2023年上半期(1月~6月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。老後部門の第4位は――。(初公開日:2023年4月11日)
NYタイムズ紙が報じた「ニッポンの高齢契約社員」
会社を定年退職して、大切な余生を満喫するかつての生き方は、日本では夢物語となってしまったのだろうか。
一昔前であれば、定年退職は60歳の還暦が一般的だった。いまや一部企業では65歳まで引き上げられ、2025年4月からすべての企業に「65歳定年制」が義務付けられる。さらに政府は68歳までの延長を検討している。
年を重ねても意欲的に働きたい気持ちがある人々には、頼りがいのある施策だ。だが、好むと好まざるとにかかわらず、全員が「働かざるを得ない」国へと日本は突き進んでいる。例えば、ニューヨーク・タイムズ紙は、契約社員として長年働いてきた男性の暮らしぶりを紹介している。年金は国民年金の月6万円のみだ。住む場所によっては、家賃にも満たないだろう。
高齢者に労働を迫る日本の実態は、海外でも報じられるようになった。
月6万円の年金では暮らしていけない…米紙が報じた日本の実情
ニューヨーク・タイムズ紙は今年1月、日本の高齢化と退職年齢の延長に迫る記事を掲載している。「アジア社会で高齢化が進み、『退職』はさらに働くことを意味するようになった」との見出しだ。
記事は、東京の青果卸売会社で働く73歳の男性の日常に迫る。この男性は重い積み荷を運ぶ業務を日々こなしているが、経済的事情で当面引退できそうにないという。
男性は毎日1時半に起床し、車で1時間かけて湾岸エリアにある青果市場に通う。野菜が詰まったずっしりと重たい箱を都内の飲食店に配達して回っている。医師からは、重量のある荷物を運び続けたせいで、背骨の軟骨がすり減っていると告げられた。
それでも配送の仕事を休むことはできない。男性はこれまで、契約社員などとして各社を転々としてきた。もらえる年金は国民年金の基礎年金分に限られる。同紙に対し、月6万円だけでは生活を維持できないと打ち明けている。
「体が許す限り、働き続けなければならないんです」。忙しく人参の箱を引っかき回しながら、男性は続ける。「楽しくはない。それでも、生きるためにやっているんです」。
寿司職人から庭師になった高齢男性
高齢化の進む地方都市に着目した海外メディアもある。ドイツ国営の国際放送局であるドイチェ・ヴェレは2021年、「日本では70歳から人生が(また)始まる」との動画を公開している。
ドイチェ・ヴェレは、日本の高知県に住む当時70歳の元寿司職人の暮らしを追い、高齢になっても働き続ける日本人の姿を描いている。この男性は、以前は自身の店を持ち、付け場(調理場)で寿司を握る日々を送っていたという。
男性は10年前に店を畳むことにした。すでに高齢であり、これを機に引退後の自由な余生を歩み始めてもおかしくはないタイミングだ。
ところが男性は、再び働く道を選んだ。シルバー人材センターの扉を叩くと、それまで握っていた包丁を剪定(せんてい)ばさみに持ち替えた。現在は、各戸を回り庭の手入れをする植木職人として奮闘している。
男性はドイチェ・ヴェレの取材に明るく応じ、剪定の仕事は自身に合っているし運動にもなる、と笑顔を見せる。たが、働き続けた理由については「年金が少ないので……」と答えた。
数十年前から予見されていたのに…
高齢化は止まらない。総務省統計局によると昨年9月時点で、日本の65歳以上の高齢者人口は、過去最多の3627万人に達した。総人口に占める割合は29.1%と、こちらも過去最高を記録している。
このうち75歳以上の人々に焦点を絞ると、総人口に占める割合は初めて15%を超えた。団塊の世代が75歳を迎え始めたためだ、と統計局は分析している。
人口ピラミッドの異変は数十年前から予見されていたが、歯止めはかからなかった。東京在住のジャーナリストであるティサンカ・シリパラ氏は、政治外交専門誌の米ディプロマットへの寄稿を通じ、「日本では世界中のどの国よりも速く高齢化が進んでいる」と現状を報じている。
彼女は論じる。高齢者人口の比率が高まり、年金制度と医療制度に限界が来ていることで、高齢でも働き続けなければならない社会が到来した。そして、「日本では老後を生き抜くことが難しくなっている」と。
生き残るために低賃金の仕事を引き受ける
もっともシリパラ氏は、高齢者を一方的な弱者と見ているわけではない。アメリカでは9月の敬老の日(祖父母の日)が必ずしも定着していないなか、日本では国民の祝日になっており、高齢者に十分な敬意が払われているとの喜ばしい側面を紹介している。
だが、「しかし同時に、高齢者たちは『永遠に』働くための準備をしており、職場に戻ったり、生き残るために低賃金の仕事を引き受けたりしている」とも述べ、日本社会の現状に懸念を表明している。
厚生労働省が昨年7月に発表した「令和3年簡易生命表」によると、日本人の平均寿命は、女性が87.57歳、男性が81.47歳だった。ドイチェ・ヴェレは「医療の進歩により、多くの日本人がこれまで以上に長生きできるようになっている」と指摘する。だが、社会制度がこれに追いついていない側面があることも確かだ。
高齢者人口が拡大する一方、昨年11月までの過去1年間の出生数は、厚労省の速報値によると80万4000人台にまで落ち込んだ。第2次大戦以降、最低の水準だ。ドイチェ・ヴェレは、寿命向上と出生率低下の両輪により、日本の医療・年金制度は変革を迫られていると指摘する。
