ブログ「教育の広場」(第2マキペディア)

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社民党の敗北

2005年09月29日 | サ行
過日の(2003年11月の)総選挙で社民党と共産党(と保守新党)が敗北しました。保守新党のことはともかく、社民党と共産党の敗北についてはきちんと考えをまとめておきたいと思います。

社民党について言いますと、それは、これまでにも論じてきましたように、修身と斉家(身の回りの公生活)がきちんと出来ないのに、治国と平天下(国家レベルの公生活)を論じている青二才だということです。

その事を少し角度を変えて論じてみましょう。

社民党は根本的に政党とは言いにくい面があると思います。というのは、そもそも「政党としての組織」があると言いにくいからです。

議員は少しいますが、それ以外の地方組織は形だけでほとんど運動がないと思います。社民党の基礎的な単位である支部できちんと支部会議が定期的に開かれている所はほとんどないようです。まして、そこで決まった事を皆で実行する、少なくとも反対しない、という組織としての最低のルールないし規律すら守られていないようです。

それと対になっていることが、規律を守らず党員としての生活をしていない人を除名ないし除籍できないことです。

たしかに共産党のような「規律」は又それで問題でしょうが、社民党の「規律」はないに等しいと思います。

それなのに今まで持ってきた方がよほど不思議です。それは労働組合が民主党支持になるまでは社民党を支持していたこと、そして「自民党は支持できないが、かといって共産党でも困る」という人々が沢山いたからだと思います。

しかし、東西冷戦の終焉で体制選択の問題がなくなり、共産党も「かなり」社会民主主義的になってきた今、社民党の存在理由はほとんどなくなったと言っていいと思います。

それに社民党の議員の能力はかなり低いのではないかと思われます。かつてもそうでした。それは個人的な実力とはほとんど関係なく労働組合の組織の序列に従って議員になるからだと思います。

もう随分前のことですが、加藤寛氏(現在の千葉商科大学学長)が当時の社会党について、「社会党の議員でアメリカへ行って向こうの政府の人達と英語で議論の出来る人が何人いますか」と言っていました。私はこの記事を今でも覚えています。

 たしかに例外はいるでしょうが、全体としてこう言われても仕方ない面があると思います。

それに比べると、今の民主党の若手議員はかなり優秀です。松下政経塾出身者とか官僚出身者とか弁護士出身者とか、ともかく自分の意見を持っていて、しかも(いや、だからこそ)他者と話し合うことが出来、そして決まった事は実行する、そういう一人前の社会人として当たり前の事をしっかり出来る人が少なくないようです。

菅代表もかつて初めて代表をした時の「独断専行」を反省して、今回は実務はこれらの優秀な部下たちに任せて、自分は全体を見るという方針でやっているようです。菅代表は欠点も多いようですが、反省して改善する能力を持っているようです。

 少し民主党を褒めすぎたかもしれませんが、ともかく社民党は能力が低すぎます。あるいは、青二才すぎます。

それのはっきり出たのが、小沢一郎氏の社民党排除方針に反発して(これは当然)、自民党と組んだことだと思います。自民党を権力から遠ざけるということが一番重要な事だと分かっていたら、いかなる理由があっても、自民党の復権に手を貸すような事はしなかったと思います。

このようになる根本的な理由として、社民党にはアイデンティティがなく、自信がないのだと思います。

この事は、日本の社会民主主義はヨーロッパのそれとは違って、共産党に対するコンプレックスをその本質としている、あるいは根底にそれを持っている、ということと結びついていると思います。

日本では、「マルクス主義は理論的に正しいが、レーニン主義的前衛党や革命運動には踏み切れない」という人達が社会党に集まったのだと思います。しかし、ヨーロッパの社会民主党にはこういう共産党コンプレックスはないようです。

では両者にはなぜこういう違いが出来たのでしょうか。

それは日本の直接接した共産主義が主として中国のそれであり、ヨーロッパの直接対峙した共産主義はソ連と東欧のそれだったということがあると思います。

たしかにソ連の共産主義も革命以前はゴーリキーの「母」に描かれたような美しさをもっていたと思います。しかし、権力を握ってから、特にスターリンが権力を握ってからは堕落の一途だったと思います。

西欧の社会民主主義はそういう情報を得て、完全な自由競争も駄目だが、共産主義でも駄目だ、と分かって自分たちの道を探したのだと思います。

しかし、日本の左翼は中国革命に大きな影響を受けました。それも権力獲得以降は堕落していきましたが、隠されていたこともあって、なかなか共産主義自体が根本的に間違っているという認識は生まれなかったのだと思います。

この社民党の共産党コンプレックスの良く出た例が北朝鮮に対する態度だと思います。日本共産党も北朝鮮に対しては最初、間違った態度を取っていたようですが、社会党よりはるかに早くその間違いを見抜き、関係を断ちました。

では、社民党は今後どうしたら好いのでしょうか。独立して生き残る道は1つしかないと思います。ドイツの緑の党のように独自の路線と組織形態を持って民主党との連立内閣を目指すことです(民主党に吸収合併される道はありますが、これは「独立して生きる道」ではありません)。

そのためには、外国の好い所を調べることから出発するのが好いと思います。

選挙中にも福島幹事長(当時)は非武装路線に関してコスタリカに言及していましたが、それならコスタリカに誰かを派遣して、その国を徹底的に調べ、皆に知らせ、どこを受け継ぐかを明らかにすることだと思います。

また、西欧の社会民主主義政党とその活動方法をしっかり研究したらどうでしょうか。ドイツの緑の党の会議のやり方、全国大会の持ち方、日常活動などを調べにいったらどうでしょうか。

そして、憲法第9条を守ることだけでなく、国のあり方全体に対して、自分たちの考えを持つことだと思います。こうしてとにかく思想的立場と組織形態について自分たちのアイデンティティを確立して、それを研究して深化させていき、それに従わない党員は除籍することです。

党の財政については、まず収入に合った活動をしながら、収入の増大を目指すようにするしかないと思います。背伸びをしても失敗するだけです。

福島党首がこういう道に気づくように祈っています。

  (2003年11月17日発行)