アボルダージュ!!

文芸及び歴史同好会「碧い馬同人会」主宰で歴史作家・エッセイストの萩尾農が日々の思いや出来事を語ります。

電気               萩尾

2011-03-27 | その他
今年の冬は寒かった。
例年の暖冬に慣れていたこともあって寒さをより強く感じた。
確かに、我が家の庭でも氷点下を記録することが多々あった。
だから、いつもより以上に、「春、早く来い」と思ったりした。
けれど、春は3月11日に一変した。
東北関東大震災が起こり、春という季節は足踏みをしてしまった。
いや、その惨状に「春」も目を覆って、立ち尽くしてしまったのかもしれない。
それでも、その歩を進めて、被災の地に暖かな大気を届けてほしいーと切に願う。
もう3月も終りだというのに、被災地では氷点下を記録している。
これは無いぞ!
これは、酷いじゃないか。
「春」早く、来い!
 
私たちに何ができるか。
その問いがあちこちで発せられている。
義援金も集まっている。
碧い馬同人会でも始めた事は先日、このブログでも書いたし、一昨日だったか、飛浪がやはり、ここに書いている。
(しかし、飛浪~、渡米前に「メールはPCに下さい、PCなら届きます」といったから、何回もメールしたんだよ~。返事が来ないから、チャリティページを始めてしまったけどね~。)
先週は駅前で「自民党」翌日に「民主党」が募金活動をしていた。
自民党と書いてある旗のマーク(?)がちょっと違っていたので、「?」と思い、募金をしなかった。(本物だったら、ゴメンナサイ。疑ってしまった)
翌日は「民主党」。こちらは旗は立てていなかった。見回したら、顔見知りの議員がいたので「本物」だと思って、ポケットの中で重くなっていた小銭を掴んで募金箱に。
その時、危うく家の鍵も募金箱に入れてしまいそうになって慌てた(笑)
「あしなが育英基金」がどこかでやっていないかなーと思う。
やっているのだけど、こちらの方にはまだ来ていない(?)みたいだ。

私は東京に住まいしているが、東京も、日常生活が変わった。
計画停電(実は「無計画停電」と蔭ではいわれている)が実施されて、我々が如何に電気頼りの生活をしていたか、改めて知らされている。
リスクを考えないで利便性ばかりを追求してきた。
その事に対して、今、根底から考え直さなければならない時になった。
大震災が起こり、それは自然災害であったけれど、原発の事故は「人災」の部分が大きい。
電気を原子力によって供給する事に決定した時、その根底には、絶対に「不安と疑い」があったはずだ。
「安全」と口にしてはいても、全ての事象に「絶対」という言葉は存在しない事を知っていたはずだ。
・・と、ここまで書いて、ふと思った。
今回の事故で、東電は「○○は無いと思っていた」「ちょっと目を離した時に」(一人で見張っているのか・・と驚愕)「○○が破損するとは思っていなかった」・・いろんなことを「想定外だった」と、言い訳している。
そう、それは言い訳にしか聞こえない。
「言い訳」をしているのは東電の幹部クラス。
作業員は命がけで復旧作業をしている(本当に頭が下がる。感謝でいっぱいだ)。
その人々の上の者たちが一人でも炉の中に入ることはない(これに関しては、飛浪も「東電の社長たち、裸で炉に入れよ!」と怒っていた)。
今月の東電の請求書「非常変災の影響により検診にお伺いすることができませんでしたので、先月分と同様のご使用料とさせていただきました」と、素っ気なく記入されている。
翌月の検針を元に過払いや不足分の調整を4月にするつもりであったと「言い訳」しているが、請求書のその一文のあとにそのことは書かれていない。一歩的な通告で、こういう姿勢が、東電の経営姿勢(殿様商売)だと、また、溜息とともに認識した。
怒りのあまり(笑)話がそれた。
建設が決まった時に「想定外」という言葉は原発に関してはないと覚悟して始めるべきだった。
いや、やはり、「絶対に安全」と思ってはいなかったのだ。
だから、東京で使う電力を地方で作ることにしたのだ―などと私は思っていた。
「そんなに絶対安全というなら、東京や関東で使う電力(原発)は東京湾の真ん中で作ればいい」
との暴言(?暴言なの?)を私は随分前から吐いていたっけ。
福島県は早いうちに原発を受け入れたーという。
受け入れた地方には年間で1000億円以上の原発の交付金が国から支払われるという。
年予算が5000億円くらいと書いてあった福島県にとって、その金額は予算の5分の1以上である。
それらは雇用、県内の企業や学校や保育園ーと、県民のために使われた。
だから地方は原発を受け入れると聞いた事がある。
しかし、それを受け入れなければ、個々の生活が立ち行かないという地方の状況が問題なのだろうなぁ―と、わかりきった事にも改めて視点が及ぶ。
疲弊していく地方、東京への一極集中・・東京さえ無事なら良い、危ない物はみんな地方に持っていけば良い、金さえ払えばいいだろう―その考えを根っこから直さないと、この国は良くならない。

