沖縄県尖閣諸島沖で発生した中国漁船と海上保安部の巡視艇「みずき」及び「よなくに」との衝突を巡るビデオ映像流出事件で,神戸海上保安部の巡視船「うらなみ」の主任航海士(43)が,11月10日,上司の船長に対し,神戸市内の漫画喫茶から検索大手グーグルが運営する動画投稿サイト「ユーチューブ」に映像ビデオを投稿していることを打ち明けたことが報じられた。
同航海士は,それに先立ち,流出事件発覚後の読売新聞の取材に対し,映像ビデオは海上保安官ならいつでも見ることができたのであり,機密ではなかった。一部の政治家が機密扱いをしていることを疑問視し,流出させた。私がやらなければ闇から闇に葬られて跡形もなくなっていしまう。この映像は国民には見る権利がある。自分は国家公務員として,政府に対し仕事をしているのではなく,国民のために仕事をしている自負がある。」などと話し,また,その後の警視庁の事情聴取でも,同様の供述を続けている模様である。
そして警視庁による任意の事情聴取は3日目に入った。
ところで,映像流出を告白した海保職員を国家公務員法違反(同法100条1項,109条1項12号,懲役1年以下又は罰金50万円以下)で逮捕・起訴することが出来るかについては,まず映像情報がそもそも国家公務員法上の守秘義務違反の「秘密」にあたるかが問題となる。
これについては積極・消極両論があるが,77年の最高裁判断が一つの基準になる。
最高裁の考え方は,①広く一般の人に知られていない,②国家が行政目的を達成するために実質的に秘密として保護に値するかという2つの要件を示しているので,これが本件で問題となる「秘密性」の認定の基準となる。
積極説の論拠は,①国会の委員会長等一部議員に情報が公開されているが,一般の人には知られてはいない,②映像情報は外交問題に影響し,国家の安全保障にも関わるものであるから,保護されるべき「秘密」の要件は満たされているというものである。 また映像は中国漁船衝突事件の捜査過程で作成された資料であり,刑事訴訟法47条は,訴訟に関する資料を公判前に公開することを禁じているのであるから,当然「秘密」に当たるとする。
これに対し,消極説の論拠は,映像が流出される前から,海上保安庁が船長逮捕の会見で衝突の経過を詳細に説明し,政府関係者らも衝突状況の概要を国会で語っている。また,国会議員の一部ではあるが映像が公開され,同議員らから映像の内容がメディアを通じて説明されているのであるから映像情報は一般の人が知らない情報とはいえない。また,すでに船長が釈放になって中国に送還済みで,不起訴処分が予想されるのであるから,そもそも映像は訴訟の資料には当たらないというものである。
両説の理由はそれぞれ一応頷けるものの,形式的には「秘密」に当たると言えそうだ。
しかし,本件の実質を考察すれば,消極説の方に歩があることが分かってくる。
また,仮に本件を立件・起訴できたとしても,裁判では,国民の知る権利との関連において,「秘密性」の有無が争点となって審理が紛糾する可能性が高く,必ずしも有罪に持ち込めるかどうかは分からない。
現時点では,ビデオの入手経緯等が明確になっておらず,ビデオの管理状況についても航海士と海上保安部との主張に食い違いがあり,共犯者の存在も窺われるなど解明できていない事情が多く,結論的なことはまだ言えないが,検察は,法律論だけでなく,世論の反応や政治状況を的確に読み取り,慎重に事件の処理を行なわなければならないだろう。
そしてもし検察が起訴すれば,検察は,中国の圧力に屈して,領海侵犯を犯して日本の巡視艇に漁船を衝突させた中国人船長を無罪放免にしながら,国民の知る権利に答えるため,情報を遮断しようとする政府の対応に義憤を感じて映像を流出させた航海士だけを処罰するという極めて不公平な処理をしたとして,国民からの厳しい批判にさらされることになる。
そもそも,当初は海上保安部では公開されることが前提でビデオの管理をしていたが,その後中国を刺激すべきでないとして政府サイドの要求から秘密扱いにされた経緯がある。
この経緯については,尖閣問題が発生するや,温家宝首相が強硬発言をし,レアアースが禁輸されるなど中国との関係が悪化すると,仙石官房長官の意向を受けて,中国との関係改善のため民主党の細野議員が中国に派遣されているが,その際中国側から関係改善の条件として映像ビデオの非公表を要求されたことから,その後急きょ官邸側からそれまで公開の方向で検討されていた映像ビデオを非公開とすることとなったという背景があったと推測されている。
そして今回の映像ビデオ流出事件の発生に伴い,同官房長官は犯人を国家公務員法違反として厳しく処罰すべきであると会見で発言し出したのである。
政府は,国家による情報管理が不備であったことを棚に上げて,国家公務員の組織論を強調して一航海士を処罰しようとするが,単に航海士の守秘義務違反として刑事処罰を課せばそれで済むという単純な問題ではないはずである。
