木村伯龍のひとり言

大阪のミナミはアメリカ村の占い師の日記

私の大好きなお話!

2007-10-12 14:59:43 | Weblog

昔、中国の唐の時代です。有名な女帝、唐太公の時代です。
経済は非常に安定して栄えた時代です。この時の首相が婁師徳(るしとく)でライバルに狄仁傑(てきしんけつ)がいました。狄仁傑は事有るごとに首相である婁師徳を馬鹿にして、いい加減に対応していましたが、婁師徳は気にもせず、そのような事に関してはなんら相手にもしていませんでした。
ある日のこと、首相の任期が切れて、後の首相に狄仁傑が就き、唐太公とお話をする時に、前の首相の婁師徳の人物評価をするに「婁師徳は、賢成るか(賢いのか?)」と聞くと狄仁傑は「戦争の時、彼は、戦場から離れて守る人(臆病者)で賢なるかは知りません!」と答えました。
また、唐太公は狄仁傑に「彼は、人を知るか(人物を見抜く力があるか?)」と聞くと「私は、同僚では有るが 彼がそんな人物で有ると言うことは誰からも聞いたことは有りません!」と嫌いな婁師徳の評価を、唐太公に言いました。
すると、唐太公は「貴方が首相になれたのは、その婁師徳の推薦あればこそなのよ!」と言います。
狄仁傑は王宮から家に帰り、自分の不明を恥じ、ため息交じり声をあげて「婁公の盛徳は、我その際へよる事を得ず!」と云いました。


コメントを投稿