節電で街全体が暗くなった。
しかし、不自由はない。
電車の本数も減った。
けれど、それだからといって、目的地に行かれないわけではない。少し早い時間に出ればちゃんと間に合う。
東京の春も遅く、朝晩の(時に日中も)気温は低い。
でも、沢山着ればよいことだから、暖房は入れないか控え目にすれば済む。
そうやって、2週間以上の時間が流れて、節電はできないことじゃないと皆、わかったはずだ。
今は、とにかく、被災した人々の救護が第一。
東京でも受け入れは始まっているが、あそこ(?)はどうなっているだろう。
社会保険庁(現日本年金機構)が国民が貯めていた年金を使って建設した社会保険庁職員の宿舎・・といってもマンション。
相場に準じた家賃を取れば回収できたはずなのに、相場の半分にも満たない賃貸料だから、建設費の回収ができるどころか赤字のまま。しかも、部屋は随分と沢山空いているのを何年か前のNHKのドキュメンタリー番組で放送していた。それがまだ空いているなら、受け入れればよいと思う。勿論、無家賃で・・。国民はだれも文句は言わない。皆が積んでいた年金で建設した建物に積んでいた人々が入居するのは当然の事だし・・。
被災した人々を一人残らず救ったら、次は被災の地の復興・・こちらはそれと同時に今後の電力をどうするかを国全体で思考する。

世界中で原発についての思考が始まった。
被災したのは日本であるが、今、人類が追求してきたこれら「便利なもの」に、世界中が真摯に向き合わなければならないのかもしれない。



破格…というか、損得無視ですね(笑)

2011-03-25 | その他
米国4泊6日弾丸旅行に行っていた。
その間に萩尾から、メールが何度も届いていた。
が、PCがなかったため、内容を確認できなかった。

帰宅してメールを読むと、
碧い馬同人会ウェブサイトに、震災用チャリティページを作ったという。

内容を見てみた。
…これだけのラインナップで2000円とは…。
グッズ販売管理担当として、
余りの商売っ気のなさに頭がくらくらした。

しかしながら、いまや、時は戦乱の世と変わらない。

東北のたくさんの皆さんが、毎日戦い続けているのに、
利益も損得も破格もない。

一昨年、昨年と訪れた、東北を思う。
土方さん率いる幕府軍が大砲を撃った鹿嶋神社は大丈夫か。
三陸海岸、アボルダージュの行なわれた港は、まだあるのか。
瓦をふいたばかりの若松城は?
山南さんの故郷、仙台は?