政府は,映像ビデオの流出は一航海士が勝手に行った犯罪であり,政府は何ら責任はないということを中国側に訴えたいのだろうか。
このような仙石長官の発言の推移から,同人の一貫したスタンスが透けて見えてくる。
同長官は,官邸主導で,那覇地検をして中国人船長を処分保留で釈放させ,事実上無罪放免にするという処分をさせながら,それを「検察の判断を了としたい。」と言って検察の判断に隠れ,国内の弱腰外交との非難をかわそうとした。
このように官邸は,映像を流出させた一公務員である航海士を国家公務員法で処罰することにより,中国側からの非難を回避し,尖閣問題の処理の失敗から国民の目を逸らせようとしているのである。
さらに同長官は,記者会見の席で,映像流出事件の責任のあり方について問われると,馬淵国交大臣と鈴木海保長官との区別を念頭に置いて,「政治職と行政職とは異なる責任を負わなければならない。」などと発言した。
これはまさに,一連の尖閣問題の追及を海保の長官の辞職にとどめ,国交大臣の辞任問題に及ばないように画策していると受け取られるものである。
また,同長官は,記者から「多くの国民は映像を流出させた航海士の処罰は望んでいないのではないか」と質問されると,「そうですかね。国民の過半数は航海士の処罰は当然だと考えていると信じている。」などと発言している。
したがって,検察は,こうした一連の発言を繰り返す官邸の考え方を見抜き,その政治的影響力の行使をできるだけ排した形で,本件映像流出事件の処理をしなければならない。
同官房長官は巧みな策を弄して,政府に対する非難をかわして政治的な存続を図ろうとしているのであるから,検察は官邸にふりまわされることなく,それこそ粛々と事件の処理を進めればいいのである。
主任航海士を処罰することによって国家にもたらされる利益がある一方で,本来,国民に正しい情報が知らされるべきであるのに知らされないという大きな不利益があるということも考慮した上で,本件行為の持つ犯罪性の意味を吟味するべきなのである。
してみれば,上記のように「秘密性」の立証に難点がある上,起訴価値にも問題があるとするならば,検察はあえて起訴猶予処分に踏み切ることを検討するべきだと思う。
ただ現在検察は,FDねつ造,犯人隠避問題等を抱え込んで組織存亡の窮地にあり,体制が弱体化しているので,政治部門からの影響を排して,この問題の処理を冷静に行うことができるかはやや心許ないと言わざるを得ない。
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同航海士は,それに先立ち,流出事件発覚後の読売新聞の取材に対し,映像ビデオは海上保安官ならいつでも見ることができたのであり,機密ではなかった。一部の政治家が機密扱いをしていることを疑問視し,流出させた。私がやらなければ闇から闇に葬られて跡形もなくなっていしまう。この映像は国民には見る権利がある。自分は国家公務員として,政府に対し仕事をしているのではなく,国民のために仕事をしている自負がある。」などと話し,また,その後の警視庁の事情聴取でも,同様の供述を続けている模様である。
そして警視庁による任意の事情聴取は3日目に入った。
ところで,映像流出を告白した海保職員を国家公務員法違反(同法100条1項,109条1項12号,懲役1年以下又は罰金50万円以下)で逮捕・起訴することが出来るかについては,まず映像情報がそもそも国家公務員法上の守秘義務違反の「秘密」にあたるかが問題となる。
これについては積極・消極両論があるが,77年の最高裁判断が一つの基準になる。
最高裁の考え方は,①広く一般の人に知られていない,②国家が行政目的を達成するために実質的に秘密として保護に値するかという2つの要件を示しているので,これが本件で問題となる「秘密性」の認定の基準となる。
積極説の論拠は,①国会の委員会長等一部議員に情報が公開されているが,一般の人には知られてはいない,②映像情報は外交問題に影響し,国家の安全保障にも関わるものであるから,保護されるべき「秘密」の要件は満たされているというものである。 また映像は中国漁船衝突事件の捜査過程で作成された資料であり,刑事訴訟法47条は,訴訟に関する資料を公判前に公開することを禁じているのであるから,当然「秘密」に当たるとする。
これに対し,消極説の論拠は,映像が流出される前から,海上保安庁が船長逮捕の会見で衝突の経過を詳細に説明し,政府関係者らも衝突状況の概要を国会で語っている。また,国会議員の一部ではあるが映像が公開され,同議員らから映像の内容がメディアを通じて説明されているのであるから映像情報は一般の人が知らない情報とはいえない。また,すでに船長が釈放になって中国に送還済みで,不起訴処分が予想されるのであるから,そもそも映像は訴訟の資料には当たらないというものである。
