安倍晋三が2月7日、北方領土返還要求全国大会に出席、「挨拶」(首相官邸/平成30年2月7日)している。
安倍晋三「戦後72年が経過してもなお、日本とロシアの間には平和条約がないのは、異常な状態です。何とか、この状況を打開しなければならない。戦後ずっと残されてきたこの課題に私とプーチン大統領が、終止符を打つ」
参加者の多くが安倍晋三のこの決意を頼もしく感じたに違いない。
続けての発言。
安倍晋三「これまで20回の首脳会談を行い、その強い決意を両者で共有しております。事情が許せば、本年5月にロシアを訪問し、日露首脳会談を行い平和条約締結問題も取り上げる考えです」
平和条約がない異常な状態に終止符を打つ「強い決意を両者で共有」と締結前進の雰囲気を感じさせるが、このことが日本側と一致する思惑の「共有」であるかどうかについては一度も突き詰めた説明はない。ただ単に「異常な状態」だから、その「終止符を打つ」と双方それぞれの思惑(=それぞれが国益としている具体性)を抜きに勇ましいことを言っているに過ぎない。
要するに領土の帰属問題で双方の国益を一致させることができるかどうかが平和条約締結に進む最難関となるはずだし、最難関となっているはずだが、それには触れずに平和条約の締結のみに焦点を当てた発言に終止している。
まるで交渉進展の障害となっている双方それぞれの国益など存在しないかのようだ。当然、首脳会談は交渉の障害となる国益の違いを克服する最大の機会であり、機会とすることに意味はあるはずだが、それを20回も積み上げながら、平和条約締結に何ら進展がないということは、裏を返すと、安倍晋三が20回に亘る克服の機会を活かすことができなかった証明としかならない。
にも関わらず、「20回の首脳会談」を行ったと回数に意味を持たせている。
現在、北方四島で進展を見ているのは共同経済活動のみであろう。
安倍晋三「先ほど御紹介された一昨年の長門における日露首脳会談において、新しいアプローチにのっとってこの問題を解決していくということで合意をいたしました。今、四島においては既にロシア人が生活をし、代を重ねています。その中で現在住んでいるこの方々も含めてロシア人と日本人がこの問題を解決していくことによって、両国に新しい未来が開かれていく。この四島に新しい未来が開かれていくということをお互いに理解しあうことこそ、この問題の解決につながっていくとの考え方におけるアプローチであります。
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また、北方四島における共同経済活動については、昨年、地元の関係者の方々の参加も得て現地調査を実施し、早期に取り組むプロジェクト候補が特定されました。今後、プロジェクトを具体化するための作業を、隣接地域の発展を念頭において加速させてまいります。
これらの取組は、平和条約の締結に向けた重要な歩みとなると確信しています。今後とも、地元への裨益(ひえき)の観点や皆さんの御意見を踏まえつつ、精力的に取り組んでまいります」
安倍晋三は共同経済活動は「平和条約の締結に向けた重要な歩みとなると確信しています」と言っているが、事実「重要な歩みとなる」なら、共同経済活動自体が領土の帰属問題での国益一致へと進展していく国益一致の体裁を取らなければならない。
つまり共同経済活動の国益一致と領土帰属問題の国益一致は対応し合わなければならない。事実、対応し合うなら、共同経済活動の基盤とすべく安倍晋三が提案した“双方の法的立場を害さない「特別な制度」”をロシア側が何らかの妥協の上に許容しなければならないが、「特別な制度」は自国主権を基盤とした共同経済活動に拘るロシア側の反対で暗礁に乗り上げたままで、共同経済活動の事業の選定のみが進んでいる。
何のことはない、領土の帰属問題での国益一致へと進展していく共同経済活動に於ける国益一致の体裁を取っていない。当然、「平和条約の締結に向けた重要な歩みとなる」保証はどこにもない共同経済活動という状況に置かれていることになる。
このことはロシア側が自国主権に拘っているところにも現れている。ロシア側はそれを共同経済活動での自国国益と看做している。当然、その国益を領土の帰属問題、そして平和条約締結に向けた自らの国益と対応させていることになる。
安倍晋三は「20回の首脳会談」をプーチンとの信頼関係構築に役立っていると見ているが、信頼関係が国益を凌ぐわけではない。首脳会談の回数だけを虚しく積み上げている可能性は高いのだが、そういった感覚に浸るのはプライドが許さないから、アベノミクスに都合の悪い統計は遠ざけるように遠ざけているのかもしれない。
米国防総省は2018年2月2日、新たな核戦略の指針となる「核態勢の見直し(NPR)」を発表した。〈主にロシアに対する核抑止力を刷新するため、数10億ドルを投じることが主眼。〉だと、2月3日付「CNN」記事は伝えている。