どうか、立ち上がって頂きたい。
東北の皆さんは、我慢強く、愚痴を言わず、とても真面目だ。

より多くの皆さんが、少しでも前を向いて、
希望を見出して、明日を生きてくれるための資金は、
あればあるほどありがたい。

沢山の皆様から買って頂いて、少しでも、力になれればと切に思う。


http://www3.ocn.ne.jp/~blueh76/10401.html

(破格値です!採算度外視です!絶対お買い得です!)



タイトルなどつけられないくらいの・・・               萩尾 農

2011-03-19 | その他

ブログに書きたいことはいっぱいあるのに、時間が無いこともあるにしても、次から次に思いがけない出来事が降ってくる。
何をどのように理解すればよいのか、どのように納得すればよいのか・・・いや、納得などできない事が山のように・・。
そして、今、最も大きな納得できない事が、3月11日に起きた。
納得しなければいけない?自然災害だから?
いや、それでも、納得などできない。
どうして、自然は、日々を懸命に、己の力をいっぱいに使って生きている人々の上に不幸を落とすのか?!納得できない。
人を欺いてまで、莫大な富を手にした者はどうして、自然の怒りに触れもせずに、常に安全圏で人々の涙をみているのか、納得できない。
富裕層の中から個人で莫大な義援金を出した者もいたが、前述の者は、沢山の金銭をしっかりと握ったままなのか?自らの財を被災地への支援としたろうか?あるいは、また、選挙にでも出るつもりで、金はしっかり握ったまま?自分の勝手に書いているブログだから、もしも、すでに多くの寄付をしているのなら、この記述は「ゴメンナサイ」だが・・。
さらに、納得できないのは、現時点では生命の危険のない人々による食料品、日用品の買い占めだ。
地震の瞬間、私は4階建てのビルの2階にいた。古いビルなので倒壊の危険があるから、外に出た。
コンクリートの地は立っているのが困難なほど、長い時間揺れた。
混乱もまだない早い時間に車で途中まで送ってもらった。
米が今朝炊いた分で切れていたから、朝、出た時から、
「帰りにお米を買って帰ろう」
と思っていた。
スーパーは「安全の確認ができるまで一時閉店します」とシャッターを下ろしていた。
翌朝、米5キログラム入りを1袋買ってきた。
夕方、もう一度買い物に行くと、品物が非常に少なくなっている、
「買いだめが始まっている」
と思った。
しかし、それが「買いだめ」から、「買い占め」になるまでの時間はあっという間。
乳幼児や高齢者がいる世帯はある程度の品を備蓄しておく必要があるかもしれない。
しかし、一般の家庭が、なぜ、トイレットペーパーやティッシュペーパーを大量に買い占めるのかわからない。
人々の買い占めが始まってから数日後、ようやく、新聞が「買い占めをやめるように」との記事を掲載した。
新聞に、トイレットペーパーやティッシュペーパーを抱えた母子の写真が結構大きく載っていた。
子の方はスカート丈の短い制服の女子高校生、母はヒールの高いブーツをはいていた。生命の危険の無い人々の買い占めの代表のような構図だった。
12ロールも入っているトイレットペーパーを2袋、ティッシュペーパーは5個入りのはずだ、それらを抱えて闊歩している。
同じ東京人として恥ずかしい。
石原都知事がこの災害を「天罰」と言った。
「強い者の味方」の彼らしい言動だと思った。
すぐに陳謝したが、そういう言葉が出る事を考えれば、この人間の傲慢な気質がよくわかる。
「日本人の我欲」への警鐘の意味だ・・云々あったが、日本人すべてを一括りにして「我欲」と言ってよいはずがない。
今回、災害にあった人々の殆どが「我欲」などとは無縁の人々である。
「我欲」というなら、前述の人を欺いてまで富を手にした者、それらを決して他人の為には使おうとしない者にこそ、あてはまる言葉だ。そして、そういうところにこそ、それこそ「天罰」という言葉が相応しいだろう。
文学者であった(過去形?)はずの石原慎太郎が、そんな簡単な言葉の使い方を間違えるほど、この人の気質は傲慢になったのかもしれないなーと、こんな都知事の元に住まいしている情けない気持ちが頭をもたげる。
こういう知事の元で、自分だけがよければよいと買い占めをする都民はお似合いだ―と全国の人々から思われるかもしれない。あ~、なさけない!
それでなくとも、東京はものを作り出さない消費するだけの(ある意味、役立たずの)地域であるのに・・。
被災地の知事や首長の方たちが必死で県民を守ろうとしている。
青森県知事は
「青森港は使える、青森から物資を入れて南下していけば、被災地に届ける事が出来る」
と官邸に訴えに来た。
その表情から人々を守ろうとする真摯な思いが読み取れる。
どの首長も疲労が濃い、それでも、涙ながらに訴える。
福島知事がNHKに登場した。NHKは、局側が用意した事に対して回答してもらうつもりだったようだが、「その前に一言・・」と、知事は現地の思いを吐露した。
果たして、東京が大きな災害にあった時、あの都知事がこんな風に、都民の為に不眠不休で、また、都民の思いに涙し、奔走するか・・・「する」とは決して答えられない私―東京都民の一人だ。

