イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

マサカのサクラン!

2009-10-21 | 第一章「意識と知覚」

 幼いころのギョッ(錯乱)も年をとってくると、より高級?になってくる部分もあるようだ。自分の生き甲斐や自己実現といった、理想領域の問題といったらよいのだろうか、それが、混乱するサクランである。

 高校生になったころ、今まで母や妹、そして知人も行っていたカトリック教会に何となく距離を置くようになった。そして、高校1年の秋ごろであろうか、どこまで判っていたか不明であるが、ニーチェの「ツラツーストラはかく語りき」を家の炬燵の中で一人読んでいて、ふと見上げた窓の外に、葉を落とした木立の陰があった。神も死に、自分も死んだような錯乱感。

 自分の存在を揺るがすような錯乱感を覚えたのだ。

 もちろん、そんな私であったが、その後はいくつかの安堵の時もあり、そんなサクランを継続してきたわけではないが、その時のサクランは、32年後のやはりマサカで解決を見ることになった。私にとっては不思議な体験から、統御感を得てカトリックに完全に戻ったのだ。蛇足だが、その後、カトリックの理論をリッフレッシュした(牛に引かれて善光寺参りのキリスト教版かも)。

 今思えば(生き甲斐の心理学を知っていたら)、素直にカトリックのよく話を聴いてくれる司祭のところに行けは短時間で解決したかもしれないのに、30年以上の超遠回りをしてしまった。それも人生ではあるが。

 当時、母も私の好きだった知人も、教会に気楽に来たら?と行ってくれたが、私は何か拘ってしまった(若気のいたりである)。

 人生、いろいろマサカの錯乱に遭遇することもあるが、閉じられたドアもあるが、開かれるドアもある。マサカのサクランも、より深い幸福感を得るためのサインと考えられないだろうか?その時は大変でも。

(不安の知覚 5/6)

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サクラン感も大切!

2009-10-20 | 第一章「意識と知覚」

 自分の幼かった6歳、7歳、8歳のころのストレス曲線(不安、怒り、身体症状、鬱、錯乱の謂わば暗い感情)をいろいろ考えていると、その感情の知覚があってから、いろいろ人生が変わり、より深まり豊になっていくように思えてならない。

 幼友達の事故死、アラスカの経験、そんな中で感じたストレス曲線の知覚。特に錯乱感や恐怖感など豊かな?暗い感情。

 そして、恐らく9歳、10歳ごろになっていただろうか・・・毎週日曜日に参加していた修道会の日曜日のミサで、あるシスターが歌われる、なんとも素敵なキリエ・エレイソンの歌声。その時に感じた幸福感というか統御感(暗い歌かもしれないが、何か幸せなのだ)、そういった感情は、幼い頃に体験した恐怖とか錯乱の感情の知覚がなければ得ることはできなかったと今は思う。

 他人のことは良く分からないが、今でも、ギョッしたりの錯乱感は、弱いものを含め結構感じる。これを、自分は狼狽しやすく精神的に未熟・・・などと自己否定的に捉えるのではなく、統御感への道しるべを沢山いただける幸せなものと、自己肯定的に捉えるのが良いようだ。錯乱感で重要な発見をすることがある。

 サクランを感じることは、その対極にある統御感への重要な知覚。素晴らしいオーケストラの演奏も、様々な要素から成り立つものだ。

 サクランの意味を深く考えることは、確かに重要だ。そして修行を積む必要のある分野かもしれない。私は、まだまだ未熟であるが。

(不安の知覚 4/6)

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ギョッ(恐怖・錯乱)の知覚!

2009-10-19 | 第一章「意識と知覚」

 怖い、怖くない、好き、嫌いは人間の最も原初的な感情だそうだ。そんなこともあり、時々ある事柄や人に対し、自分は怖いか、怖くないか、好きか、嫌いか感情を確かめる。

 簡単なチェックのようであるが、感情を意識化する良い訓練なので一度試されたら良いと思う。例えば身近などこかの秋の展示会で展示作品に試みてみるのは如何でしょうか?

