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古墳めぐりの旅!(奈良の旅 2/3)

2016-02-25 | 旅・雑記帳

 昨日は、竹内街道から大阪府・太子町に入り聖徳太子御廟とされている古墳がある叡福寺から、竹内街道歴史資料館、孝徳天皇陵、推古天皇陵、近つ飛鳥博物館と王家の谷周辺を訪れた。竹内街道歴史資料館で親切な学芸員の方にいろいろお世話になり、孝徳天皇陵と近つ飛鳥博物館の予定外の訪問も楽しくできた。

近つ飛鳥博物館は、難波京を起点に考えて、竹内峠を越える前という意味で「近つ飛鳥」、通常の飛鳥を「遠つ飛鳥」と呼ぶそうだ。近つ飛鳥博物館は安藤忠雄の設計で、こんな場所にこんな博物館が・・・と感嘆するような場所で、ちょうど梅林が真っ盛りで花の香が素晴らしかった。

   

大阪に通算6年住んでいた経験があるが、太子町に行ったことはなく、このような文化遺産に触れて幸せだった。

 午後は、飛鳥に移動し、蘇我倉山田石川麻呂(持統天皇の祖父)が謀殺された山田寺跡を訪れた。今までも興福寺で山田寺の仏頭を見たり、飛鳥歴史資料館で連子窓を見たりしていたが、今回の訪問は山田寺を実感する上で最高の体験だった。飛鳥方面からくるとちょっとした坂道を上がるのだが、そこに広びろとしたお寺があるとは想像できなかった。広大な山田寺とその不思議な運命を実感し、当時の蘇我家の興亡をしのんだ。

     

いつも通り抜けるだけだった、甘樫丘と石舞台も今回はしっかりと訪問したが、30年以上の歳月で観光資源としてしっかり整備されており、楽しい時間を過ごさせていただいた。

 夕方からは、持統天皇の親族関係の古墳探索。考古学オジサンとなりマニアックに2月の飛鳥の地を彷徨った。まずは、持統天皇の孫の文武天皇の墓所として有力視されている、高松塚古墳の近くの中尾山古墳。それから、文武天皇の父であり、持統天皇の子である草壁皇子の墓所とされている束明神古墳。ここは、残念ながらイノシシがでるのか、道が閉ざされていたようで(他にルートがあるかもしれないが)古墳にたどり着けなかった。残念。夕暮れ近くになってしまったが、古墳オジサンはめげずに、新聞にも報道されて、今でも調査中の斉明天皇の古墳として有力視されている、牽牛子塚古墳(隣接して越塚御門古墳)に到達。当時の人間模様も反映していると思われる、斉明天皇(持統天皇の祖母)、健皇子(持統天皇の弟)、太田皇女(持統天皇の姉、大津皇子の母)、間人皇后(孝徳天皇の妻、斉明天皇の子、天智天皇の妹であり妻の可能性もある女性)に祈りを捧げた。

   

 日没のころには、天武天皇・持統天皇陵に登り、夕焼けを楽しみ、そして天岩戸神社に寄ってから飛鳥を離れた。

*カメラとPCの接続がうまくできず、写真は後日掲載します。

奈良の旅 2/3

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