飛浪が自身のブログ等で紹介をしていた話に私も胸が熱くなった。
幼稚園児が3DSを我慢して寄付した話をツイッターのユーザーが紹介していたというもの。
彼女がそれをコピー貼り付けをしていたので、そのまま、私もコピーさせてもらった。
買占めしている人々に読んでほしい!・・と飛浪同様、強く思った。
次の通り。

<寄付した幼稚園児のエピソード>
募金箱の前にて幼稚園位の男の子と母親の会話。母「貯めてたのに本当にいいの?」子「3DS我慢する。これで地震の人の家建てる。」と言いお年玉袋から5000円を寄付。母「偉いね。地震の人、これで寒くなくなるね。」男の子思わず号泣。後ろにいた私、大号泣
(※『Twitter』より引用しました)

東京も始終、揺れている。
静岡や長野、新潟も大きな地震がきた。
富士山の活動を注視しなければならないという言葉が新聞の紙面に・・。
1000年に一度の今回の地震との事。
その1000年に一度の時期に私たちは生き合わせた。
「国難」という言葉があちこちに書かれ始めた。行政も使い始めた。
確かに国難である。そして、祖国がなければ、人々は生き行かない。
電気に頼りすぎた人間が招いた、あちこちの原発建設。
その原発の大事故。命がけでそれらに対処している自衛官、警察官、消防士、東電の作業員、その人々の肩に今、この国の運命がかかっているといっても過言ではない。
けれど、それらが解決をみた後は、私たちが力を尽くさないといけない。
今までの価値観と同じではいられない、いや、そうであってはいけない、これからの日常。あらゆることを、根底から考えなおせとー自然はそう言うかもしれない。

首相はじめとして、超多忙。本当に不眠不休がテレビに出てくる顔の表情だけでよくわかる。
野党も協力しろよ!
頭には「政権奪取」だけしかなく、政策論争よりもアラ探しに血眼になっている間に、こんな大災害が起こってしまったのだから、今こそ、与党野党一致して、国難に立ち向かうべきだ。また、それこそが為政者たちの仕事だ。
国民が政治を見限るか、もう一度、政治に希望を見つけるか、これが最後の機会かもしれない。
国民が国政に諦めしか持っていないのは、本当は、ものすごく不幸なことなのだから・・。

