吉松ひろむの日記

高麗陶磁器並びに李朝朝鮮、現代韓国に詳しい吉松ひろむの日記です。大正生まれ、大正ロマンのブログです。

昭和初期の大阪 三十六

2006年09月30日 04時40分36秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  三十六

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 村のともだちのハンさんが聞いた。
 …どうしてチェさんはお金もち長者になった?…
 …じつはこれこれ…とトッケビが毎晩銭一貫をもってきた話しを打ち明けた時、姿をかくして聞いていたトッケビがいままでのことに気がついてなんとかかたきを取ろうと思った。
 ある日、チェさんがはたけで小石をひろいながら…このくそったれ!いつまで畑にいやがる!…と叫んだ。トッケビはしめた!そうかと手を打ってその夜、畑に山盛りの小石を積み上げた。朝、チェさんは畑に小石がやまもりになってるのを見て…これはこれはありがたい!畑の土がいきかえるわい!とつぶやいた。それを聞いたトッケビはその夜、畑の小石を一粒も残さず掃除して、今度はイヌとトリの糞を畑にやまもりした。
 チエさんは心で大喜びしながら…どこの糞神がこんなに仰山ばらまきやがって!とつぶやいた。
 …人間、運がええとこうなるんや…とおんちゃんは笑いながらぼくの顔を見た。
 …おんちゃんはトッケビ見たことあるんか!…
 …こどもの頃、悪さをするとトッケビが飛んで来て手をたたくんや!…
 …そのトッケビはおんちゃんにくっついて大阪まできたんやろか!…
 …ハッハッハッ!トッケビは朝鮮が好きやから日本へようこんこん!…
 ぼくはチョンチュおんちゃんがそう言ったのでほっとした。
 これからもウメちゃんといたずら遊びができるんや…と急に元気がでてきた。
 おんちゃんは肩を上下させながらあぁ!気持ちようなった…と言って一銭を手ににぎらせてくれた。

昭和初期の大阪 三十五

2006年09月29日 01時29分52秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  三十五

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 月はじめの日曜日で桶をたたく音は聞こえない。
 ぼくはご飯をおえてすぐチョンチュおんちゃんちへ行った。
 チヨンチュおんゃんのお膳には匂いの強い朝鮮漬が小皿にあった。
 …おんちゃん!今日はやすみなんやろ…
 …そうや、たまには仕事やすまんと肩がこるさかい…
 …ぼくもんであげる…
 …おおきに!わしの肩は石みたいに堅うなっとるヨ!…
 ぼくはおんちゃんの肩たたきを始めた。
 しばらくたたいてみたが石みたいに堅い肩は同じやった。
 でもおんちゃんはオオ!気持ちええ、気持ちええ!と喜んだ。・
 …ヒロちゃんなかなかや!ほうびに朝鮮のおもろい話しをしてあげる…
 …むかしむかし百姓のチエさん所へ酒をかりにトッケビがやってきた。トッケビはどん  なとこにもおる日本の鬼みたいなもんや。チェさんは情けふかい男や、すぐ蔵から二  升もかめにいれてトッケビにわたした。トッケビはとびあがって喜びながらこれから  仲間とごちそうになる、明日は必ず銭をもってくるから…と言って姿をけした。
  明くる日、日がくれると昨日のトッケビがやってきてオンドルで暖かい床に銭、一貫  置いていった。チェさんはトッケビに逆らったらおおごとと銭はあきらめていたのだ。  ところが明くる日もそのあくる日も毎日かかさず銭一貫をトッケビがもってきた。
  チェさんはたちまち村一番の大金持ちになった。そして六十才になってお祝いに大勢  の村人を招待した。

昭和初期の大阪 三十四

2006年09月28日 02時36分02秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  三十四

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …ウメゃん阪和鉄橋のむこうの空がまっかや…でェ!
 …い、い、いくいく!…
 今日のウメちゃんはよいしゃべりやった。
 阿倍野ケ原の向こうは葦がはえた沼である。ここらには沼が仰山あってゲンゴロウの多い沼、蛙がいつもゲロゲロ鳴く沼、ラポがよくタマゴ生みに飛んで来る沼、メダカの大群が泳ぐ沼、緑色のこども亀が葦にへばりついてる沼などがあった。  
 鉄橋の手前の沼は桃ケ沼とゲンちゃんから聞いていた。
 真っ赤になった雲が横にながくのびて鉄橋の黒いヒシ形の線がたがいに入り組んでいるむこうに見えた。
 遠くでフェーン、フエーンと吠える音が聞こえるとまもなくゴーとレールの上を走る電車が姿を現した。
 沼もあかくなって小さい波がそよいでいた。
 ゲンゴロウたちも天井がまっかにそまったのでねる時間がきたと思って葦のくきにしがみついてうごかない。                               ぼくは家のツボから見た四国の吉野川渓谷を思い出した。
 はるか谷底を玩具のような機関車がおおげさに警笛をなんどもなんども鳴らして這っていた。
 でも景色は阪神和電車の方が綺麗やった。
 あのむこうには絵本でみた竜宮はんがいてるわ…と思った。
 サンダンの鉄玉を糸で結んでとばしてメスラポをとるのはあしたにしょうとおもうとふだんよりよけいにつぎからつぎとメスラポが低空で飛んで来た。
 …ウメちゃん!メスラポは明日や!…
 ぼくはウメちゃんの顔をのぞいて叫んだ。