妻は「働きながら死ぬなんて、とても悲しい」と語った
シリパラ氏はディプロマット誌への寄稿のなかで、高齢社会白書のデータを引いている。各国の60歳以上の人に、今後、収入を伴う仕事をしたいか尋ねた結果、「収入の伴う仕事をしたい(続けたい)」と答えた人の割合が40.2%に上っている。アメリカの29.9%、ドイツの28.1%と比較し、日本人の労働意欲は高い。
ただし見方を変えれば、高齢になっても働きたいというデータは、働かなければ暮らせないという事実の裏返しでもある。年金だけでは生活を維持できないという、過酷な現実がそこにはある。
前掲のガス会社男性の妻は、働きに出る夫への謝意を示しつつ、ニューヨーク・タイムズ紙に対して胸中の迷いを打ち明けている。「働きながら死ぬなんて、とても悲しいことです。そんなふうに最期まで働いてはいけないんです」
だが、働かなければ収入は途絶える。財務省の財政制度等審議会は、68歳への定年引き上げにあわせ、年金の受給開始年齢も同年齢からとする案を検討している。
現在は65歳から受給可能だが、引き上げられた場合、退職から受給開始までに空白の3年間が生じる。手持ちの預金を切り崩しながら耐えられる人ばかりではないだろう。
もっとも海外の報道は、悲壮な日本の未来ばかりを語っているわけではない。ニューヨーク・タイムズ紙はガス管会社の男性について、働きがいが伴っているとも報じている。
男性は定年後に、同じ会社に再雇用された。現在は工事の事前説明など、人と話す仕事を多くこなしている。新しい人と出会うのが好きだというこの男性は、今の仕事に喜びを感じているという。毎日ゴルフをしているよりもずっといい、と語っている。
高齢者が働き手として求められている一面も
仕事を続けたおかげで、夫婦仲も良好だ。この男性の妻は、「(働くということは)私たちの両方が『自分時間』を持てるということです」とニューヨーク・タイムズ紙に語り、適度な距離感が円満に一役買っていると明かした。
また、高齢になっても従来とまったく同じ労働をこなすことを求められるわけではない。
同じ会社に継続雇用される場合でも、異なる会社に再就職する場合でも、肉体的な負担に配慮した業務が割り当てられることがある。
ガス管会社に再雇用された前掲の69歳男性は、以前のような施工業務を離れ、いまは同社による工事の事前説明を担当している。現場付近の住宅を訪問してチラシを配り、住民の理解を得るのが仕事だ。雇用形態は契約社員となり、実入りも減ったが、以前のように肉体労働をこなす必要はなくなった。
日本のある派遣会社の社長はニューヨーク・タイムズ紙に対し、労働市場において高齢者への需要が高い分野が存在すると説明している。例えば、電気やガスなどの工事会社が顧客宅で修理作業を行っているあいだ、社用車の運転席で待機している人材が求められているのだという。
運転席に人がいることで、必要なときにいつでも車を動かせる状態となり、駐車違反を避けることができるのだと同社長は説明している。
自治体によるお見合いパーティーに冷たい視線を送る米メディア
とはいえ、60歳や70歳を過ぎても働かざるを得ない社会は、決して人間らしい老後を安心して送れる社会ではない。年金改革や少子化対策に期待したいところではあるが、国や地方自治体の施策がどこまで当てにできるかは不明だ。
少なくとも一部の施策は、迷走気味だ。東京、宮城、愛知などでは、政府や公的機関が少子化対策を兼ね、お見合いパーティーの支援に乗り出している。
若者にロマンスの場を与え、長期的には若年人口の増加に寄与したい考えだが、米CBSニュースは冷めた視線を送る。同記事は、「この国の長老政治の指導者たちは、結婚を増やすことが解決策になると信じ込んでいるのだ」と厳しい。
同紙の指摘によると、根本的には若者の経済力を底上げするような政策が提示されない限り、結婚し子供を育てようという意思は生まれにくい。
中央大学の山田昌弘教授(社会学)は同局の取材に応じ、少子化はお見合いイベントで解決できる問題ではないと明言している。収入が不安定な男性が増えており、こうした人々が結婚よりも親との同居を選んでいることが課題なのだと教授は指摘する。
老後生活は自助努力に委ねられている
こうした海外報道は、日本の年金制度の問題を的確に突いている。それは、厚生年金の加入者がいる元会社員世帯と国民年金のみ加入の個人事業主世帯では、受け取れる年金月額には大きな差が生じている点だ。
厚生労働省の2019(令和元)年財政検証結果レポートによると、国民年金(基礎年金)の第1号被保険者は約1500万人に上る。そのうち老後も継続収入が見込める自営業者は2割弱にすぎず、大半が短時間労働者や無職なのが現状だ。
ニューヨーク・タイムズ紙が指摘するように、アメリカで401Kと呼ばれる個人型確定拠出年金(個人で積み立てる私的年金)は日本では広く普及しておらず、公的年金だけでは生活費をカバーできないまま、自助努力に委ねられているのだ。
いつになっても労働を求められる日本の老後のあり方は、海外でも注目されるほどの大きな問題となっている。
---------- 青葉 やまと(あおば・やまと) フリーライター・翻訳者 1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。 ----------