北朝鮮の金正恩は自らの特異な独裁体制の保守を謀る限り、核開発と開発した核の放棄に応じることはない。なぜなら、核こそが自らの独裁体制保守の最重要条件だからだ。どのような経済制裁を受けても、自らの独裁体制を維持できる限り、今後とも核開発を続けて、到達距離と破壊力を最大限に高めた核を独裁体制安全保障の要とするに違いない。
現実がこのことを証明している。
以前トランプは核放棄の条件として北朝鮮の国家体制の保障を口にしたことがあるが、2018年12月18日、第73回国連総会本会議で日本及びEU共同提出の北朝鮮の深刻な人権侵害を非難し、その終結を強く要求する「北朝鮮人権状況決議」が14年連続14回目のコンセンサス採択を受けていて、その状況は西欧の民主主義国家の人権保障が北朝鮮ではそれが全く欠いていることの突きつけであものの、人権改善の受け入れは最も避けたい独裁体制放棄の逆説を孕むことを一番良く知っているのは金正恩自身であって、国際社会から独裁体制放棄の要求を阻止する最有用の手立てとしての核を放棄することは北朝鮮の国家体制の将来的保障ともならないことも金正恩は弁えていて、核放棄は決して受け入れることはできない北朝鮮国家にとっての有害策と位置づけているはずである。
必然的に金正恩の核開発と核の放棄は金正恩独裁体制そのものの崩壊と崩壊後の北朝鮮民主化によって可能となる。
但し金正恩独裁体制崩壊の過程で毒を食らわば皿までの開き直りから、核ミサイル発射の暴発を招かない保証はないし、平穏のうちに崩壊したとしても、 次の国家が民主主義体制に移行するのではなく、金正恩一派の残党による疑似金正恩独裁体制であったなら、やはり核を国家安全保障の重要な道具とする可能性は否定できない。
つまり民主主義体制移行が確実な、暴発のない、平和裏な金正恩独裁体制崩壊を演出しない限り、北朝鮮の核開発と核の放棄は実現不可能に近いことになる。
逆に北朝鮮の核開発と核保有を認めて、何らかの制御下に置くことも一つの方法ということになる。
イランの核開発を監視しているIAEA(国際原子力機関)が2020年6月5日、イランが未申告の核物質保管の疑いがある国内2ヶ所の施設の査察拒否を続けていることの懸念を示す報告書を理事会のメンバーに通知したとマスコミが伝えていた。
1979年2月のイラン革命以来、イランは最悪の状態で敵対国となったイスラエルの保有核弾頭総数が2019年5月現在、80発と推定される以上、国家の安全保障上、北朝鮮同様に核開発を放棄することはないだろう。イランの核開発を放棄させたいなら、先ずは最初にイスラエルの核を放棄させなければならない。イスラエルは応じないだろうから、イランも核開発を放棄することはない。
北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父親の横田滋さんが2020年6月5日、死去した。
《安倍首相発言全文 横田滋さん死去》(時事ドットコム/2020年06月05日21時26分) 安倍晋三首相が5日、拉致被害者横田めぐみさんの父、滋さんの死去を受け、東京・富ケ谷の私邸前で記者団に語った内容は次の通り。 ―滋さんの死去の受け止めは。 横田滋さんのご冥福を心よりお祈り申し上げる。そして早紀江さんはじめご遺族に心からお悔やみを申し上げたい。滋さんとは本当に長い間、めぐみさんをはじめ拉致被害者の帰国を実現するために共に闘ってきた。 2002年10月15日、5人の拉致被害者が帰国を果たされた。羽田空港に当時、私は官房副長官としてお出迎えにうかがったわけだが、滋さんも早紀江さんと共に「家族会」の代表として来ておられた。そして、代表としての責任感から、その場を記録にとどめるためにカメラのシャッターを切っておられた。 帰国された拉致被害者はご家族と抱き合って喜びをかみしめておられた。その場を写真に撮っておられた滋さんの目から本当に涙が流れていたことを今でも思い出す。あの場にめぐみさんがおられないということ、どんなにか残念で悔しい思いだったかと、そのときに本当にそう思った。 滋さんが早紀江さんと共にその手でめぐみさんを抱きしめることができる日が来るようにという思いで今日まで全力を尽くしてきたが、そのことを首相としてもいまだに実現できなかったこと、断腸の思いであるし、本当に申し訳ない思いでいっぱいだ。 なんとかめぐみさんはじめ拉致被害者のふるさとへの帰還、帰国を実現するために、あらゆるチャンスを逃すことなく果断に行動していかなければならないという思いを新たにしている。改めて、滋さんのご冥福を心からお祈り申し上げる。 ―拉致問題の交渉状況は。 25年以上、滋さんはじめ家族会の皆さんとなんとか拉致被害者が帰国できるように、まだ世の中が(拉致問題を)十分に認識していなかった時代から、滋さん、本当に暑い日も寒い日も署名活動を頑張っておられた。その姿をずっと拝見してきただけに痛恨の極みだ。さまざまな困難があるわけだが、なんとしても被害者が(帰国を)実現するために、政府として、日本国として、さまざまな動きを見逃すことなくチャンスを捉えて果断に行動して実現していきたい。 |