両説の理由はそれぞれ一応頷けるものの,形式的には「秘密」に当たると言えそうだ。
しかし,本件の実質を考察すれば,消極説の方に歩があることが分かってくる。
また,仮に本件を立件・起訴できたとしても,裁判では,国民の知る権利との関連において,「秘密性」の有無が争点となって審理が紛糾する可能性が高く,必ずしも有罪に持ち込めるかどうかは分からない。
現時点では,ビデオの入手経緯等が明確になっておらず,ビデオの管理状況についても航海士と海上保安部との主張に食い違いがあり,共犯者の存在も窺われるなど解明できていない事情が多く,結論的なことはまだ言えないが,検察は,法律論だけでなく,世論の反応や政治状況を的確に読み取り,慎重に事件の処理を行なわなければならないだろう。
そしてもし検察が起訴すれば,検察は,中国の圧力に屈して,領海侵犯を犯して日本の巡視艇に漁船を衝突させた中国人船長を無罪放免にしながら,国民の知る権利に答えるため,情報を遮断しようとする政府の対応に義憤を感じて映像を流出させた航海士だけを処罰するという極めて不公平な処理をしたとして,国民からの厳しい批判にさらされることになる。
そもそも,当初は海上保安部では公開されることが前提でビデオの管理をしていたが,その後中国を刺激すべきでないとして政府サイドの要求から秘密扱いにされた経緯がある。
この経緯については,尖閣問題が発生するや,温家宝首相が強硬発言をし,レアアースが禁輸されるなど中国との関係が悪化すると,仙石官房長官の意向を受けて,中国との関係改善のため民主党の細野議員が中国に派遣されているが,その際中国側から関係改善の条件として映像ビデオの非公表を要求されたことから,その後急きょ官邸側からそれまで公開の方向で検討されていた映像ビデオを非公開とすることとなったという背景があったと推測されている。
そして今回の映像ビデオ流出事件の発生に伴い,同官房長官は犯人を国家公務員法違反として厳しく処罰すべきであると会見で発言し出したのである。
政府は,国家による情報管理が不備であったことを棚に上げて,国家公務員の組織論を強調して一航海士を処罰しようとするが,単に航海士の守秘義務違反として刑事処罰を課せばそれで済むという単純な問題ではないはずである。
政府は,映像ビデオの流出は一航海士が勝手に行った犯罪であり,政府は何ら責任はないということを中国側に訴えたいのだろうか。
このような仙石長官の発言の推移から,同人の一貫したスタンスが透けて見えてくる。
同長官は,官邸主導で,那覇地検をして中国人船長を処分保留で釈放させ,事実上無罪放免にするという処分をさせながら,それを「検察の判断を了としたい。」と言って検察の判断に隠れ,国内の弱腰外交との非難をかわそうとした。
このように官邸は,映像を流出させた一公務員である航海士を国家公務員法で処罰することにより,中国側からの非難を回避し,尖閣問題の処理の失敗から国民の目を逸らせようとしているのである。
さらに同長官は,記者会見の席で,映像流出事件の責任のあり方について問われると,馬淵国交大臣と鈴木海保長官との区別を念頭に置いて,「政治職と行政職とは異なる責任を負わなければならない。」などと発言した。
これはまさに,一連の尖閣問題の追及を海保の長官の辞職にとどめ,国交大臣の辞任問題に及ばないように画策していると受け取られるものである。
また,同長官は,記者から「多くの国民は映像を流出させた航海士の処罰は望んでいないのではないか」と質問されると,「そうですかね。国民の過半数は航海士の処罰は当然だと考えていると信じている。」などと発言している。
したがって,検察は,こうした一連の発言を繰り返す官邸の考え方を見抜き,その政治的影響力の行使をできるだけ排した形で,本件映像流出事件の処理をしなければならない。
同官房長官は巧みな策を弄して,政府に対する非難をかわして政治的な存続を図ろうとしているのであるから,検察は官邸にふりまわされることなく,それこそ粛々と事件の処理を進めればいいのである。
主任航海士を処罰することによって国家にもたらされる利益がある一方で,本来,国民に正しい情報が知らされるべきであるのに知らされないという大きな不利益があるということも考慮した上で,本件行為の持つ犯罪性の意味を吟味するべきなのである。
してみれば,上記のように「秘密性」の立証に難点がある上,起訴価値にも問題があるとするならば,検察はあえて起訴猶予処分に踏み切ることを検討するべきだと思う。
ただ現在検察は,FDねつ造,犯人隠避問題等を抱え込んで組織存亡の窮地にあり,体制が弱体化しているので,政治部門からの影響を排して,この問題の処理を冷静に行うことができるかはやや心許ないと言わざるを得ない。
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