書きたい事や、書かなければならないことも、数多あるが、長くなったので、一応、終わり。

《追記》碧い馬同人会で「東北関東大震災チャリティ」のページを開設しました。

         碧い馬同人会ホームページ

怒!怒!の足の引っ張り合い    萩尾 農

2011-03-06 | その他
あ~、もう嫌だ!
お前たちは何をやっているんだ!
お前たちを雇っているのは、私たち国民だぞ!
本当に、もう、嫌になった!
決して楽ではない生活の中から、お前たちに給料(税金)を払っているのは私たちだぞ。
主権はこちら側にあるんだぞ。それなのに、自分たちを「特権階級」と思っていないか?お前たちは・・。
もう、ホントに、本当に、嫌になったよ!お前たちには・・。
以上、国民の声。
国民はもう崖っぷちだ―と、書いてから、随分時間が経ち、だから、崖から落ちた人々も数多居る。
なんで、肝心な審議をそっちのけで、足の引っ張り合いをしているんだ。
確かに、政治献金は悪いよ。
それで、今度は、その問題で野党が問責決議案提出の準備・・云々。
今、自分たちの祖国がどれほどの危機状態にあるか、政治屋さんたちは知らないらしい。
本来の審議は進まない、予算も立たない・・そういう状態のこの国を国際社会はどう見ているだろうか。
国際社会で信頼を失ったら、本当に、「終わり」が来るというのに、まだ、足の引っ張り合いだ。
そもそも、民主党政権誕生は国民が選んだ結果だから、国民も責任を持たなければいけないのだけど、国民は飽きてしまったのか、いや、失望のあまり、政治に関心がなくなったのか。
しかし、政権が代わって、そんな短期間に何もかも変わるはずがない。十年はかかるだろう・・と、私は思っていた。
そして、この若い政党(と、当初は思っていたが、今は「未熟な政党」と言い変えたい)に、五十年以上もこの国の政治を一党支配してきた自民党は、行政や外交のノウハウの指導や協力をするだろう、それが、この国をこんな風にしてしまった前政権の義務だと考えていたし、国民の為を思えば、与党だの野党だの言っている場合ではない事は即わかるはずだ・・・・と思っていたのだけど、やはり、
「お前たちは、雲の上をフワフワと歩いている輩(ヤカラ)だったようだ」
と言いたい。
未熟な政権政党の中のさらに未熟な議員たちは内紛を起こすし、人気がある新党へさっさと移っていくし、あきれるばかりだ。
そして、その混乱状態をみて、「政権奪取」の好機だと叫ぶ前政権党。
何度も言うけど、そんな他愛も無いこと(そう、他愛も無いことだ、政権云々など、その前に、国民の状況を見ろよ!と言いたい。)に頭を熱くしている暇があったら、お前たちの雇い主の国民の生活を、しっかり見てみろ!
就職に失敗した大学生が自殺している、あまりに悲惨だ。これから、生きていくはずの人々なのに・・・そういう世の中だ。

もう、政党政治は、末期なのかもしれない。
そうするとこの後に来るのはポピュリズムの政治。
もうそうなりかけている。
地方の首長が先頭に立って結成された新党は既存の政党政治を強い言葉で非難し、人気(!)を高めている。
しかし、この新党が果たして何をするのか、全く、未知数だし、何もしないかもしれない。
あるいは、これらの新党があちこちにできることによって、この国の政治が地方分権に向っていくとしたら、それは、また、新しい道であるにちがいはないのだが・・。
明治維新の前のこの国の形は、ある意味で地方分権だったともいえなくもないなぁ。
けれど、とにかく、この国の今の状態は、明治という時代をああいう形で迎えたことから起因しているのかもしれない。
世界もどんどん変わっていく。世界地図を変えてしまうかもしれないような状況も中東では起きている。
多分、私たちはそんな変わり目に生き合ったのだろうと思う。

それでも、実は「世界」云々よりも、自らの生活が、崖っぷちなのだ、私たちは・・。
だから、
「とにかく、今は政権政党なのだから、しっかりしてくれよ、民主党」
と言ったところか。
国民がこれ以上、政治に関心を持たなくならないように・・失望しすぎると、関心もなくなるから、そうなったら、どの政党もお終いだよ。

さて、せめて壁紙だけは、春にしようか。