カウライ男の随想 三十九
職員室の片隅に蓄音機かあった。備え付けのレコードは国民歌謡とラジオ体操の曲しかない。U先生が音楽好きで今は中国の徐州の部隊所属で出征している兄の残したセレナーデのトリセリー、グノー、ハイケンス、ドリゴノ、シューベルト、などの名曲集を持ってきた。レコード針のかわりに竹針をつかったがかえって静かな演奏になり、セレナーデにふさわしい。
人の気配のまったくない放課後の職員室、囲炉裏で焼いた薩摩芋を食べながら曲を観賞した。
わたしはドリゴノのセレナーデが大好きでU先生はグノー、K先生はハイケンスだった。その頃、ラジオのニユースの始まりに必ずハインスのセレナーデを流していた。
その頃、西峰で同じ教職だった秀才のO君はK商大予科に籍をおいていたが勤労動員が主でほとんど専門課程の学びもなく将来をT大学の法学部にきめていたがそれも厳しい戦況でどうなるか見当もつかない日々で悩んでいる…あった。
自分の将来はどうだろう。西峰時代もそうだったが、自分はいつも『死』と対決していた。
と言えば大袈裟になる。しかし間違いなくやってくる戦場での 『死』にどう対処すべきか…が真剣なテーマだった。
そしてなんともできない惰性の日々、これでは明日への希望がわくはずもないが子供逹と一緒にいる時はすべてを忘れた。
そんな日々にあってU先生は時々、わたしに読書を勧めた。
その頃、私の読書はほとんど哲学書とせいぜいキユーリ夫人伝、や他の岩波文庫の翻訳小説が主だった。U先生は藤村や啄木、漱石、利一などの小説をわたしに貸して読むことを勧めてくれる。…智に働けば角がさす、情に竿させば流される、とかく人の世は住みにくい…などを話題に職員室で様々な感想を話し合った。
職員室の片隅に蓄音機かあった。備え付けのレコードは国民歌謡とラジオ体操の曲しかない。U先生が音楽好きで今は中国の徐州の部隊所属で出征している兄の残したセレナーデのトリセリー、グノー、ハイケンス、ドリゴノ、シューベルト、などの名曲集を持ってきた。レコード針のかわりに竹針をつかったがかえって静かな演奏になり、セレナーデにふさわしい。
人の気配のまったくない放課後の職員室、囲炉裏で焼いた薩摩芋を食べながら曲を観賞した。
わたしはドリゴノのセレナーデが大好きでU先生はグノー、K先生はハイケンスだった。その頃、ラジオのニユースの始まりに必ずハインスのセレナーデを流していた。
その頃、西峰で同じ教職だった秀才のO君はK商大予科に籍をおいていたが勤労動員が主でほとんど専門課程の学びもなく将来をT大学の法学部にきめていたがそれも厳しい戦況でどうなるか見当もつかない日々で悩んでいる…あった。
自分の将来はどうだろう。西峰時代もそうだったが、自分はいつも『死』と対決していた。
と言えば大袈裟になる。しかし間違いなくやってくる戦場での 『死』にどう対処すべきか…が真剣なテーマだった。
そしてなんともできない惰性の日々、これでは明日への希望がわくはずもないが子供逹と一緒にいる時はすべてを忘れた。
そんな日々にあってU先生は時々、わたしに読書を勧めた。
その頃、私の読書はほとんど哲学書とせいぜいキユーリ夫人伝、や他の岩波文庫の翻訳小説が主だった。U先生は藤村や啄木、漱石、利一などの小説をわたしに貸して読むことを勧めてくれる。…智に働けば角がさす、情に竿させば流される、とかく人の世は住みにくい…などを話題に職員室で様々な感想を話し合った。