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歴史ロマンあれこれ(その 2 ) 京都とエルサレム

2015-09-19 10:55:23 | エッセイの部屋

前回では、京都とエルサレムの関連を漠然と考えている内にyoutubeで驚くべき話に出会ったと述べた。
それはマンガ家サイエンスエンターテーナーの飛鳥昭雄氏の話だった。
彼によれば、アッシリアに連れていかれた古代ユダヤ人の十氏族がその後歴史上で行方不明になり、失われた十氏族と呼ばれているが、それが東方へ逃げて中国や朝鮮半島を経て日本にたどり着いたと言うのだ。
そして日本の天皇は十氏族の中のカド族の子孫のためミカドと呼ばれたと言う。
また、中国の西に興った秦の始皇帝はユダヤ系であり、彼の命令で大勢で日本を目指した「徐福」も同じユダヤ系で、その目的は不老不死の薬を持ち替える事ではなく移住する事だったと言う。
また日本にたどり着いた秦氏は、開墾した自分の山城の土地を提供し造営費も出して桓武天皇に遷都を促して平安京を造らせた。
だから京都には三本柱の鳥居とかユダヤ的な物が見つけられると言う。
また日本神社の鏡剣勾玉の三種の神器もユダヤの石版杖壺の三種の神器を模倣したものだと言う。
そして日本独特の前方後円墳の形もユダヤの三種の神器のマナの坪を表したもので、アジアの移動経由地にいくつか見られると言う。
日本の三種の神器の勾玉も、その句の中のムと言う字も昔は壺と書いていたと言う。
それに、日本神社のお祭り時のお神輿はユダヤのモーセの十戒の石板を入れた黄金のアークを模したもので、伊勢神宮の内宮の地下にはその本物が隠されていると言う。
他にもびっくり仰天するような事ばかりだった。
飛鳥昭雄氏は、古代史以外にも、地球の地軸変動や太陽系の未知の惑星やnasaや陰謀説等々、話が広範囲に及び、しかもあまりにも奇想天外の事ばかりなので、すぐには信じられず、まだ消化中である。
しばらく頭を冷やすために古代史から離れていた。
そんな中、今回「かぐや姫」の話に惹かれてネットで調べている内に、また古代史に関する他の人達の説にも触れる事になった。
その中でまた驚いたのは、あの京都の祇園祭が、ユダヤの人達が日本へ来た時の行列を表していると言う説だ。
つまり祇園祭とはシオン祭と言う事らしい。
益々京都とエルサレムの関連が強まった。
現在、ネットで検索して見ると、古代ユダヤ人と伊勢神宮をはじめとする日本の神社や天皇との関係については驚くほど多くの事が述べられているので、興味のある方はどうぞ。
結局京都は日本にたどり着いたユダヤ人が造った極東のエルサレムと言う事らしい。
以前から日本の伊勢神宮の石灯篭にはユダヤのダビデの星が刻まれていると聞いてはいたが、まさか飛鳥氏が言うようにユダヤの秘宝が隠されているとは、にわかには信じ難い。
またその他にも、日本全国の八幡神社はすべて九州の宇佐八万神社から始まったと言う事は知っていたが、その宇佐八万が朝鮮経由で移動して来たユダヤが起源だとは、初耳だった。
もっと驚いたのは、恩柱祭で有名な長野県の諏訪大社の事である。
これこそ日本独自と思っていたが、つい最近まで鹿の頭を供えると言う儀式が行われていて、それは古代ユダヤの儀式だと言うのである。
おまけに、恩柱祭そのものが、ユダヤのソロモン王が神殿を造る時に使うレバノン杉を運ぶ姿を表したものだと言う人もいる。
これでは日本の分化の何もかもが古代ユダヤ人に起因する事になってしまいそうだ!
(ここで頭を冷やして・・と言うより頭を上げて周りをながめ、視野を広げて考え直してみよう)
現在ある古い神社の多くは、縄文時代から巨石や岩倉や霊山や巨木森など、地元の人達が畏れ敬っていた土地等である。
その場所を後の人々や征服者達が自分達の崇めている神や先祖を祭りそれが主祭神になってしまうケースが多い。
全国に広がる八万神社等が、そのよい例である。
だから似ている儀式があったとしても、必ずしも起源だったとは言えない。
また逆に、「いや、ユダヤから来たのでなく、元々日本にあったのがユダヤに伝わって、それが日本にもどって来たのだ!」
と言う驚くべき説もいくつか存在する。
その代表的なものが、あの有名な「竹内文書」である。(竹内文書に関する本のお奨めは、写真集の「超図解 竹内文書」)
あの有名な・・と言ったものの、私も名前は聞いてはいたが、詳しい内容については、つい最近まで知らなかった。
ところが、読んでびっくり、その本の最初に登場する地名は、私の住むすぐ近くの山だったのだ。
よく地元のソバ屋のおばさんが、私が連れてきたお客に「昔大洪水になった時、天皇があそこの山から空へ避難したのよ、だから今でも天皇の儀式の時はあの山のイチイの木の笏()しゃくを使うのよ」なんて変な話をしていて、私は全く相手にしなかったが、その話は作り話でなく、ちゃんと伝承された古文書に基づいた話だったとは、今となっては、おばさんに申し訳なく思っている。
その「竹之内文書」は、今では世界最古の記録として、外国でも注目されているのかyoutubeでも英語版で紹介されている。
何はともかく、真実か嘘か?飛鳥昭雄氏の話と同じ、イエスかノウでなく、「良きは取り、悪しきは捨てて、とらわれず、心楽しく・・」式で、雄大な歴史ロマンの旅に想いをはせてはいかがでしょうか?

(つづく)

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