徳川斉昭や、弘道館医学館教授・本間玄調らの努力で、水戸藩では幕末に種痘を受けた藩民が3000人をこえたようです。しかし、それまでは、疱瘡は大変おそろしい病気だったそうです。したがって、それを防ごうという神社もたくさんあったようです。だんだん病気が克服されるようになって、その信仰は薄くなり、社も小さなものになっていったのでしょう。
野木神社(祭神 菟道稚郎氏命(うじのわきいらつこのみこと))
疱瘡麻疹に霊験があらたかということで、文久年間(1861-1864)疱瘡麻疹大流行の時に、徳川慶篤(よしあつ 水戸藩10代藩主)が、野木神社に三日二夜の祈禱を行わせたそうです。元吉田町2574にあります。
鷺森神社(祭神 大己貴命(おおなむちのみこと))
通称は疱瘡神社だそうです。飯綱神社(東赤塚217)の境内社です。
疱瘡守護神社(祭神 大己貴命、少彦名命(すくなひこなのみこと)、月読命(つくよみのみこと))
吉田神社(宮内町3193-2)の境内社で、拝殿向かって右方の6社が併祠された建物内にあります。
疱瘡神
熊野権現(パンの山喜(谷田町346-3)向かいの小路を入った所)にある、5社が合祀された境内社の一社です。
疱瘡守護神社
天神社(吉沢町748)にある、5社が合祀された境内社の一社です。