ひからびん通信

日頃思ったことなどについてコメントします。

砂の都市(検事ひからびんの取調室2)

2014年09月09日 | 物語
紗枝の家は、東京武蔵野の井之頭公園近くの新興住宅街にあった。

旧財閥系のデベロッパーによる開発行為によって開かれた分譲地の一画

落ち着いた佇まいが通行人の視線を集める。

家から駅までの道は、思ったよりもきつい坂道で

その坂道を紗枝は毎日行き来しながら、一日一日を重ねて成長していった。

家族のぬくもりに包まれて、素直な性格に少女は育てられた。

街路樹は優しく夏の日差しを弱めてくれ、街並みの落ち着きはこころを穏やかにしてくれた。


良家の子女たちの作法を身に付け、温厚な教師や親たちが作るカリキュラムを熟し、

幸せ行の列車に乗り遅れないんだと自分に言い聞かせた。

でも紗枝は、ガラスの靴を履いていることも知らず、

ただ真っ直ぐに都会の廊下を走り抜ける。

そして空に渦巻く花びらを見ながら

君と出会う日のことを想い

愛しているからと言って欲しいと願うのに

何時でも誘ってくださいとも言えない。


そんな紗枝が大人になり始める頃、今夜かぎりのバラードが流れ始める。

恋人たちの街は軋んだ悲しみの余韻に咽んでいるのに。


観覧車の窓の外で

汚れた雪がベンチに降り積もり

闇夜に都市の輪郭が見える。


人はそれぞれ自分の道を歩いて行くけど、

それがどんな道なのかは紗枝も後になってからでなければ分からない

心のあり方と落ち着く場所がどこにあるのか

好きなのに抱き合うことができないことの意味も

いつか紗枝にもきっと分かる時がくるだろう。



紗枝は大学を卒業後、都内の塾講師となり、小中学生に英語を教えるようになる。

自宅と勤務先を往復する平穏な毎日が続くように思えたが、転機が訪れるのはそれほど先のことではなかった。

紗枝が26歳になる時だった。