木村伯龍のひとり言

大阪のミナミはアメリカ村の占い師の日記

ご迷惑をおかけいたします!

2007-10-28 19:49:39 | Weblog

旅行に行ってきます。バリ島です。一度も行った事が無かったので楽しみにしています。それで、 ブログは書けませんので、4日の日曜日から始まります。帰って来たらバリ島のお話でも書きます。・・では、では・・・


欲は身を食う!

2007-10-26 22:37:01 | Weblog

私がまだ占い師になる前のお話ですからずい分前のお話です。
ある山辺の村で、お父さんが亡くなり、母と兄弟二人が残されました。幸いな事に兄弟は結婚していて別世帯を持っていたのであまり慌てる事は無かったのですが、財産分与の事で兄が仕切り、お墓の世話と母親の面倒見るという事で、兄は家と道路の整備された土地を貰いました。弟はというと、山奥の畑と不便な山奥の土地を貰いました。兄は、母親の面倒見ると言っておきながら、奥さんと合わない母親を弟に押しつけてきました。弟夫婦は嫌な顔もせず面倒を見ましたが、母親も父親を追うように三年で亡くなりました。
母親は兄ばかりに良い土地や畑を与えた事に少し悔いを残していましたが、弟夫婦はあまり気にしていませんでした。兄は親の財産を元手でビルやマンションを建て人に貸すようになりました。弟は、親から貰った土地に草が生えてはいけないということで、よく草取りをしていました。(ずい分差のある話ですが・・・・)
ある日の事です。弟の会社が不渡りで倒産するかもしれないという事で兄に相談すると、お金は有るくせに「貸せない!」と言い、「金を借りに来られては迷惑!」とも言って追い返しました。弟は泣き泣き家に帰ると、友達や仲間が待っていて、お金を出し合って助けてくれました。
・・・しばらくしてバブルが弾けて、兄の土地や建物の資産価値が見る見るうちに下がって、結局三分の一程になってしまいました。ローンがまだ残っていてその支払いに苦慮するようになっていました。弟は、苦しい時を乗り切って何とか友達や仲間に少しずつ返済が出来るようになりました。
そんな時、弟の所に道路公団の人が来て、「お宅の土地が高速道路にかかりますので、買収に来ました」と言って、高い値段で買い上げていきました。弟は友達や仲間に返済をして、逆に友達に融資もして助けました。兄は高速道路が山の上の方について新しい道が出来ると、兄の立てたビルやマンションは不便になって人が入らなく成りました。銀行の抵当に入り、結局払えないということで競売にかかりました。兄は他にも借金があったので急にいなくなりました。弟は、お金がいっぱいあるのでそれを安く買って手に入れました。
・・みんながその時言ったのです、「兄も欲張らず財産を平等に分けていれば今頃お金も信用も失わずに済んだのに!」


運命の人は何処!

2007-10-21 13:17:12 | Weblog

「運命の人は、何処にいるのだろう?」という質問を時々する方が時々おられますが、「運命の人はいませんよ!」と、私は相変わらず答えています。 その度に、悲しそうな顔や “えっ”というような顔している人がいるので、「神様は運命の人を決めていません。運命の人と結婚する訳では無くて、結婚した人が運命の人だと考えるべきです。結婚して幸せならそれで良くて、幸せでないなら、そんな運命は嫌だと言って、新しい人を見つけて新しい運命を切り開けば良い」と言います。
それでも、まだ白馬に乗った王子が迎えに来てくれると信じている人がいると「田舎なら、白馬に乗った王子はいるが、都会にはまずいないよ、何故なら高速道路を白馬に乗った王子が走っていたら、ダンプカーやトレーラーにはね飛ばされて飛んで行っているはずだから。まぁ~生きていても、男前からは程遠いと思うよ!」と言います。
また、「白馬の王子を待たなくても、家でじっと待っているだけでは、彼氏は出来ませんよ!」とも言います。
「ピンポ~ン!」とチャイムが鳴り「どちらさんですか?」と聞くと「私が貴方のダンナです!」という事も無いし、「ピンポ~ン!」とチャイムが鳴り「どちらさんですか?」と聞くと「クロネコです!」といって宅急便の中にダンナが入っている事も無いし、「ピンポ~ン!」とチャイムが鳴り「どちらさんですか?」と聞くと「○○デパートです!」といって「お届け物の中にダンナが入っている事も無いですよ!」と言います。恋愛も結婚も仕事も趣味も出会うことが全てです。素敵な秋がやって来ました。美味しいものを食べに出かけましょう。また素敵な人に出会うために出かけましょう。



優しいお母さんと一緒!(魚を食べよう!)