昭和初期オ大阪 三十三

2006年09月27日 05時20分59秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  三十三

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …ぼくのタンクロウ茶碗無うなった!…
 ある朝、いつもの御飯茶碗がないので母に聞いた。
 …わるかった!わるかった!昨日手がすべっておかってで割ってしもうたけん!代わり  を買うたんヨ…
 母は慌てて棚から新しい茶碗を膳においた。
 胴が黒で中が真っ赤なおわんにタンクロウとそっくりの顔したさむらいの子が川をわたっている絵がかいてあった。
 …だれにも負けない一寸ぼうしじゃきタンクロウよりええろう!…
 …ふーんタンクロウはばくはつしたんやな!しょうないわ!…
 ぼくは一寸ぼうしの顔を見た。タンクロウはまゆがつよそうやったが一寸ぼうしのほうは口がだれにも負けん強い顔だった。
 …一寸ぼうしはおわんの船でみやこへ行ったんや、えろうなったんや、針の刀でおにも  やっけたんやろ!…
 ぼくは嬉しかった。
 ぼくの大好きなちくわがお皿にやまもりだった。
 まだあった。イワシの眼がぼくにはよう食べてんかと二匹も四角の皿にならんでいた。 …ウメちゃん!ぼくの茶碗、こんどから一寸ぼうしやでェ!…
 …ぼ、ぼ、ぼーくはタ、タ、タンクーや!…
 …ほんならいっすんぼうしより強いやろ!…
 …で、でーもあ、あ、かがは、は、げとるんや…
 この間ウメちゃんちでごはんたべた時、ウメちやんのは赤がところどころのこった茶碗やったがあれはタンクがはげてもうたんやな…と分かった。
 …住吉さんの向こうのこんまいいくね神社に一寸ぼうしを祭っちゅうけに…ごはんをぎ  ょうさん食べて強い体になりや!…
 母はたくあんをバリバリさせながら言った。

昭和初期の大阪 三十二

2006年09月26日 05時42分31秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  三十二

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)
 …こんたには母ちゃんの金光とよう似とる名前やな…
 …金光さんは神様じゃき、たかまがはらに住みよる神様じゃけん…
 母はまいあさ鈴をチンチンしてたかまがはらにかむずましますかむろぎの…と眼を細うして神棚におがんでいる。
 …チョンチュおんちゃんも金光さんの名前をつけたんやろ?…
 …お前にはまだ分からんけん、金光さんと関係はない、金のつくのは朝鮮の名前で一番  多い名前じゃき…
 …ふーん、ちょうせんの人は欲張った名前がすきなんや!…
 …そんなこと言うたらあかんぜよ!てんちゅうさんは身分のとうとい出じゃき…
 …そうやそうや、チョンチュウおんちゃんは右太エ門や!…
 ぼくは母ちゃんに貰ろうたタンキリ飴を紙に包んでウメちゃんちへ行った。
 きのう住吉に行く途中、碁会所まえの木の葉にコガネムシがぎょうさんとまっているのを見つけたのだ。
 どこからやってきたんやろう、ビー玉よりもっと綺麗に羽がひかっている。
 いっぴきが金色の羽をまっすぐ上にたてたとおもったら中のやわらかい羽がプロペラみたいにうごいて空へとんでいった。
 コガネムシはトンボといっしょや!羽をこっそりかくす頭のええムシとわかった。
 …ウメちゃん!ラポやミンミンせみと金むしとどっちの頭がええやろ?…
 …コ、コ、コ、ガネや、き、き、きーんがつつつくさかい!…
 ぼくは分かった。
 あたまのええコガネムシはぼくが近ずいても知らん顔してうごかないのは死んだふりしてるんやと分かった。

