サラリーマンを定年退職し、本格的に投資を始める人は少なくありません。老後の資産づくりにおいて投資は重要ですが、退職金の多くをいきなりつぎ込むのは禁物です。残念ながら、アベノミクス相場でそういう危険を冒してしまった投資家の話をよく聞きます。退職金で投資デビューする際に気をつけなければならない理由は、心理学の面から考えてみるとよく分かります。
投資経験もないのに退職金の多くをつぎ込むのは、泳いだことのない人がいきなり海に飛び込むようなもの
まず気が大きくなることが挙げられます。多くのサラリーマンにとって退職金は、まとまった大金を手にする生涯唯一の機会です。せいぜい数十万円単位でしか動かせなかったボーナスとは桁が違い、何百万円や何千万円という額になります。
すると気が大きくなるうえに、もっと殖やしたいという厄介な欲が出てくるのです。きっと有利な運用方法があるに違いないと勘違いし、急に投資関連の本を読み始めたり、金融機関が主催するセミナーに出かけたりします。元手があるだけに舞い上がった心理状態で投資判断する恐れがあり、非常に危険です。
さらに「自己奉仕バイアス」というワナがあります。結果が良かった場合は自分の力で、うまくいかなかった場合は周りの環境のせいだと思い込んでしまう都合のいい考え方です。運良く2012年秋ごろまでに退職金を手にして日本株や投資信託を買った人は、その後の値上がりで利益を得ることができたはずですが、こうした経験をすると過剰な自信を持ってしまいがちです。「ひょっとしたら私は運用の天才じゃないかと思う」などとまじめに話す人さえ出てきます。
しかし相場全体が上がっているわけですから、もうかるのは当たり前です。よほど下手なことをしない限り、じっと持っているだけでも利益を上げることができただけなのに、自分の腕だと勘違いしてしまうわけです。こうした自己奉仕バイアスに惑わされる危険があることも頭に入れておく必要があります。
実際、こうした退職者の話は多くの人から聞いたことがありますし、12年1月に定年退職した私自身も経験したことなので、気持ちはよく分かります。
ところが金融機関にとっては(1)まとまったお金を持っている(2)それを殖やしたいという欲がある(3)自信過剰になっている――退職者は最もおいしいお客さんなのです。相場環境がいいときに大金を手にして投資に前のめりになってしまう人は往々にして高値づかみをしてしまい、大切な退職金を失う羽目になりかねません。
これは何もこの1~2年に限った話ではありません。過去にも大きな相場は何度もありましたが、自信過剰になって大金をつぎ込んで失敗した退職者たちを私はたくさん見てきました。
人間は経験でしか学ぶことができない生き物です。それまで何の運用経験もないのに、いきなり大金を投じるのは危険だということは、冷静に考えれば分かるはずです。泳いだことのない人がいきなりボートから海に飛び込むようなもので、一時は波に乗ってうまく泳げるかのように見えても、いずれおぼれてしまう可能性が極めて高いのです。
無謀な「退職金投資」を防ぐには、若いころから無理のない額で積立投資などを始め、失敗も経ながらノウハウを身に付けていくのがベストです。こうした経験をまったく積んでこなかった人は、少なくとも一度に退職金の多くを投資に充てるのはやめるべきです。
定年退職後も長い人生が続きますから、預貯金だけに頼らず株式や投信を一定割合持っておくことも必要です。それでも残念な退職金投資家にならないためには、少しずつ勉強しながら投資経験を積んでいくことが欠かせません。
大江英樹(おおえ・ひでき) 野村証券で個人の資産運用や確定拠出年金加入者40万人以上の投資教育に携わる。退職後の2012年にオフィス・リベルタスを設立。行動経済学会の会員で、行動ファイナンスからみた個人消費や投資行動に詳しい。著書に「自分で年金をつくる最高の方法 確定拠出年金の運用【完全マニュアル】」(日本地域社会研究所)、「生命保険の嘘」(後田亨氏と共著、小学館)など。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。
オフィス・リベルタス ホームページhttp://www.officelibertas.co.jp/
フェイスブックhttps://www.facebook.com/officelibertas
投資経験もないのに退職金の多くをつぎ込むのは、泳いだことのない人がいきなり海に飛び込むようなもの
まず気が大きくなることが挙げられます。多くのサラリーマンにとって退職金は、まとまった大金を手にする生涯唯一の機会です。せいぜい数十万円単位でしか動かせなかったボーナスとは桁が違い、何百万円や何千万円という額になります。
すると気が大きくなるうえに、もっと殖やしたいという厄介な欲が出てくるのです。きっと有利な運用方法があるに違いないと勘違いし、急に投資関連の本を読み始めたり、金融機関が主催するセミナーに出かけたりします。元手があるだけに舞い上がった心理状態で投資判断する恐れがあり、非常に危険です。
さらに「自己奉仕バイアス」というワナがあります。結果が良かった場合は自分の力で、うまくいかなかった場合は周りの環境のせいだと思い込んでしまう都合のいい考え方です。運良く2012年秋ごろまでに退職金を手にして日本株や投資信託を買った人は、その後の値上がりで利益を得ることができたはずですが、こうした経験をすると過剰な自信を持ってしまいがちです。「ひょっとしたら私は運用の天才じゃないかと思う」などとまじめに話す人さえ出てきます。
しかし相場全体が上がっているわけですから、もうかるのは当たり前です。よほど下手なことをしない限り、じっと持っているだけでも利益を上げることができただけなのに、自分の腕だと勘違いしてしまうわけです。こうした自己奉仕バイアスに惑わされる危険があることも頭に入れておく必要があります。
実際、こうした退職者の話は多くの人から聞いたことがありますし、12年1月に定年退職した私自身も経験したことなので、気持ちはよく分かります。
ところが金融機関にとっては(1)まとまったお金を持っている(2)それを殖やしたいという欲がある(3)自信過剰になっている――退職者は最もおいしいお客さんなのです。相場環境がいいときに大金を手にして投資に前のめりになってしまう人は往々にして高値づかみをしてしまい、大切な退職金を失う羽目になりかねません。
これは何もこの1~2年に限った話ではありません。過去にも大きな相場は何度もありましたが、自信過剰になって大金をつぎ込んで失敗した退職者たちを私はたくさん見てきました。
人間は経験でしか学ぶことができない生き物です。それまで何の運用経験もないのに、いきなり大金を投じるのは危険だということは、冷静に考えれば分かるはずです。泳いだことのない人がいきなりボートから海に飛び込むようなもので、一時は波に乗ってうまく泳げるかのように見えても、いずれおぼれてしまう可能性が極めて高いのです。
無謀な「退職金投資」を防ぐには、若いころから無理のない額で積立投資などを始め、失敗も経ながらノウハウを身に付けていくのがベストです。こうした経験をまったく積んでこなかった人は、少なくとも一度に退職金の多くを投資に充てるのはやめるべきです。
定年退職後も長い人生が続きますから、預貯金だけに頼らず株式や投信を一定割合持っておくことも必要です。それでも残念な退職金投資家にならないためには、少しずつ勉強しながら投資経験を積んでいくことが欠かせません。
大江英樹(おおえ・ひでき) 野村証券で個人の資産運用や確定拠出年金加入者40万人以上の投資教育に携わる。退職後の2012年にオフィス・リベルタスを設立。行動経済学会の会員で、行動ファイナンスからみた個人消費や投資行動に詳しい。著書に「自分で年金をつくる最高の方法 確定拠出年金の運用【完全マニュアル】」(日本地域社会研究所)、「生命保険の嘘」(後田亨氏と共著、小学館)など。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。
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