吉松ひろむの日記

高麗陶磁器並びに李朝朝鮮、現代韓国に詳しい吉松ひろむの日記です。大正生まれ、大正ロマンのブログです。

昭和初期の大阪 三十一

2006年09月25日 05時30分29秒 | 玄界灘を越えて
昭和初期の大阪  三十一

 金谷点柱(こんたにてんちゅう) 十九
 …おんちゃん!子供の頃、何して遊んだ?…
 …おんちゃんちは庭が学校の庭くらいひろかったさかい、ともだちが毎日きて、竹馬、木馬、陣取り、独楽まわし、凧あげ、一番おもしろかったんは石合戦ヨ!気つけんと小石が頭にあたったら痛とうて涙がでよった!…
 …石ってそこの砂利かァ?…
 …もちっとこまい石じゃ!ピユーンと音がして飛んで来るんや!…
 …ふーん、阿倍野ケ原で石合戦したらきっとおもろいやろなァ…カランコロンおばちゃ  んの息子とキシャのゲンちゃんとその友達、十人あつまったらええ!…       …小学校にはいって五、六年生になったらしてもええ…ヒロちゃんの年では無理や、危  ないわ…
 チョンチュおんちゃんは額に皺よせながら言った。
 それからウメちゃんが住吉さんへ行くと言ったのでぼくは急いでセミ籠をもてきた。
 おなじセミでも朝鮮セミは人を馬鹿にしたようにいきなり頭の上の樹木から、ガガガガ!!と笑いよる声をだすとチョンチュおんちゃんは言う。
 まもなくツクツクボウシのオーシンツクツクオーシンツクツクが広い十三間道路のむこうから聞こえてきた。
 境内の雑草の間からしきりにコロコロコロ!リーと虫が鳴いている。
 ウメちゃんがエ、エ、エ、ーマや!と叫んだが姿はない。
 するとこんどは大きなエノキのしたの雑草からリィリィリィリィと鈴がなるように可愛いなきごえがした。                                ウメちゃんがコロコロコロリーはエンマコーロギであとのが普通のコオロギと教えてくれはった。
 ひょこひょこはってきたエンマコーロギの眼がぼくをにらんだ。