最近は天気が良ければ、昼間外出すると汗がでる。日差しは夏のようである。
夏の日差しを浴びながら、1974年ごろの私が大学4年のころの秋葉原を思い出した。秋葉原の通り魔事件の衝撃もあるだろう。
当時の卒論研究は意志決定のプロセスを研究し実験するもので、多変量解析の数学モデルのレンズモデルを研究するなど理論的側面もあったが、多くの時間は実験器具を作り、20人以上の方に実験協力していただき、結果を分析するのに費やした。
秋葉原のS電気に足しげく通い、コンデンサーや当時出回りはじめた、集積回路の部品を購入し、ミニコンの実験端末をハンダ付で制作した。秋葉原の駅前にはジャンク屋さんが並んでいたが、街は世界的に有名でもなく、もっと庶民的で、当時始まったばかりの吉野屋の牛丼に皆で感激するような街であった。電気に関してさして知識のない私が、実験器具を安く制作できたのも秋葉原のお陰である。
朝から晩まで研究室の仕事に没頭していた時期であった。自分の青年期の劣等感を振り切るかのようで、防衛機制でいうと補償に相当するように思う。ただ、この経験は今の「生き甲斐の心理学」にどこか繋がるところがあり、自分の人生でも非常に重要な体験であった。防衛機制も人生に役立つ!
秋葉原は小学校2年の時からよく友達のところに遊びに行った街でもある。街の人は、プロの知識を持ちつつ、庶民的で明るかったように思う。
恐ろしい出来事が二度とない社会になればと思う。
<日4/4>
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