イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

相手のロジックより気持ちの理解が大切!(傾聴のポイント3/10 )

2012-02-19 | 第八章「魂と聖霊」

 日々の仕事の中で、感情のもつれ合いを散見したり、経験するのはよくあることだ。

 ひどい時は、口論や喧嘩まである。

 さて、今回の旅行も、夫婦で身内ということもあるが、遠慮ない自分の意見が飛び交うので(ホンネを語ることは健康的であるが)、オフィシャルな場より、ある意味難しいところがある。

 ところで傾聴では、感情の理解をとても大切にする。人を大事にすることは、感情を大事にすること。また理論上、感情はとうの本人すら意識化できていない真実をあぶり出すかもしれない鍵だからである。感情は、人の作った理屈の世界より人間の本質、魂といってよいか、そういうものにより近い。

 そんなことで、カウンセラーや心理療法家は相手(クライアント)の感情の理解に全力を注ぐ。もちろん、必死に話している相手の思考ロジックを無視するのではないが、感情の理解をとても大切にする。でも、感情が全く見えないケースも多い。この場合は、相手の防衛機制が強くて、まあ、鎧かぶと状態なのである。こうした場合は、当然ながらラポール、心理的接触のフェーズと考えたほうが良い。

 そして、旅行では、この傾聴のポイント(感情の理解)がとても役にたつ。所詮楽しみのための行動なのであるから、難しいロジックが介入しにくい。それでも、意見のぶつかり合いは当然ある。

 今回の旅行では、特にウィーンでの観光で意見が衝突しそうになった。どうもウィーンは懐の深い文化の街であり、いろいろな誘惑があるようだ。私はウィーン大学のフロイトさんの銅像を是非見たいと思ったが、墓地で偉人のお墓を訪れたいという方もいらっしゃった。音楽家に興味のある方、美術に興味のある方、・・・もちろん、買い物が大好き。あるいは、ケーキとウィンナーコーヒーを某有名店で飲みたいという方も。そのすべてをカバーできるような計画で旅行をすればよいが、そうもいかない。結局二人で行動するときには、溝ができやすいところのようだ(別行動という手もあるが)。

 こうした時に、相手の話のロジックより、さまざまな湧きおこる感情を理解しようとすることが大切。そして、感情を理解しようとすることだけでも、何か相手に伝わるものがあるようで、事態はより平穏に。そして、自分が相手の立場であれば、そういう感情をもつだろうな。そんな理解の態度が次の傾聴の基本である、共感とか受容に繋がる。

 傾聴のポイント 3/10

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相手の機嫌と自分の機嫌に気に留める!(傾聴のポイント 2/10)

2012-02-18 | 第八章「魂と聖霊」

 観光旅行をしていると、様々な二人連れと遭遇する。夫婦やカップル、親子、友達・・・、仲のよさそうな微笑ましい二人、ちょっと険悪で喧嘩をしている二人・・・。まあ、人のことは良く分からないが、今回の旅行は妻と私の二人だったので、普段経験できない経験も!

 さて、傾聴も、二人の関係でなりたつ。問題をもっている人(傷ついている人)と、それを支援する人(カウンセラーや心理療法家)の関係である。そして、その二人で問題を解決していくのである。そして傾聴を学んでいくと、二人だけでなく一対多の関係も、そのノウハウを応用することができるようだ。講演会やプレゼンテーションにも応用できるんだなあと感じたのは、1月の心理療法家U先生の講演会の時でだった。

 二人の関係。お互いに無視する関係は、心の傷になるので論外だが、通常は、傾聴する側は、相手を心から大切にしようと決意するところからはじまる。そして、自己肯定ー他者否定(尊大、傲慢)ではなく、自己否定ー他者肯定(卑下、劣等感)でもない自己肯定ー他者肯定(愛)を目指す。

 二人の間の微妙な間合い。これは、傾聴訓練でいうと「間」の問題かもしれない。また、カールロジャースの「心理療法に必要かつ十分な6条件」でいうと、2番目3番目(クライアントと治療者に係る条件)に関係しているようだ。

 相手が、精神的に調和しているか、何か不安定なところがあるのか(簡単にいうと相手の機嫌か)に気を留める。同時に、自分も安定しているか、不安定かにも気を留める。そのポイントを忘れないことがとても大切。自分と相手の位置を知るのは、道に迷わないポイント(お互いに無視するようになるなど)のようだ。