2007-10-19 21:50:42 | Weblog

お隣のご主人が魚釣りに行って、大漁だったので、おすそわけで頂いた大きなアジが、今日の夕食のお皿に並びました。太郎君は、中学校生なので、上手に魚を食べましたが弟の次郎君は、身と小骨が離れず魚の小骨と格闘していました。おかあさんはそれを見て、微笑みながら自分がまだ手をつけていない魚を次郎君に回して、「お魚さんを、上手にお口に入れましょうね」と言って、次郎君に背びれを外すように言いました。(もちろん自分が手本を見せてですが)次に下の方の腹びれを外すように言いました。最後に胸びれを外すように言いました。次郎君は慣れない手つきでお母さんのまねをしてお箸で外します。上と下と胸びれを外して、箸で魚の身を挟んで押さえると身は軽く外れました。小骨も付いてこないで身だけが簡単に外れました。あれ程、小骨を外すのが大変だったのに「あっ!」という間に外れてビックリです。次郎君は、外れた身を箸でつまんで食べて「美味しいね!」と言うので、おかあさんは「物には順序があるから、一つ一つ焦らずにやれば上手く行くからね!」とさり気なく言いました。

次に反対側を食べるに当たって次郎君はお母さんに聞きました。するとおかあさんは背びれと腹びれを外しましたが、魚を箸で挟んでひっくり返すのは、次郎君の小さな手ではまだ無理なので、頭を箸で押さえて尻尾を手で持って尻尾から頭へと身と骨とをはがしました。さっ!とはがれて白い身が出てきました。あまりにも簡単なので次郎君もお母さんに習って身を取り出しました。さらっとむけて食べました。
・・優しいお母さんは何事も手順が大切と魚の食べ方を借りて教えました。


博才(ばくさい)について!

2007-10-15 19:56:52 | Weblog

私は、自分が博打の才能の無い事は、高校生の頃見た占いの本の中に「顔の権骨(頬骨)の所に黒子の有る人は、博才は無い!」と書いてあったので、社会に出ても、競馬をしないで置こうと思っていました。でも、パチンコに どっぷりはまって、大変な目に遭いました。その時のお話です。
パチンコ屋さんに通い続けるとそれなりに、友達が出来て仲良くなるものですが、私も何人かの友達が出来て、その内の一人が、俗に言うパチプロの人で 私が負けた分はみんな彼が勝って持って帰っていました。また、その頃一人暮らしをしていたので部屋にも良く泊まりに来ていました。お仕事が休みの日、彼と朝早くからパチンコに行きました。パチンコ屋さんに入ると彼は、二台のパチンコ台を指差して「どちらを打つ?」と聞きます。「右」と言うと「これは、左の方が出るのに!」と言います。それで同時に打ち始めると、彼の方に当たりが来ます。いつもこの様な調子で、私の思う方とは反対の方が来て、彼はその度に「エッへん!」とばかりに、こっちらを見ます。・・・並んで打っていると「○○番台に行って、打つと良いよ!」と列の端っこや列の反対の台を言います。私が面倒臭いと動かずに打っていると、他の所から回ってきた人がその席に座って、すぐ当たりを出します。
それで、ある日彼に聞いたのです。「朝と言い、今と言いどうして当たりが来るのが分ったのか?」と聞くと、何気ない顔をして「見ていると当たりが来そうな気がするだろ!」と言いました。「私には、それは無い!」と言って「それが博才だな!」と言うと彼は「そうかも知れないね!」と言いました。そんな気がする人は強気で、気がしない人はおやめに成った方が得策だと思います。
・・・彼のアドバイスが「木村さんは、お店に入ると、すぐに座ってパチンコを打とうとするから良くないよ、ぐる~と、お店を一回りして見て、一番ツキの無さそうな人を見つけて打つと良いよ。出ない台の横はたいがい出るから!」と教えてくれました。
・・親切で教えてくれたのは良いのだが、彼は、いつも私のそばで打ちます。


私の大好きなお話!

2007-10-12 14:59:43 | Weblog

昔、中国の唐の時代です。有名な女帝、唐太公の時代です。
経済は非常に安定して栄えた時代です。この時の首相が婁師徳(るしとく)でライバルに狄仁傑(てきしんけつ)がいました。狄仁傑は事有るごとに首相である婁師徳を馬鹿にして、いい加減に対応していましたが、婁師徳は気にもせず、そのような事に関してはなんら相手にもしていませんでした。
ある日のこと、首相の任期が切れて、後の首相に狄仁傑が就き、唐太公とお話をする時に、前の首相の婁師徳の人物評価をするに「婁師徳は、賢成るか(賢いのか?)」と聞くと狄仁傑は「戦争の時、彼は、戦場から離れて守る人(臆病者)で賢なるかは知りません!」と答えました。
また、唐太公は狄仁傑に「彼は、人を知るか(人物を見抜く力があるか?)」と聞くと「私は、同僚では有るが 彼がそんな人物で有ると言うことは誰からも聞いたことは有りません!」と嫌いな婁師徳の評価を、唐太公に言いました。
すると、唐太公は「貴方が首相になれたのは、その婁師徳の推薦あればこそなのよ!」と言います。
狄仁傑は王宮から家に帰り、自分の不明を恥じ、ため息交じり声をあげて「婁公の盛徳は、我その際へよる事を得ず!」と云いました。


観相(人相)の最高峰は!

