天理参考館の職員さんの言葉に従って車を置いて西山古墳まで歩き、5分ほどで到着。目の前に広い職員用駐車場があり、車はほとんど停まっていないではないですか。職員用なので見学者が停めてよい、とは言えなかったのでしょうか。不親切だなあと思ってしまいました。
さて、西山古墳は全長約190m、日本最大の前方後方墳で、4世紀の築造とされています。前方後方墳とは言うものの、前方後方形は墳丘の1段目のみで、2段目・3段目は前方後円形となる特異な形状をしています。


後方部の手前に石標や何十年前の?と思われる説明板(鉄板)が立っています。


墳丘横にある天理大学馬術部の馬場を通り抜けて前方部から登ってみようとしましたが、この冬場でも枯れ草や枯れ木の群れに行く手を遮られて断念せざるを得ませんでした。写真ではそうでもないように見えますが、いざ目の前まで行くと枯れ草、枯れ木が腰の高さくらいまであって、それを掻き分けていくのは少し危険を感じたのです。登ってみたかったなあ。


残っている周濠の外側を歩いていくと、また説明板がありました。


前方部に生い茂る枯れ草や枯れ木がお分かりいただけると思います。


白馬が顔を出していました。

西山古墳を一周しましたが、隣の塚穴山古墳にも行ってみました。こちらは径63.4mの円墳で、石舞台古墳に匹敵する長さ約17mの巨大な横穴式石室が残っています。6世紀末から7世紀初頭の築造とされます。西山古墳の外堤を取り込んで造られたとのことです。フェンスに鍵がかけられていたので近寄れず、隣接する墓地から眺めてきました。

再び天理参考館まで歩いて戻り、次の目的地「道の駅 なら歴史系術文化村」へ向かい、そこでランチを取ってから文化財修復・展示棟を見学しました。
(つづく)
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↓↓↓↓↓↓↓ 電子出版しました!
さて、西山古墳は全長約190m、日本最大の前方後方墳で、4世紀の築造とされています。前方後方墳とは言うものの、前方後方形は墳丘の1段目のみで、2段目・3段目は前方後円形となる特異な形状をしています。


後方部の手前に石標や何十年前の?と思われる説明板(鉄板)が立っています。


墳丘横にある天理大学馬術部の馬場を通り抜けて前方部から登ってみようとしましたが、この冬場でも枯れ草や枯れ木の群れに行く手を遮られて断念せざるを得ませんでした。写真ではそうでもないように見えますが、いざ目の前まで行くと枯れ草、枯れ木が腰の高さくらいまであって、それを掻き分けていくのは少し危険を感じたのです。登ってみたかったなあ。


残っている周濠の外側を歩いていくと、また説明板がありました。


前方部に生い茂る枯れ草や枯れ木がお分かりいただけると思います。


白馬が顔を出していました。

西山古墳を一周しましたが、隣の塚穴山古墳にも行ってみました。こちらは径63.4mの円墳で、石舞台古墳に匹敵する長さ約17mの巨大な横穴式石室が残っています。6世紀末から7世紀初頭の築造とされます。西山古墳の外堤を取り込んで造られたとのことです。フェンスに鍵がかけられていたので近寄れず、隣接する墓地から眺めてきました。

再び天理参考館まで歩いて戻り、次の目的地「道の駅 なら歴史系術文化村」へ向かい、そこでランチを取ってから文化財修復・展示棟を見学しました。
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