昭和初期の大阪 三十一

2006年09月25日 05時30分29秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  三十一

 金谷点柱(こんたにてんちゅう) 十九
 …おんちゃん!子供の頃、何して遊んだ?…
 …おんちゃんちは庭が学校の庭くらいひろかったさかい、ともだちが毎日きて、竹馬、木馬、陣取り、独楽まわし、凧あげ、一番おもしろかったんは石合戦ヨ!気つけんと小石が頭にあたったら痛とうて涙がでよった!…
 …石ってそこの砂利かァ?…
 …もちっとこまい石じゃ!ピユーンと音がして飛んで来るんや!…
 …ふーん、阿倍野ケ原で石合戦したらきっとおもろいやろなァ…カランコロンおばちゃ  んの息子とキシャのゲンちゃんとその友達、十人あつまったらええ!…       …小学校にはいって五、六年生になったらしてもええ…ヒロちゃんの年では無理や、危  ないわ…
 チョンチュおんちゃんは額に皺よせながら言った。
 それからウメちゃんが住吉さんへ行くと言ったのでぼくは急いでセミ籠をもてきた。
 おなじセミでも朝鮮セミは人を馬鹿にしたようにいきなり頭の上の樹木から、ガガガガ!!と笑いよる声をだすとチョンチュおんちゃんは言う。
 まもなくツクツクボウシのオーシンツクツクオーシンツクツクが広い十三間道路のむこうから聞こえてきた。
 境内の雑草の間からしきりにコロコロコロ!リーと虫が鳴いている。
 ウメちゃんがエ、エ、エ、ーマや!と叫んだが姿はない。
 するとこんどは大きなエノキのしたの雑草からリィリィリィリィと鈴がなるように可愛いなきごえがした。                                ウメちゃんがコロコロコロリーはエンマコーロギであとのが普通のコオロギと教えてくれはった。
 ひょこひょこはってきたエンマコーロギの眼がぼくをにらんだ。

昭和初期の大阪 三十

2006年09月24日 08時12分09秒 | Weblog
昭和初期の大阪  三十

 金谷点柱(こんたにてんちゅう) 十八
 小雨だったのでぼくはウメちゃんちの物置小屋で竹削りをした。
 チヨンチュおんちゃんが箸の半分ほどの長さの薄くそいだ竹を二枚つくってくれた。
 かたほうづつ飛行機のプロペラのように薄くけづってロウソクの火でりょう端をあぶって互いに逆方向にねじ曲げてつくるのである。
 竹プロペラの真ん中にキリで穴を開け竹ヒゴを差し込んで動かぬようにするとできあがりである。
 穴と互いのりょう端の長さが少しでもくるうと竹トンボは妙な回転になって屋根まで飛ばない。
 竹のまんなかに小刀の刃をあててぴったりうごかなくなると良いプロペラの出来上がりになる。
 ウメちゃんは吃りなのに小刀の使い方がうまかった。ウメちゃんの作った竹トンボは空高く舞い上がった。
 チョンチュおんちゃんも外へ出てきて両手でくるくる凄い速さで回転させてさっと上へ投げると屋根を越えてむこうの裏まで飛んでいった。
 ぼくのは屋根のひさしまで舞うのがせいいっぱいやった。
 ウメちゃんのトンボをとって真横から見るとぜんぜんくるいがなかったがぼくのは少し狂っていたのでチョンチュおんちゃんが手で少しひねって飛ばしたら屋根を越えて裏まで飛んでいった。                                  小雨はいつのまにかあがって空があかるくなった。
 ぼくはウメちゃんと阿倍野ケ原へ飛ばしに行った。
 沼の近くの葦にシオカラトンボが時々首をひねって僕らを見ている。
 尻が濃い青のオスラポが近くまで飛んで来てシオカラのそばを飛び過ぎようとしたらシオカラはさっと舞い上がってラポを追った。
 するとラポは慌てて沼の向こうへ逃げていった。
 …ウメちゃん!チビシオカラは強いもんや!体が二倍もあるラポが逃げてもうた!…。 …そ、そ、そ、ーや!ぼ、ぼ、ぼ、くーシオーカラや!…
 ウメちゃんは竹トンボをにぎったまま胸をそらして言った。