 さて、怖いという感情は、物ごころがついてから、いつも一緒のようだが、自分の存在を脅かすような恐怖は別のように想う。

 恐怖の原型(錯乱かも)。そんなことを考えてみた。どうも、6-7歳ごろかなと思う。テレビで、怪談の中継(四谷階段など)を家族で見たりしたこと。父から、肝試しの話を聞いたこと、いろいろある。そんな経験もあったのか、お化けが丑三つ時(午前2時ごろ)に出るということを、しっかり心の奥に刻みつけていたようだ。

 そして、7歳のとき。私の人生で波瀾万丈の年である。当時は珍しく家族で南西アラスカのシトカで暮らしたのだ。全く異質の文化の中で。そんな、ある日父母がパーティで二人で外出することになった。日本では想像できないことである。そして、夜遅くなるので、先に寝ていなさいということになった。

 深夜。ふと目覚めると、父母はまだ帰っていないようだ。時計を見ると、何と午前2時丁度。わっと騒ぎたくなるような恐怖感。寝床にもぐりこむ(これは退行だろう)。今考えてみれば、外はアラスカ、近くにはロシア人墓地があるが、日本型の怖いお化けが、ヒューヒュードンドンと出るには、ちょっとという感じである。

 変わったお化け丑三つ時体験であったが、実際お化けが出なかったのは、お化けもロシア人墓地の近くで活躍するにはぐわいが悪かったのかもしれない。

 こんなときの、ギョットするような感情。この感情に何か意味や意義があるのだろうか。そんなことを、今日は楽しく考えてみたい。今までにギョットしたことは・・・

 (不安の知覚 3/6)

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不気味な聖なるものの知覚!

2009-10-18 | 第一章「意識と知覚」

 アラスカから帰国してしばらくした8歳ころであったろうか。普段は小学校の担任のN先生から注意されるろことはあっても、褒められることはなかった。そのN先生から、突然名指しで褒められたことがあった。

 昼の給食の時間、給食の準備の楽しいガヤガヤとした時間である。その時、たまたま、私は机に静に座っていた(実は考え事、あるいは妄想にふけっていた)。

 それをN先生が見つけて褒めたのだ。想いもしないことに、ちょっと当惑した記憶がある(褒められるのは心地よかったが)。今想えば、N先生が異文化から戻ってきた私に、暖かい気づかいをいてくれたのかもしれない。

 さて、その時何を想っていたかだが、当時時々、自分を見つめる何か、自分以外の聖なる(ちょっと不気味な)ものを感じて、それは何かと考えていた。

 自分とは全く違う何か聖なる、そして何か不気味な存在(表現の仕方がとても難しい)。

 私は母がカトリック信徒なので、幼児洗礼を受けたが、その教義や教会の像とは全く違う感じであった。日本の神社仏閣で感じるものとも違ったようだ。

 アラスカの公園で、一人見入っていたトーテムポールの不思議な動物たちが醸し出す感覚に、似ていたかもしれない。ただ、それとても結びつかない感覚である。私の中で、隠れていた何かが、不思議な形でひょっこり顔を出したようだ。

 今、そのことを考えると、何か大きな自分を越えたことを考える為の、貴重な萌芽の知覚ではなかったかと思う。自分の中にあった、識られざる神のような、父なる神、その片鱗というような。

 (不安の知覚 2/6)

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不安な出発(初心)!

2009-10-17 | 第一章「意識と知覚」

 朝起きてから寝るまで。一日は新たな経験の旅のようである。今日は何が起こるか、朝は緊張の時でもある。

 さて、朝の緊張とは違うが、幼いころの記憶で、将来に対する不安でいっぱいの記憶がある。

 それは、小学校2年の夏。父の仕事で家族でアラスカに行くことになったのだ。当時は、戦後間もない時代で、東京タワーですらまだ立っていなかった。父が、私に「将来お前のためになるから、一緒に行こう。」という言葉を何となく信じて行くことになった。

 羽田飛行場から、当時は父の会社の沢山の方や、親戚一同に見送られて、旅客機は離陸する(勿論、プロペラ機である)。

 爆音が高まり、恐怖感が起こる離陸時。自分の目の前の座席に一匹のハエ(当時は日々眼にしていた)が、静にとまっているのに気付いた。そして、その一匹のハエとともに離陸した。そのハエを鮮やかに覚えているのは、自分をハエを同一化し、こころを安定させていた記憶かもしれない。

 初心。丁度今日の新たな一ページの書き始めのように、何かを恐る恐る始める違和感。

 ただ、アラスカの旅が自分にとって、やはり豊であったように、この違和感といってよい初心の意識は、どこかウキウキする希望がある。

 (不安の知覚 1/6)

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