アボルダージュ!!

文芸及び歴史同好会「碧い馬同人会」主宰で歴史作家・エッセイストの萩尾農が日々の思いや出来事を語ります。

田んぼと赤トンボ                 萩尾農

2011-12-04 | その他
もう十二月。
それなのに、今年は赤トンボを見ていない気がした。
見ないうちに「冬」になってしまった。
昔、それこそ、私も「昭和の少年(少女)」であった頃、学校の窓から赤トンボが群れ飛ぶ様を、秋ごとに目にした。
雨が降った翌日など、水はけがあまり良くなかった校庭に、巨大な水たまりができる。赤トンボが群れなして訪れる情景は今も脳裏にある。

先日、東京新聞の社説に「赤トンボの村守るには」という一文があった。
NPO法人「農と自然の研究所」を設立して、十年間、生きものの調査に関わってきた福岡県の農業宇根豊さんが話された事が載っていた。
「田んぼでは稲株三株あたりで、一匹のトンボが生まれています。稲三株とは、お茶碗一杯のご飯に当たります。日本のトンボの99%は田んぼで生まれるのです」
「一人が一年間で食べるご飯で守れる生きものは、アキアカネ(赤とんぼ)275匹、アマガエル12匹、メダカ10匹になります。絶滅危惧種の三分の一は田畑の生きものなのです。米国の農地は実に貧弱で、日本の農地は米国の百倍もの生態系を保持しています」

前回のブログで
「この国から田んぼが消える―それだけは絶対にあってはならない。
田んぼの役目は米を作るだけではない事を、恥ずかしいながら最近知った。」
と書いた。
社説には、
『全国の田んぼに生息する生物は5668種にものぼるという。「非経済」の価値と呼んでよかろう。田んぼは食だけでなく、生物や水質浄化、洪水防止、景観保全など多様な機能を持っているのだ』
まさに、それである。

政府は、国内でさしたる議論もせず、何より、国民の意向も聞かないままに、環太平洋連携協定(TPP)への参加を表明し、国益は守ると言い放っているが、私はこの言葉は全く信じていない。
今の政治家の約束ほど当てにならないものはない。前政権で決められたことが、首相が変わった途端に変更、あるいは、どこかにいってしまう―そんなことが平気でまかり通っている(これは、無関心の国民にも大いに責任はあるけど)。
だから、彼らの言うことは信じる事ができない。
社説の一文の中で「グローバル資本による食料の寡占」を佐賀県在住の農民作家山下惣一氏も語っている。
「食の国家主権がなくなる。寡占化とは生殺与奪権を握られてしまうということです。人が飢えても、バイオエタノールの方が儲かるとなれば、そちらに穀物を回しかねません」
農村の共同体が崩壊していく危機感はTPP論議の前から募っていたという。
農業従事者の平均年齢は66歳、高齢化が進んでいる。兼業農家率は70%を超えた。(農業だけでは生活していけない―と私の知り合いの農家の人も語っていた)
一方では、共同で生産・販売する農業生産法人が育ちつつあるという。
「これらの動きを支える国の政策や国民の合意抜きにTPP賛成、反対のみに論議が終始していては農業の停滞と衰退は止まらない」
「約1億2700万人の人口を養わねばならない日本の食はどうあるべきか、今こそ、長期の視座を持って真剣に問い直すときだろう」
等々、一文は訴える。
米国のブッシュ前大統領の過去の演説の中に、次の一言があったという。
「食料自足できない国を想像できるか。それは国際的な圧力と危険にさらされている国だ」
ぞっとした。
それこそ、この後の日本の姿ではないか―と思ってしまった。
今は、まだ、かろうじて輸入に頼る経済力を持っているだろうけれど、それは永久的とはいえないし、現に、この国の経済は衰退しつつある。
大きな企業は円高の煽りを受けて海外に生産拠点をどんどん作っている。現地の人々を雇用するのだろうが、それでは、日本国内の雇用も経済力も衰退の一途をたどる。
世界の人口は10月末に70億人を突破し、2045年には90億人と予測されている。
やがて食料不足になることは目に見えている。その時に、どこの国が、よその国に食料を売るだろうか。そんな国は皆無だ。
国民の食料は自国で賄う―この基本に立ち返るときがきていると自覚しなければ・・。TPPに参加・・云々は、そのあとの事だ。
「そもそも農業は市場や経済の原則だけに左右される性質の分野ではない。稲穂が日本の象徴であるように、主力の農産物は国の歴史や人の英知を反映してきた。」
明治初期に東北から北海道を旅し、「日本奥地紀行」という本を書いた英国人女性の事も、社説には書かれていた。
「(彼女は)美しい田園を讃えて、《草ぼうぼうの「なまけ者の畑」は日本に存在しない》」
そのように英国に紹介された日本の田畑は現在、「耕作放棄地」という悲しい名前を持ってしまった。
そういう「草ぼうぼう」を一体、誰が作ったのか―と、文は結ばれていた。

2011年は千年に一度ともいわれる未曾有の大災害があった。
千年に一度に生き合わせてしまった私たちだ。
だから、今、あらゆる事を根本から見つめ直す時なのかもしれない。

                    
                    2011年12月1日 記

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