昭和初期の大阪 二十九

2006年09月23日 05時07分22秒 | Weblog
昭和初期の大阪  二十九

 金谷点柱(こんたにてんちゅう) 十七
 …ウメキチは汽車が怖い、ヒロちゃんよう教えてんか!…              ある日、阿倍野駅まで機関車を二人で見に行こうとするとチョンチュおんちゃんが言った。                                       …機関車の煙すうと気持ちようなる、まかしといて!… 
 ぼくは自信たっぷりだった。
 とさの田舎からここへ来た翌日からなんどもなんども阿倍野駅へ遊びに行った。
 シャーシャーと大きな車のしたから機関車はつよそうな白い息をしよった。突然、ホゥエーホゥエー!と吠えると、ジョッ!ジョッ!ジヨッ!ジョ!と仰山、お客がいっぱいの客車をひいてはしりだす。
 頭のさきにある煙突から黒い煙がいきよいよく空へ上ってゆく。
 ぼくは大急ぎで陸橋の階段を駈け登って橋のまんなかから下をみおろすと物凄い煙を吹き上げながら橋の下を通過した機関車のけむりで忍術つかいみたいだった。
 暖かい煙は機関車の焼ける匂いがした。
 母が言うにはその匂いは石炭の匂いじゃ…と言った。
 …ウメちゃん暖ったかい煙が気持ちええでェ!風呂にはいってるようなもんや!…
 ウメちゃんはふだん竹馬に胸はって得意げに乗る時とはまるで違った青い顔になった。 …怖うない!すぐ煙はきえるさかい!…
 ぼくは得意顔でウメちゃんの顔を見ていった。
 ウメちゃんはこっくり首をふってついてきた。
 ぼくがウメちゃんに負けないのは機関車の煙吸いだけや。
 竹馬、独楽回し、ラポ、目白、黄チョウ、穴セミ、ミンミンセミ、大バッタ、夕空のメスラポをとったり、ビー玉、回り将棋、読本、算術、…全部負けやった。
 でもウメちゃんはヤンパン貴族ノ子やから負けるのはあたりまえやと思った。

昭和初期の大阪 二十八

2006年09月22日 06時01分16秒 | Weblog
昭和初期の大阪  二十八

 金谷点柱(こんたにてんちゅう) 十六
 …おんちゃんの名前はええ名前やな…
 ある日、竹を編んでいたてんちゅうやんに言った。
 …ええことおまへんでェ、役所にとどけるときさんざん文句いわれたんや…
 …名前に文句言うのおかしいわ、ええ名前や!…
 …ヒロちゃんほめてもろておおきに!昔、昔のしらぎの国の祖先から続いた名前や、谷  だけ日本の字にした、子供のころまで金点柱やった、朝鮮ことばでキムチョンチュや  …
 …ハハハハ、おかしいわ、蝶々みたいや、木に蝶々や、ハハハハ…
 ぼくはおかしくておかしくててんちゃんはわざと言ったんやと思った。
 …母ちゃんやっとわかったでエ、てんちゃんは木に蝶々と言うんや、てんハハハ!…
 …大きな声で言うたらお巡さんにしかられるき、言うたらあかん!…
 …なんでや、おかしいわ!…
 …お前にはまだ分からんけん、チョンチュは朝鮮の言葉じゃき、そんな言葉使うたらあ  かんのよ…
 …でもええ名前やなァ!…
 ぼくはこんどからちょうちょうおんちゃんとよぶことにした。
 お巡さんに怒られたら、チョウチョウとるのがじょうずなんやおんちゃんは!…と言うつもりや。
 チョウチョウおんちゃんは飛んでる黄チョウチョウをさっと手でつかんでくれた。
 ぼくは黄チョウチョウが大好きやがなかなかつかまらない、白チョウチョウより羽がつよいから飛ぶのもはやいのだ。

昭和初期の大阪 二十七

2006年09月21日 08時10分15秒 | Weblog
昭和初期の大阪  二十七

 金谷点柱(こんたにてんちゅう)十五
 山所(サンソ)
 …こんたにさんは九州の弟さんが炭鉱の事故で亡うなったけんど嫁さんだけ帰るそうな …
 朝食の時、母がぼくに伝えた。
 …何度もかえるんはあかんのやな…
 …そうじゃないない!帰るいうても昔の家はとうに人手にわたっちよるけんあるのはお  墓だけじゃそうな、そのお墓も土佐の母さんの実家の百倍もある広さじゃそうな、祖  父さんが朝鮮貴族のお墓は日本の天皇のお墓くらいひろうてりっぱと言いよったき…  それもお墓といわんでサンソというそうじゃ!サンソは字のとおり山が全部お墓じゃ  そうな…
 …田舎のお墓、一度ばあちやんにつれていってもうたけど石が十ケ立っておった!…
 …あれでも田舎では大きい方じゃき…
 ウメちゃんはぼくなんか問題にならんええとこのボンボンやな…と改めて驚いた。   …ウメちゃんは偉い人になるんやな、さっき母ちゃんが言いよった!…
 …う、う、う、そや…
 ウメちゃんが慌てて答えた。                           でもてんちゃんの顔は碁会所へやってくるおんちゃん逹のだれよりも綺麗な顔で活動写真の右太エ門そくりやった。
 母の言うとうり昔はとても偉い人の家に生まれた人にちがいない。