 生き甲斐の心理学を勉強しても、傾聴の時に私が不安定で、相手のほうがよっぽど安定しているときもある。そんな時は素直に、自分の不安定を認めたほうが良いようだ。そして、相手をケアしたり、時に相手に自分をケアされたり。

 先日の二人の観光見学も、私はAを観たい。私はB・・・そんなちょっとした意見の相違や、道に迷ったりのハプニングもあった。そして、自己概念ゆえに見えない世界も、二人の会話の中で、すこし垣間見るチャンスがあったりした。観光の外に、自分を拡げる楽しみ(自分の愚かさに気付くことなども)も頂ける。

 ウィーン、ブタベストやプラハも古い町。東京もそうだが、道も微妙に曲がっていてとても迷いやすい。でも、良い思い出になった。

傾聴のポイント 2/10

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旅行でのストレスを楽しむ?!(傾聴のポイント 1/10)

2012-02-17 | 第八章「魂と聖霊」

 旅行することは、新しい経験をすることで、楽しみも多いが、不安も多い。今回の海外旅行も、事前にハンガリーの政情不安や寒波到来でヨーロッパでも被害があるなどの情報も舞い込み、パックツアーであったが、参加するかどうかはちょっと勇気が必要だった。

 さらに、普通は旅行は日常から離れての楽しみという風に見られり、実際にそう思い込んだりするが、家族など親しい仲で非日常的な旅行をするのは、いつもと違ってストレスも高まっているので、人間関係でぶつかったり・・・そういうことも通常よりある。もう死語になっているかもしれないが、成田離婚などは、そうした現象の一つかもしれない。

 私も、若いころの旅行では、そうした失敗も経験した(思春期の子供を連れての旅行などで)。また、生き甲斐の心理学を学んできたので、不安とそれに対する心の仕組み(防衛機制)を時々意識し、日常の自分の傾向と対策を視野にいれつつ旅行をした。それと、昨日のブログではないが、ホンネを爽やかに主張することも大切なようだ。

 まあ、旅行は、全体的にこころの防衛機制(鎧かぶと)を強いて、心の柔軟性を減じるところがあるようだ。

 でも、日常の中でも、旅行と同じように知らず知らず防衛機制を張り巡らせ緊張することは多い。私もサラリーマン経験もあるが、初対面の人と会話するとか、何か講演をしたりプレゼンテーションをしたりするとか・・・そんな時もそうである。

 また、日常の中で、親しい人が悩んでいたり、そういった時の対応も同じ。親しいはずの人でも、初対面以上に緊張していることもあるものだ。

 そして、生き甲斐の心理学では、こうした時の対応の仕方のヒントを教えてくれる。傾聴の知識は、とても役に立つ。

 次の写真は、ウィーンのフロイト公園の写真である。生憎雪が降りリラックスしてベンチで気楽に語り合う訳にはいかなかったが、フロイトさんの発見した防衛機制をはずし、心を伸びやかにするには、まずはこちら側が無防備で鎧かぶとを脱ぎ、リラックスして公園のベンチに座る態度が必要なのかもしれない(そんな風に考えて公園を造ったのだろうかは不明だが(笑))。

 生真面目な挨拶ではなく、かざりけなくリラックスした言葉かけが大切とされている!(傾聴訓練表の一番目、無防備)

傾聴のポイント 1/10

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本音を主張するとハッピーになる!(心と心をつなぐ 10/10)

2012-02-16 | 第八章「魂と聖霊」

 生き甲斐の心理学を勉強していくと、如何に自分は自分の本音について無知だったかが判ってくるようである。

 こころの防衛機制(抑圧、抑制、昇華、合理化、感情転移、置き換え、知性化、退行、同一化、摂取、投影、反動形成、補償)はフロイトにより発見されたが、この心の仕組みにより、自分の生の感情や思考、行動が時に歪曲化されて、自分の本音が見えなくことがある。しかし、自分の本音を掴むことを意識していると、だんだん自分の本音を掴むことが上手になるようである。

 そして、時に、その本音を爽やかに主張する(実際は、未熟な私はぎこちなく主張することも多いが、それでも充分。まあ、練習が大事ですね)。

 そうすると、不思議なことに、周りに波風がたつが、そのホンネを中心に新しい調和が生じることを何回も経験する。そして、それは主張しないより遥かに良い結果を産むと思う(周りも自分も幸せになる)。自分の心の健康にも当然よい(プロセススケールにも自己主張の大切さが含まれている)。

