東照宮行列(写真は水戸一高校庭(三の丸3-10-1))
去年行われた東照宮の祭礼行列中にあった太鼓です。行列先頭に猿田彦が立ち、次いで榊(サカキ)、鉾(ほこ)と続いて、その後が太鼓でした。行列の先頭付近に位置していたようです。漆塗りの棒に紅白の紐をかけて太鼓を下げ、二人で担いでいました。
団扇太鼓(蓮乗寺 元吉田町2705)
正月だからでしょう、日蓮宗、蓮乗寺本堂の前に、団扇(うちわ)太鼓が置かれていました。「自由に打ってご修行下さい。」という札が下がっていました。
水戸八幡宮陣太鼓(水戸八幡宮 八幡町8-54)
加倉井氏の家にあった欅(ケヤキ)の大木を徳川斉昭は召し上げて、1本の木から3つの太鼓と、その余材で好文亭楽寿楼の丸い窓枠を作らせそうです。太鼓は、義烈館、水戸八幡宮、静神社に現在あるそうです。第1回目の追鳥狩(おいとりがり 軍事演習)で使われたという水戸八幡宮の太鼓には、斉昭の筆で、「「陳攵」(これで一字で、陳と同じ意味)師 鞠旅、以警 以進」((この太鼓は)兵士を並べ、兵士に告げる、それで備えをし、それで兵を進めるといったことでしょうか)。写真は水戸市立博物館に展示されていた、水戸八幡宮の太鼓です。
南町2丁目太鼓(南町2)
太鼓に「南町二丁目太鼓若連」と書かれています。町に太鼓を打つグループがあるのでしょう。写真は平成30年に行われた水戸黄門漫遊マラソン開催の時に見た風景です。
太鼓廊下(好文亭 常盤町1-3-3)
好文亭の楽寿楼がある建物と、奥殿をつなぐ廊下です。橋廊下といっていたようですが、大正1年に昭和天皇が初等科5年生の皇太子時代に好文亭を訪れ、当時うぐいす張りだった橋廊下を渡って、太鼓橋のようだと興じたことから、太鼓廊下というようになったそうです。