/10

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