 まあ、主張を越えて、行動に出る場合は、私は自己肯定・他者肯定のスタンスになっているか、今その行動が必要か、そんなことを意識して大失敗をしないようにしているが。

 日本の文化は、遠慮とか・・結構本音を隠したりするところがある。それも美しいが、やはり、変になるようでは困る。ホンネの主張は大事である。主張することで、生きているという実感を得ることもあるし・・・

 今日で、心と心をつなぐを終了する。明日からは、プレゼンテーションでも心理療法でも大切な傾聴についてもう少し考えてみたい。

 心と心をつなぐ 10/10

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過去を明るく解釈するための旅行を!(心と心をつなぐ 9/10)

2012-02-15 | 第八章「魂と聖霊」

 自分史を宇宙の起源の137億年前から始めるか、地球の生命の起源とされる40億年前から始めるか、常識的に地上に生まれおちた60年前にするか・・・いろいろあると思われるが、誕生してからの成育史がもっとも意味深い気がする。そして、変な話かもしれないが、死ぬ時に自分のすべての成育史が肯定的に解釈でき、自分の人生を心の底から肯定的に振り返ることができればどんなに良いだろうか。

 今回の中欧の旅行も、実は自分の成育史の肯定的再解釈の希望があった。

 もう一昨年になるのか知人から教えていただいた、春江一也氏の中欧三部作(プラハの春、ベルリンの秋、ウィーンの冬)を読み、それが今回の旅行のきっかけになっていたが、その中でも「プラハの春」で思い掛けず、カフカの話が出て来たのを運命的に感じていた。

 勉強不足で恐縮だが、どういう訳かチェコがビロード革命で解放されるまでは、カフカは禁書だったそうである。そして、カフカはチェコ解放に精神的な役割をしたのかもしれない。それが何かは良く分からないが。そんな興味であった。

 私にとって、カフカは大学2年から3年のころに愛読した作家である。昼間はサラリーマン、夜には小説家としてちょっと自虐的な2重生活を送るカフカ。最後には30歳台で夭折してしまう。「城」とか「審判」などを読むと、本当に暗い。当時の自分の生き方にも何処か対応していたようである。しかしカフカの小説には「アメリカ」というどこか希望のある小説もあった。その影響があって外資系の企業に勤めたのかもしれない。

 会社に勤めるようになってからは、カフカを再読することはなかった。興味も失い、引越しの旅に本を処分したので、今残るカフカの本も「ミレナへの手紙」だけである。青春時代の何か傷のようなものに触れるようで、忘れたかったのだろう(防衛規制なのだろう)。

 今回の旅行で、冬の雪の中のチェスキークロムロフ城を見学したり、雪の残るプラハ城を訪れ、さらにプラハ城内のカフカが著作に約1年使ったとされる黄金の小路の家(ヘッドの青い家)や、カフカ記念館にも訪れることができた。あのころの暗い気分を再度考えたりする、良い機会であった。

 チェコの二日目は快晴で、日差しもありカレル橋は賑わっていて、そこから見るプラハ城はとても明るい感じだった。夜には、市民会館でクラシックではなくアメリカ生まれのジャズ(プラハにありながら、その音楽会はすべて英語だった!)を聴くこともできた。何か新鮮で、自分の当時の再解釈が始まる予感も。

 生き甲斐の心理学で自己分析をしていくと、何故、自分が当時カフカに凝ったかが見えてくる。そして、何処か病的なところも。自分の過去とリンクするカフカの世界。ただ、ものごとには時がある。自分にとってのカフカを今、洗いざらいに追及するのは、ちょっと無理な気がする。こころの世界は無理は禁物である。無理と感じ、外にやることが充分あれば、忘れ去ることはとても大切である。

 ただ、過去の事実は変えられないかもしれないが、不思議なことに解釈は変えることができる(逆にいうと、つまらない解釈で自分は何で無駄に悩んだことか)。それにより自己否定的なところを自己肯定的にすることができる。それは、自己肯定ー他者肯定の世界に自然体で入っていくために必要。そして、それが遠いようで近い、自分だけでなく他者との和解への道(単純な理路だけでなく、無意識の世界を含めて)。今は忘れて、そのうち時がきたら考えてみたい。

心と心をつなぐ 9/10

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 蛇足ながら・・・プラハ城の衛兵さんも、余りの寒さに守るべき門は不在。ガイドさんによれば、この寒さではしかたがないとも。本当に寒かった。