2018年9月20日の自民総裁選では安倍晋三が石破茂に勝利し、3選を決めた。安倍晋三国会議員票405票に対して329票(81%)。石破茂同じ405票に対して73票(18%)。その違い、256票の大差。(無効票3票は無視し、四捨五入して計算した)
対して党員票は安倍晋三405票に対して224票(55%)。石破茂405票に対して181票(45%)。その違い、約10%差の43票。党員票は国会議員票の両者に於ける懸隔の大きさとは異なって、かなり接近している。
一般的には党員は地元議員の支持態度を一定程度反映する関係にある。国会議員の81%もが安倍晋三一極集中的と言うか、雪崩現象的と言うか、支持を寄せていながら、党員たちの多くはその支持態度を反映させて安倍晋三に向けた一極集中的な、あるいは雪崩現象的な投票行動を見せずに、逆に国会議員の支持態度に反して多くが石破茂に投票した。何らかの理由があるはずだ。
石破茂も、安倍晋三に対する国会議員票と党員票との間の懸隔について、「国会議員がこうだから従えということにはならない。この乖離は冷静に分析しなければいけない」(NHK NEWS WEB)と発言している。
安倍陣営は当初、地方票7割の獲得を目指していたが、安倍選対本部事務総長の甘利明が55%獲得へとハードルを下げたという。当初の地方票7割獲得の目論見は安倍陣営自身が固めたと計算し、マスコミが安倍晋三は国会議員票(405票)の7割超(280票程度)を獲得する勢いと伝えていた7割という数字であろう。だが、実際には国会議員票は8割以上の支持を集めた。
にも関わらず、党員票獲得の目論見を7割から55%へと下げざるを得なかったのは現場の状況を見てのことだったに違いない。甘利明は安倍晋三の国会議員票と党員票の懸隔の理由を分析している。「産経ニュース」2018.9.20 14:53)
甘利明「党員には当然、判官びいきやバランス感覚が働く。いいところに落ち着いて絶妙だ」
だが、党員に働いた「判官びいきやバランス感覚」は国会議員に働かなかった。甘利明の分析が正しいとすると、地方議員に働いて国会議員に働かなかったのはどのような理由からなのだろう。
党員の投票行動が地元議員の支持態度を一定程度反映する関係にあることは次の記事によって証明することができる。2018年9月20日付「産経ニュース」
記事は、〈高い得票率を上げた地域は、首相を支持した派閥幹部の地盤が目立った。ただ、接戦だった地域も多く、首相の得票率55%は、81%だった国会議員票との差が顕著となった。〉と解説している。
具体的には――
1位 安倍晋三出身地山口県87.6%
2位 二階俊博地元和歌山県81.3%
3位 岸田文雄地元広島県71.0%
6位 麻生太郎地元福岡県64.0%
一方の石破茂。
1位 石破茂出身地鳥取県95.0%
順位不明 竹下亘地盤島根県77.4%
これで地元議員がどの総裁選立候補者を支持しているかで党員の投票行動がほぼ左右される関係を見ることができる。もしこの関係が断絶していたなら、国会議員は自らの選挙区で当選することは覚束なくなる。この関係性が密接であればある程、いわば党員の地元議員に対する支持が濃密であればある程、当選回数を経ている証明ともなるし、今後共当選回数を重ねていく担保ともなる。
同記事が取り上げている注目点は8月末に出馬を断念した総務相野田聖子の地元岐阜県での党員票の行方である。安倍晋三が勝利したものの、石破茂との得票率の差は僅か6.4ポイントだと伝えている。
野田聖子は20人の推薦員が集まらずに出馬断言を公表した後、安倍晋三支持を表明、そして総裁選当日、安倍晋三に投票したことを明らかにしている。だが、地元党員の多くは野田聖子の安倍晋三支持の態度には応じなかった。野田聖子が党員も満足に纏めることができないのかと安倍晋三の不評を買うかもしれないのになぜなのだろう。
首相の権力の最大の源泉は解散権と人事権と言われている。もう一つ、内閣支持率も影響力行使や求心力に関係してくるが、最近の多くの世論調査では50%前後で支持・不支持が拮抗している。中には40%前後で支持・不支持が拮抗している世論調査もある。つい最近まで不支持が支持を逆転していた一時期もあった。支持の理由も「他に適当な人がいない」といった消極的支持の割合が高い。
となると、解散権と人事権が頼りとなる安倍晋三の権力ということになるが、特に総裁選は首相を決める選挙でもあって、続投の場合でも、内閣改造を行って、一新した姿を見せることになるために、当然、何らかの役職を現時点で欲している国会議員は、特に当選回数を重ねているそういった議員は、総裁選であるなら、党員票獲得の功績を上げて、その見返りとして人事権を握っている安倍晋三の人事評価の対象となることを欲しているはずだ。