2007-10-10 22:49:33 | Weblog

我々の観相の世界では「修行してたどり着く最高地点はどこまでなのか?」という疑問に対してちゃんと答えが有って限りのないものでは有りません。顔の中に二つ見つけ出せば最高の地点までたどり着いたという事が言えます。その一つは、お客さんの左右の眉毛の真ん中より少し上の所に、印堂という場所があって、此処にその人の実印の形を見出して、文字を読む事と、もう一つは印堂より少し上の官禄という場所に その家のお墓を見出して その名前を読んで「あなたは、○○家の方ですね!」と言えるのが最高峰です。もちろん、私は、その様な所までは、無理なので、人相の勉強をしている方がおられたら頑張って登っていただきたいと思います。私も、この話を若い時に聞いて上には上があって、修行さえしたら、なんて面白い世界と思ったので書いておきます。


今を見て、その時を見ず!

2007-10-08 21:02:09 | Weblog

ずいぶん前のお話です。知り合いのエステのママがひょっこりと事務所に顔を出して「龍元ちゃん、どう思う?」と聞かれたので「何ですの?」と聞いたら「三年、経理を任せていた男が、急に居なくなったと思ったら、店の売り上げを持っていなくなったのよ!とても大事にして、給料も他の人よりは高いし待遇もずいぶん良かったのに!」と真剣に言うので「任せきりにしていた訳ではないんでしょ?」と聞くと「すべて経理は任せていた」と言うので「そりゃ持って逃げた男が一番悪いけどママも悪いよ!」と言うと「なんで私が悪いのよ!」と言うので「たとえば、ここに三年飼っている猫がいるとします。この猫は自分になついていて自分のいう事はよく聞きます。ある日、隣の主人が魚釣りに行って大きな魚を釣って帰って来て、おすそわけで一匹大きな魚を貰ったとします。テーブルの皿の上に置いてあっても、猫は食べません!たとえ床の上に置いていても、ご主人が見ている限りは食べません。しかし、自分がトイレに行って帰ってくると、猫と魚は居ないはずです。取って逃げた猫が悪いのか猫の前に魚を置いた自分が悪いのか?と言うお話ですから、置いたママがよくありません!」そう言うと「これも、勉強ね!」とにっこり言うので「うん!」と答えました。


外を見て、内を見ず!

2007-10-07 20:54:46 | Weblog

ある中年のご夫婦が仕事の事で相談に来られて、これからの展開について占っている時に、ご主人さんの左眉の上、福堂の上より山林の場所辺りに赤黒なった色が有り、反対の右眉の真ん中より上にも赤黒の色があるので「貸した金が戻っていないか?売上金の支払いがまだ手元に来てないか?そんな色があるのですが」と言うと「実は、父親の代からの付き合いで取引していた会社が有るのですが、一千万円の不渡り手形を貰って資金繰りが大変です」と言いました。「結婚式にも来て頂いたし、家族ぐるみでお付き合いしていたのに、会社が潰れると分っていながら、振り出した手形なので実に残念です」と今度は奥さんが言うので「あなた方は外を見て、内を見なかっただけです!」と言うと「どういう事ですか?」と聞くので「人を騙す詐欺師でさえ、お金に余裕があるときは、とても良い人で、お金が無くなれば人を騙します。人を騙す、騙さないは人柄とは関係なくて、その人の置かれている状況が問題に成るだけで、相手の支払いが 時々遅れるようになり、悪い噂が耳に入って来た時に、黄色の信号が点滅を始めたのですから、きっちりと相手の会社の経済状況を調べなくてはいけなかったのです。相手の人柄や、今までの信用を鵜呑みにしたので信用していたのでは、お金儲けは出来ません。かと、言っても 信用しないと長い付き合いは出来ません!内と外と見比べて行く事を学んだだけ良かったと思います」と言うと「私達も良い勉強になったと言っています」と笑って言ったのでホッ!としました。


自然に生きよう!(秋だから)の続き

2007-10-03 20:38:48 | Weblog

失恋をして悲しんでいるお客さんや、仕事で行き詰っているお客さんが来られて悩んでいる時、私は、「貴方を包んでいるもの」のお話をします。
行き詰っている事の打開策を考える事も大切ですが、もっと大きな目で見ましょう!と言います。何故なら、失恋している人なら、明日、素敵な人と出会い恋におちれば、それですべて上手く収まりますし、仕事で行き詰っていた人でも先輩や上司が協力していただき、また得意先が「分りました!」とお返事いただければ、たちどころに悩みは消えます。
山上の霧のような、今の悩みの事よりも、「貴方を包んでいるもの」「この現状や状況について考えなさい!」とさり気なく言って「自分はこの状況に陥って悩んでいるが、この問題の中から 自分は何を学んで、何を掴み取るのか!それが問題であって、結果ではない!」と言う事に気がつきましょう。学ぶ為に宿題を我々はいただいている。宿題をする事によって、絶えず一歩ずつ前進しています。学んだら、迷わないし、悟れば、風の中の自分のように「貴方を包んでいるもの」と同化して自然です。風を感じて頑張りましょう。