アボルダージュ!!

文芸及び歴史同好会「碧い馬同人会」主宰で歴史作家・エッセイストの萩尾農が日々の思いや出来事を語ります。

冬隣りの季節の世情

2016-10-31 | 世情もろもろ
 もう十月が終わり!!!
…と、カレンダーを一枚破る日が来て、少し、慌てる。
断じて、うかうかと過ごしていたわけではない。
「断じて」と強調するのは、うかうかと過ごす日々が多いことへのいいわけか…(笑)
八月から、これまで、「物書き」が忙しかった。(今も…だけど)―って、これも、いいわけ…かな。
とにかく、十月が終る。
灼熱の夏(東京の夏は、もう何年も、これだ、「暑い」ではなく、灼熱)から晩夏へ、そうして、秋~天気、悪かったなぁ…。
と、思う間に、朝夕の空気がヒンヤリ―もう、晩秋になるのか。
晩秋は、十一月の下旬―と、私の感覚で、これまでは思い続けていたけれど、今年は、晩秋を飛び越して、「冬隣り」の季節がやってきている気がする。
日中でも、「寒い」と思う日が割とある。二・三日前は、10℃より下の気温で、「クリスマスの頃の気温」と報じられていた。

「冬隣りの季節」―この「冬隣り」という言葉、日本らしくて、とてもよいと思っている。
この言い方をしたら、春は「春隣り」、夏は「夏隣り」、つづく秋は、「秋隣り」―ということになるが、そういう表現はあまり聴かない。
殊更に、「冬隣り」という言葉が心に染みいってくるのは、「冬への準備をせよ」と、冷たい風が、私たちに注意(あるいは警告)しているようだからか。
そう考えると、この言葉は、温かい地域では使われないかもしれない。
「冬隣り」「冬備え」「冬構え」―雪が来る前に…といった雰囲気が、脳裏に過る。

そして、今、もう、冬隣りの季節なのだろう。
この季節が好きだ。空は抜けるように高く、青の一番濃くなる時期である。夜はひどく寒くなったが、空気が冷たいから、星空もものすごく綺麗だ。

そうして、そんな美しい季節の世情は、
「大変だ~!」
という状況。
嫌な世情―である。

それぞれの祖国と国民を守るはずの政府が、国民を危険な状況へと、もっと、いうなら戦争へと駆り立てる扉を開いて、一年余が過ぎた(昨年九月十九日に安保法制定に基づいて、その扉は開かれた)。
 そうして、ものすごい数の国民、市民が反対しているその言葉に耳を傾けることは一切ないままに、安保法が施行され、自衛隊が国連PKO活動への協力という名分の下に、現在、南スーダンに派遣されている。危険な区域である。
 それを、国会で稲田朋美防衛相と安倍晋三首相が、
「南スーダンで『衝突』はあるが『戦闘』はない」
と言い張った。
「戦闘」と認めれば「内戦」となり、自衛隊を派遣する前提が崩れるからだ。言葉のごまかしで、憲法九条が禁ずる海外での武力行使に道を開く戦闘任務(駆け付け警護などの)を、自衛隊に押しつけようとしている。
 言葉のごまかし、すり替えが得意な政権である。
 武器輸出三原則の撤廃時にもそれは、見られた。
「武器」を「防衛装備」という言葉(名前)にして、「輸出」を「移転」に言い換えた。「武器輸出」は「防衛装備移転」となった。これは、武器輸出を原則禁止から原則解禁へ百八十度転換したことになる。憤りを通り越して呆れた。
 いつか、そう遠くない日に、「made in Japan」と刻印された武器や技術が、世界の人々を、殺傷することになるかもしれない。現に、政府は、パレスチナの人々を殺傷してきたイスラエルと、無人偵察機を共同研究することを選択肢の一つとして検討しようとしているし、先月(九月)は隣国のイエメンを無差別空爆するサウジアラビアと武器協力で合意した。
 安保法が国会で強行採決されたとき、「戦争の出来る国へ扉をひらいた」「国民を戦地に送る法が成立した」―云々との活字が新聞に躍っていた。「武器輸三原則」の崩壊、そうして、次は、「戦争の出来る国」から「戦争を欲する国」へと、変貌を遂げて行くのではないか―と、憂える状況だ。武器の輸出(軍事産業)は儲かる。経済面だけで支持率を維持しているような政権だから、まず、「儲け」が先行するのか―と、疑いたくなる。
 よくない方向に、曲がり角を曲がって、こういう現況となった。


 そういう世情の中にいる私たち庶民。
 南スーダンに出発する子どもを抱いた自衛官、彼の足にももう一人の子どもがまとわりついている、泣きながら…。父親が危険な区域に出発する事を知っているのか、否か、或いは、ただ、父親のあとを追って泣いているのか―。
 いずれにしても、この子らに、父親を無傷でかえす責任が政府にはある。

 冬隣りの季節、世情は、冬よりも、心凍る場へとまっしぐらの様である。