飛騨さるぼぼ湧水

飛騨の山奥から発信しています。少々目が悪い山猿かな?

(続)連載小説「幸福の木」 305話 さくら鱒と岩魚

2022-04-11 13:58:22 | 小説の部屋

ハイハイハイハーイ、おまたせ、飛騨の小路 小湧水です、いやいや週末に間に合いませんでした、失礼しました。
はい、ウチの先生にはいい事が続いたようで、天国天国!って浮かれています。はい、その内容はまたいづれ、はい、遅れながらも原稿が届きましたので、小説に参りたいと思います。はい、では開幕開幕!、今回はまちがいなく文字オーバーで尻切れになると思います。

305 さくら鱒と岩魚

「僕も五月鱒のようにがんばるよ、皆を見返してやるんだ!」
男の子はそう叫んで五月鱒と落ち鮎を川に放流した。
皆はその様子を見守りながら沈黙していた。
「えーっ、お前もいじめられていたのか?」
と太郎は、聞こうとしたが、それを喉奥に呑み込んだ。
もし、「お前も」なんて言ったらバレテしまう。
自分も幼い頃いじめられていたなんて、皆に知られたくなかったし、さらに認めたくもなかった。
そう、きっと男の子の本心もそうだろう。
皆も、そんな心境を察してか、それ以上細かく質問しなかった。
やがて木花咲姫がしみじみとした口調で話出した。
「そうですね、生きていくと言う事は様々な苦労が伴います。人間だけでなく動物も魚達もそうですね、ほんとうに五月鱒ってえらいと思いますね、川の住み慣れたエサ場を他の仲間に譲って、自分は川を下って未知の海への長い旅に挑むのですから、ほんとうにたいしたものですね」
と心から褒めた。
太郎は、なぜか自分が褒められているような気がして嬉しくなった。
その得意そうな顔にハナが気づいた。
「でも、仕方なくそうなっただけだから、本人はそんなに褒められる事じゃないと思うけど・・」
と冷たく言って太郎をチラッと見た。
ムッとした太郎が、何か反論しようとした時、青い制服の彼女が、それを止めるように先に言い出した。
「あの、先ほどの説明のついでにですが、付け加える事があります。この長良河の五月鱒と同じように、仲間の一部が海へ行って大きくなってもどって来る別の魚がいます。
それが「さくら鱒」です。こちらの方が知られていると思います。
主に日本海側全般や太平洋側の北部の川に住んでいます。
ここの五月鱒は太平洋側の南部にしかいない珍しい鱒です。
さくら鱒もさくらが咲く時期に川で姿を見られたので、そう名づけられたのです。
さくら鱒も五月鱒も、どちらも鱒科で親戚の魚なのでよく似てます。
川に住み続ける小さな魚を「やまめ」や「あなご」と呼んでいます。人々は渓流釣りを楽しんでいます」
ここまで聞いていた長老が、思わず声を上げた。
「いやいや、川の魚って見かけによらず、けっこう複雑じゃのう。そう言う話を聞くのは初めてじゃ。そう言えば、昔、魚が群れになって遡上するとか聞いた事もあるが?そう言う事かい」
長老が感心しながらうなづいていた。
「まあ、長老さんったら、長い間生きているのに、そんな事も知らなかったの?」
ハナナが遠慮なしに思ったままを口にした。
「きっと、長老さんは村ばかりに住んでいたので、遠くの事は知らなかったのよ、でも修験者さんはアチコチ修行の旅をしているから、きっと知ってるわ」
ハナナの失礼を打ち消そうと、ハナが爺さん達を敬うように言った。
しかし、修験者は困った顔になってしまった。
「いや、修験者と言っても、実は、ワシ等は山ばかり歩いているから、川や海の事は詳しくは分からんのじゃ。北では秋に魚が遡上すると言う事ぐらいしか知らんのじゃ。残念ながら、きっと、よく魚釣りをしている太郎の方がワシ等より知ってるじゃろう」
と正直に薄情した。
「えっ、何が残念ながらだ、野山について知ってる事は、爺達も俺もドングリの背比べみたいなもんだ、年長だからって偉そうな事を言うな」
太郎が溜っていた不満をぶつけ始めた。
すると、また青い制服の彼女が話を始めた。
「あの、ついでに鮭についての話もしましょう。今修験者さん達が話していた、北で秋に魚達が群れを為して川を遡上すると言うのは、鮭の話の事です。
鮭は今まで話した五月鱒やさくら鱒とは親戚ですので、よく似てます。
しかし、鮭は川で産卵しますが、一匹も川に残ることなく、全員が海へ出て三年ほどして大きな体になって帰ってきます。
それが秋に群れとなって同じ川を遡上して産卵するのです。
これはもう何万年と言う長い間繰り返している事で、縄文時代には人々には大自然の貴重な贈り物として大変感謝されました。
五月鱒やさくら鱒は日本だけですが、鮭は日本以外の北方の国々の川でも遡上します」
その時、それまでいかにも不満そうな顔で聞いていた太郎が、突っ込みを入れた。