このことは将来に備えて役職に就く状況を手に入れることを欲している当選回数の少ない議員にしても同じであるろう。勿論、これといった功績がなくても、犬の首輪に繋いで大人しくさせる鎖の役目を持たせる意味で役職につけて従順さや何らかの功績を求める人事というものもある。
大体が国会議員として何らかの存在感を示すためには、特に地元有権者に存在感を示すためにはただの国会議員では満足できず、一定程度の役職を欲することになるだろう。
当然、人事権を握っている安倍晋三と役職を欲している国会議員は相互に論功行賞を求める関係にあり、後者は求める必要上、前者に対して従順であろうとする姿勢を取ることになる。
石破派所属の農水相斎藤健が「安倍応援団の一人に『石破さんを応援するのなら辞表を書いてからやれ』と言われた」と暴露したが、これも安倍晋三が握っている権力の最大の源泉の一つである人事権に関係させて石破茂を応援しないことを論功として求めた不当強要であろう。応援しないなら、農水相の地位にとどまってもいいよと暗に行賞をちらつかせた。
もし安倍晋三が権力としての人事権を握っていないとしたら、斎藤健に対する強要は効果を生む目論見は期待できないことになる。口にした以上、効果を生む目論見を持っていた。
また、総裁選後の人事で「応援しなかった議員は干す」との声が首相陣営から出ているとの指摘にしても、安倍晋三が強力な人事権を握っているからこそ、有効な目論見をもたせた言葉として口にすることができた。
要するに自民党衆参国会議員405人のうち、今回の総裁選で安倍晋三に投票した81%に当たる329人のうち多くは、あるいは推測するに殆どは安倍晋三に対してその人事権を前にして多かれ少なかれ論功行賞の関係を求めた。
このことを言い換えると、安倍晋三の人事権が持つシガラミに縛られていた。ところ今回の党員票の行方から判断すると、地元議員を通して影響することになるはずであるにも関わらず、安倍晋三が持つ人事権へのシガラミからは自由な党員が多く存在したことになる。
このことこそが甘利明が言っている、「判官びいきやバランス感覚」が党員に働いて石破茂が党員票を増やすことができ、国会議員には働かなかった理由であろう。あるいは安倍晋三に投票した野田聖子の地元岐阜県では野田聖子の意向に反して党員票は安倍晋三と石破茂との得票率の差は僅か6.4ポイントという結果になったはずだ。
党員の多くが人事権へのシガラミからは自由でいられるという同じ理由で国会議員のようには安倍晋三への投票に縛られることなく、投票先を石破茂に決めることができた結果、安倍晋三の国会議員票405票のうち329票(81%)であるのに対して石破茂が405票のうち73票(18%)と、その違いが256票の大差であることに反して党員票は安倍晋三の405票のうち224票(55%)であるのに対して石破茂が405票のうち43票差の181票(45%)も獲得できた結末であったはずだ。
少なくとも安倍晋三に投票した国会議員票329票から同じ安倍晋三に投票した党員票224票を差し引いた党員票105票の行方の多くは安倍晋三へのシガラミを持たない自由投票と見ることができ、それが「判官びいきやバランス感覚」からの投票変更であったとしても、そこに安倍政治に対する何らかの不満があったからで、その正直な反映と理由付けることが可能となる。
安倍晋三に投票された国会議員票にほぼ比例して安倍晋三に投票されるべき党員票のうち、100票近くが石破茂に流れた。安倍政治に対する支持傾向は安倍晋三が権力として持つ人事権へのシガラミに縛られやすい国会議員票のみで評価するのではなく、シガラミから自由でいられる党員も存在する党員票からこそ、評価すべきだろう。
石破茂の党員票善戦は安倍政治不満の反映と見るべき理由がここにある。
最後に野田毅が投票結果を読み上げて安倍晋三の当選を伝えたときの安倍晋三にしてやったりの表情でほくそ笑んだが、その箇所のgifアニメと静止画を載せておく。前者はgifだから音声なし。静止画を見ると、してやったりの表情が十分に見て取れる。
因みに「してやったり」の意味を「日本語俗語辞書」から引用してみる。
〈してやったりとは事が思った通りに運んだ際の達成感を表す感嘆詞で、人が騙せたときや人に秘密で進めていたことを成し遂げたとき、人から(一般的に)は無理と思われていることを成し遂げたときなど、達成に対して驚く対象がある(又は想定される)場合に使われる。これは元々『してやる』(註1)という行為の達成に対して使われた感嘆詞のためである。
註1)【為て遣る(してやる)】:「(たくらみ・悪事などを)まんまとしておおせる」「だましとる」(広辞苑より)という意味で「○○してあげる」が崩れた『してやる』ではない。受動態の『為て遣られる(してやられる)』が一般的。〉
私自身は(たくらみ・悪事などを)まんまとしておおせる」という意味で安倍晋三の顔の表情を解釈した。