〈報告書は、「ロシアは米国と北大西洋条約機構(NATO)を自国の地政学的な野心に対する主要な脅威とみなしている」と指摘。米国防情報局(DIA)の現在の推計として、ロシアが短距離弾道ミサイルや、中距離爆撃機に搭載可能な無誘導爆弾、爆雷など2000発の「非戦略」核兵器を保有していると指摘した。
報告書はまた、ロシアが新たに大陸間の海中を進む核武装した原子力推進の魚雷を開発中との認識を示した。この計画は「ステータス6」として知られ、米当局者によると、水中発射のドローンタイプの装置で、数千マイルを進み米国沿岸の軍基地や都市を狙う可能性があるという。爆発後は広範な地域で核汚染が発生するように設計されている。〉――
〈NPR(核態勢の見直し)はまた、米国が確かな抑止力を備えているとロシアに印象づけるため、「低出力」の核兵器を重視するよう要求。潜水艦発射弾道ミサイルに搭載された既存の弾頭を改良を求めた。5000万ドル(約55億円)規模の5年計画になるという。〉――
「核態勢の見直し(NPR)」は対ロシアのみならず、中国や北朝鮮向けも含まれているが、トランプは改めてプーチン・ロシアを軍事的に要注意の仮想敵国に位置づけたことになる。
翌2月3日、ロシア外務省はこのトランプの新たな核戦略を批判した声明を発表。
ロシア外務省声明「深く失望した。敵対的で反ロシア的な態度が明白だ。アメリカはロシアが核戦力を近代化させていることに関連づけることで、大幅に核兵器を増強することを正当化している。
ロシアが核兵器を使用できるのは、ロシアと同盟国に対して核兵器や大量破壊兵器が用いられた場合などに限られている。
我々の自衛のための権利に対して疑問を投げかける試みだ。我々も必要な措置を取らざるを得ないだろう」(NHK NEWS WEB/2018年2月4日 5時32分))
トランプはロシアに向けて核軍拡競争の引き金をあからさまに引いた。
安倍晋三が北方領土返還要求全国大会に出席して挨拶する前日の2018年2月6日、北方領土の国後島などで2000人以上の兵士が参加する軍事演習を開始した。1月30日にはメドベージェフ首相が択捉島にある空港を軍民共用とする政令に署名までしている。
元々ロシア太平洋艦隊所属の原子力潜水艦基地ヴィリュチンスクがあるロシア領東端カムチャツカ半島の先端から北海道まで南下しているロシア実効支配の北方四島を含む千島列島(ロシア名クリル諸島)をロシアは自国防衛の戦略的要衝としていた。
そこへ来て、トランプ政権が対ロシア向けを主要とする新たな核戦略を公表した。当然、この演習は自国領土と主権は断固として守るという日本向けのみならず、米国向けの意思表示となる。
なぜなら、日本政府はトランプのこの新たな核戦略 「核態勢の見直し(NPR)」を強力に支持したからである。外相の河野太郎が2月2日、米国の「核態勢の見直し(NPR)」の公表に関する「談話」(外務省/平成30年2月3日)を発表している。
1.2月2日(米国東部時間,日本時間3日未明),米国防省は,「核態勢の見直し(NPR: Nuclear Posture Review)」を公表しました。
2.今回のNPRは,前回のNPRが公表された2010年以降,北朝鮮による核・ミサイル開発の進展等,安全保障環境が急速に悪化していることを受け,米国による抑止力の実効性の確保と我が国を含む同盟国に対する拡大抑止へのコミットメントを明確にしています。我が国は,このような厳しい安全保障認識を共有するとともに,米国のこのような方針を示した今回のNPRを高く評価します。(以上一部引用)
これは安倍晋三の支持をも意味する。支持していなければ、閣内不一致となる。事実、安倍晋三は2月7日に米副大統領ペンスと首相官邸で会談した際、NPRについて「高く評価する」と伝えている。
プーチン・ロシアを軍事的に要注意の仮想敵国に位置づけることになるトランプ政権の「核態勢の見直し(NPR)」を首相、外相共々「高く評価する」――
日本政府のこの高評価はプーチンをして米国に対してのみならず、米国と軍事同盟を通して深い絆で揺るぎなく結ばれている日本に対する自国防衛の戦略的要衝としての価値付けを北方四島に改めて付与したはずである。
要するに安倍晋三は北方四島の帰属問題と平和条約締結に向けた交渉を手繰り寄せるのとは逆の、プーチンにロシア領として維持する必要性を改めて確信的に与える距離にまでなお遠ざける行動を取った。
にも関わらず、2月7日に北方領土返還要求全国大会に出席して、「戦後72年が経過してもなお、日本とロシアの間には平和条約がないのは、異常な状態です。何とか、この状況を打開しなければならない。戦後ずっと残されてきたこの課題に私とプーチン大統領が終止符を打つ」と、さもそれが可能であるかのように宣言した。
要するに安倍晋三は何も気づいていないだろうが、「私とプーチン大統領が終止符を打つ」とハッタリをかましたに過ぎない。当然、「20回の首脳会談」は意味もない回数に成り下がる。