「えーっ、ちょっ、ちょっと待った!冗談だろ?大きな魚が群れになって川を遡るなんて、大袈裟過ぎるぞ、だったら浅い場所では獲り放題じゃないか?子供でも猫でも鳥でも簡単に捕まえるとでも言うのかい?まさか、まるで雉鳥が自分から網に飛び込むようなものだ、はっはっはー」
とあきれた太郎は大笑いした。
すると、青い制服の彼女は、凛としたはっきりした口調で、
「はい、その通りです、ですから北海道では小さな川を群れになって遡上する鮭達をヒグマ達が食べて冬眠の準備をするのですよ」
ときっぱり言った。
「えーっ、嘘だ、そんなんだったら俺達人間は遊んで暮らせるじゃないか、川の横に細い流れを作って籠を置けば、鮭達が勝手に飛び込んでくるとでも言うのかい?」
「はい、そうです、信じられないと言うなら、是非一度北海道へ見物に行ってください」
「うへーっ、マジかい?俺には信じられないや馬鹿にするな」
太郎はそれ以上反論する気を無くして唖然としていた。
「・・・・」
緊張した沈黙を破るように、木花咲姫が話し出した。
「そうですよ、本当の事ですよ、特に縄文時代は北海道や東北地方では秋には鮭が遡上して人は容易に捕獲できて冬用の蓄えもできました。
人間だけでなく熊の他に様々な獣や鳥達にも冬の食糧となりました。
神の造られた大自然は、人や動物達を養うためにすぐに入手できる食べ物を用意してくださっていたのです。
また、鮭や鱒だけでなく、海の他の鰊(にしん)や鰰(はたはた)等の魚達も、秋になると浅い岸に集まって産卵するため、漁師達は一度網を投げれば冬中の食糧を獲ることができたのです。文字通り魚の群れでした。
また森や山には栗などの木の実や柿やあけび等の果樹、それに松茸やしめじなどの木の子、山芋や百合の根やクズ等山の幸が溢れていました。
太郎さんが先ほど言ったように、本当に人間達は遊んで暮らせたのです。
事実、毎日好きな事をしていて、狩りや漁や採取などには、わずかの時間働いただけです。
太郎さんもどちらかと言えば、今の人達に比べれば、遊んで暮らしているようなもの、いえ、そう言う人達の部類ですよね?
はい、前にもお話した通り、大自然の恩恵に感謝して暮らした人達には争いや戦いもなく、平和で幸福な毎日を送っていました。
なので、この素晴らしい幸福な時代を、後になって「北のまほろば」と呼んで憧れたそうです・・・・」
木花咲姫がゆっくりと話し終えると、真剣に聞いていたタタロが言い出した。
「あの、俺、思ったんだけど、北の土地でそんなにたくさんの魚が獲れたのなら、この辺でも、例えばこの長良川でもたくさんの魚が獲れたんじゃないですか?」
すると即、長老が、
「そうじゃ、それは有り得るな、太郎、ひょっとして、ここを鮎の群れが遡上したかもな?」
と長老は太郎の肩を叩いて喜んだ。
「そんな事有り得んでしょ!さっきの話をちゃんと聞いていたの?鮎は北海道の鮭のように産卵場所まで一気に遡上しないのよ、川底の石藻を食べながらゆっくり遡上するのよ、そこで互いに場所争いをするのよ、だから鮎は友釣りができるんじゃない?っつたく、五月鱒じゃあるまいし」
ハナナが烈火のごとく噛みついた。
「そっ、それじゃ、五月鱒じゃ!その五月鱒が群れを為して遡上したんじゃないかな?なあ、タタロよ」
と長老は今度はタタロの肩を叩いた。
正直で真面目なタタロは、判らないので黙っていた。
すると、修験者が、
「まあまあ縄文時代と言ってもじゃ、もっと遠い過去から来たワシ達にとっては未来の話じゃからな、分かるはずがないが、聞けば縄文時代は人工が少なくて食べ物も野山に豊富だったと言うから、鱒の群れなんかにはそれほど興味が無かったかも知れんな。
神や大自然が、人工の多い土地に食べ物を与えてくれたとすれば、この辺りは群れにはならなかったかもな」
と冷静な口調で学者みたいに言った。
太郎は、元々そんな説教みたいな話は嫌だった。
「あのさ、皆は鮎や鱒の話ばかりしているが、肝腎な事を忘れているぞ、岩魚だ、俺達に一番身近なのは岩魚だ、岩魚の話をしないで鮎や鱒の話ばかりなんて、ワサビの無いワサビ漬けみたいなもんだ、止めよう止めよう、これから岩魚の話にしようぜ」
太郎の強引な言葉に、ハナやハナナが怒りかけた。
「おー、イワナ、イワナですか?それナンですか?」
興味を持ったのか外国家族の父親がカタコトの日本語で食いついてきた。
「岩魚ならワシも知ってるぞ」
と修験者も食いついてきた。
「イワナとはじゃ、ワシ達が、高い山で修行している時に谷で見かける魚じゃ。
まあ日本では一番高い上流に住んでいる魚じゃな。
しかし用心深い魚でめったに人には姿を見せないんじゃ、岩陰に隠れていて虫が飛んで来たりすると飛び上がって食うので岩魚と呼ぶんじゃ」
すると長老も負けじと説明した。
「そうじゃ、虫でも小魚でも何でも食べる肉食魚じゃ、味はさっぱりしていて美味しいのう、塩焼きすれば最高じゃ」
すると、通訳してもらって聞いていた男の子が思わず言った。
「わーっ、僕も高い