ひからびん通信

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てっぱんの上でつながる人たちとそのまわりにある無縁社会

2011年02月21日 | 物語
 「ゲゲゲの女房」の後継作として始まったNHKの朝ドラ「てっぱん」の放送が,好調だ。
 鉄板の上で焼かれるお好み焼きの形をした窓から,たくさんの人たちが,手足をばたつかせながら変な踊をする姿が流れていくが,老若男女を問わず,みんなが何かの形でつながっていることを作者は言おうとしているのだろう。
 しかし,その外側では無縁社会の闇は深まるばかりで,だからこそ「てっぱん」の面白さが際立つ。
 
 「てっぱん」のストーリーは,昔からよくあるものだが,決して古臭くはない。
 健気な少女が,自分の出生の秘密を知って苦悩しながらも,周りの人たちに支えられながら力強く生きていくというものだ。
 
 尾道で鉄工所を営む村上家に引き取られ育った主人公あかり(滝本美織)は,高校3年の夏,港で祖母の田中初音(富司純子)が投げ捨てたトランペットを海に飛び込んで拾い上げるところからドラマは始まった。

 あかりは高校の吹奏楽部でトランペットを吹いていたが,あかりが拾い上げたトランペットは,死んだ母ちはるが使っていたものだった。

 ちはるは,20年前,大阪でお好み焼き屋をやっていた母初音の元を飛び出し,音楽活動を通じて知り合った男性と交際して別れ,その後,尾道の村上家の世話になることになるが,あかりを生んで間もなくちはるは死んで,残ったあかりが村上家の娘として育てられた。

 しかし,初音の登場で,あかりは自分が村上家の子供ではなく,ちはるが生んだ子供であり,父親は誰か分からないことを知る。

 そしてあかりは,高校卒業後,就職名目で大阪に出るが,本当の目的は自分の出生の経緯を知るためだった。
 その後,あかりは,初音が営む下宿屋に住みことになり,昔,初音がやっていたお好み焼き店を初音の協力を得て,「おのみっちゃん」の名前で再開した。

 あかりの本当の父親は,東京の音楽大学に勤務する作曲家の橘(小市慢太郎)だった。橘は,ちはると別れた後,ボストンの音楽院で学び,帰国後は作曲家として成功し,東京の音楽大学で教師を務めていた。
 その橘は,おのみっちゃんの常連客で地元の音大の先生の招きで大阪に来た際,おのみっちゃんの客になるというひょんなことから,あかりが自分の娘であることを知る。

 しかし,娘と父の再会はぎこちないもので,実の父親と,育ての親である村上錠(遠藤憲一)・真知子(安田成美)夫婦らとの間に起きるあかりを取り合うような感情の摩擦と絡み合いが始まる。

 当初,あかりには,橘が父親であることを告げられず,初音や村上家の家族たちが,橘の存在を巡って右往左往しながら,思い悩む姿が続く。

 そして,あかりは,初音たちが橘を遠ざけようとしていることを知り怒るが,最後は初音の計らいで,あかねと橘は再会することができる。

 橘は,おのみっちゃんで看板メニューの「尾道の豚玉」を食べた後,自ら作曲した曲の楽譜をあかりに送って東京に帰っていくのだが,なぜ親子であることの確認もしないまま他人行儀にあんな別れ方をするのだろうか,これから二人はまた会えるのだろうか,初音や村上家の人たちの屈折した感情は溶きほぐれていくのだろうか等想像は尽きない。

 結局,育ての親と肉親は,どこがちがうのだろう。
 血を分けたもの同志が,何も語らず,共通のトランペットを通じて共鳴する。

 育ての親である村上家の家族たちの愛情も,本物ではあるのだろうが,橘のそれとは異質なものである。
 多くの人に愛されるなかで,あかりはどこかで無理をするしかないが,このようにドラマ「てっぱん」に登場する人たちは,あかりを中心にその輪を広げながらつながっていく。

 それに比べて,現在の若者や中高年の人たちは,無縁社会に怯えている。
 社会の中核を担うべき人たちに一体何が起きているのだろう。

 「NHK無縁社会ー人はつながりの中に自分の存在や役割を感じられて初めて生きていける」の放送はそのつながりを欠く社会の不安と危うさを衝撃的に突きつけた。

 「誰も助けてくれる人はいません。もう限界です。孤独で耐え切れなくて心が折れそうです。私が死んでも誰が気づいてくれるでしょうか」(51歳男性)
 「苦しい夜は電話をかけます。つながらなくても呼び出し音だけで,つながれているような気がします」(27歳女性)
 「私は40代です。仕事に就くことができません。死ぬほどつらいと毎日思っています」
 「私は現在38歳で,非正規雇用で働いています。自給で働く毎日で生きがいを感じていません。本当に誰に相談したら良いのですか。私はどうしたらいいんでしょうか」

 「フリーターで1人で暮らしています。誰ともまったく会話がありません。精神的にもかなり不安定だと感じています。」
「私は,20代の男です。正直ちょっとさみしくて自殺のことがよぎるときもあります。なんでもいいです。まわりからいっぱい声をかけてください。」

 このような衝撃的なメールが次々と発信されてくる。

 しかし,街を歩いていても,みんな楽しそうにして孤独な影は感じられない。
 
 貧乏であることや職に就けないということも大きな要因ではあるが,無縁社会の不安の源は,もう少し違うところにあるのかもしれない。

 時代を遡れば,いつも人の暮らしは貧しく,物資は行き届かず,平均寿命も短かった。経済発展して食べるものや着るものに困る人はなくなったが,相変わらず,他人との相対比較で幸せの程度を確認するだけだから,不満の種は尽きない。

 そのようなことは,過去も現在もそしてこれからも同じで,問題状況は何も変わらない。
 国外に目を転じればいっそうその傾向は顕著である。

 確かに,無縁社会に暮らす人は「可愛そうなひと」であると言えるが,経済的にそれを救済することは無理なことであり,仮にそれができたとしても,次の不満の種を作るだけなのだ。

 また,老後の生活のことや医療介護の心配をしても,誰も経済や社会の変化を予想することなどできないのだから,先のことを心配しすぎても仕方のないことなのかもしれません。

 結局,人が誰かとつながっていなければ生きていけないことは事実なのですが,そのつながりのあり方は自分で考え,自分で作っていかなければならない。

 人に必要とされたり愛される人間になれなければ,無縁社会から脱出することはできません。

 社会の在り方にも問題はあるのだろうが,社会を構成しているのがそういう個々の人間の集合であり,自分もその一人であることを忘れてしまってはいないだろうか。

 新しいつながりの形は待っているだけでは作れない。

 てっぱんの上でつながっていく人たちは,決して裕福ではないが,少なくとも,自分の存在や役割を意識し,悩みながらも力強く毎日を生きているといえそうです。
  

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