安倍晋三は涙まで滲ませていたという。横田滋氏が自身の娘の帰国を見ることなく亡くなった無念の思いに対してなのか、自身の拉致解決の無力に対してなのか?はたまた空涙なのか。
安倍晋三が「滋さんが早紀江さんと共にその手でめぐみさんを抱きしめることができる日が来るようにという思いで今日まで全力を尽くしてきた」と言っている「全力」とはどのような方法を採っていたのだろうか。
その方法に基づいて拉致被害者帰国実現のために、「政府として、日本国として、さまざまな動きを見逃すことなくチャンスを捉えて果断に行動して」きたことになる。2006年9月26日政権に就いて2007年8月27日に辞任するまでの約1年間、そして2012年12月26日に再び政権に就いてから今日までの7年間と約5ヶ月間の合わせて8年間と4ヶ月の間、「全力を尽くしてきた」。
これほど長期に亘って拉致問題と真正面から向き合った首相は他には存在しない。全力を尽くすことのできる時間まで味方につけることができた。時間は様々な知恵を生む。十分な時間があるのに知恵を生まなかったとしたら、時間を無為に過ごしたことになる。
最初の政権に就いた2006年9月26日から3日後の9月29日国会所信表明演説
安倍晋三「拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はありえません。拉致問題に関する総合的な対策を推進するため、私を本部長とする拉致問題対策本部を設置し、専任の事務局を置くことといたしました。対話と圧力の方針の下、引き続き、拉致被害者が全員生存しているとの前提に立って、すべての拉致被害者の生還を強く求めていきます。核・ミサイル問題については、日米の緊密な連携を図りつつ、6者会合を活用して解決を目指します」
「対話と圧力」で拉致問題を解決してから北朝鮮との国交正常化に取り組むと、拉致解決の方法論を宣言している。「圧力」は安保理制裁決議違反となる北朝鮮のミサイル発射や核実験に応じて段階的に罰則を強化していく灯油やガソリン等の石油精製品の対北朝鮮輸出入の削減や北朝鮮からの食品、機械、電気機器、木材の輸入禁止と北朝鮮への産業機械や運搬用車両の輸出の禁止、あるいは北朝鮮の核又は弾道ミサイル計画に貢献し得る資産の凍結等の措置を指す。日本とアメリカは安保理制裁以外にそれぞれが独自の制裁を課している。
要するに「圧力」とは経済的に追いつめて、ミサイル開発や核開発に費やす資金を枯渇させて、開発そのものを不可能にする作戦である。
だが、この「圧力」は核開発とミサイル開発を北朝鮮独自の独裁体制保持のための最大の安全保障と看做して、両開発を決して放棄することはない北朝鮮の意思とは相容れない。結果、「圧力」と平行させて日本やアメリカ側の北朝鮮の核開発とミサイル開発を如何に断念させるかの目的に添わせるべく仕向ける「対話」に反して北朝鮮側が求めている「対話」は核開発とミサイル開発を如何に続けることができるかどうかの目的を持たせた努力機会と言うことになる。
当然、「対話」で北朝鮮が核放棄とミサイル開発放棄にどのような前向きな姿勢を見せようと、あるいは放棄の約束をどのように匂わせようとも、核開発とミサイル開発を継続させる目的を隠した北朝鮮側の態度ということになる。
また、拉致問題を議題とした「対話」であっても、日本独自の対北朝鮮経済制裁の一部解除、あるいは全面解除の譲歩を求めて、それが実現したとしても、解除によって得た資金を日本側の監視を受けることなく直接的にか間接的に核とミサイル開発に回すことができなければ、日本側が求める解決は受け入れることはない道理となる。
日本側の資金が万が一、核開発やミサイル開発に回されたことが明らかになった場合、日本の立場を失うから、監視をつけないままにどのような解除もできないことになる。
但し北朝鮮に対して核とミサイル開発の継続を保障できる唯一の国はアメリカであって、日本にはできないことを承知している。要するに北朝鮮側にとって核保有保障の交渉相手はアメリカのみであって、日本ではない。北朝鮮側は拉致解決が核保有の保障とならないことを承知していて、常に一歩距離を置く姿勢を取っているはずである。
2012年8月30日、フジテレビ「知りたがり」。
安倍晋三「ご両親が自身の手でめぐみさんを抱きしめるまで、私達の使命は終わらない。だが、10年経ってしまった。その使命を果たしていないというのは、申し訳ないと思う。
金正恩氏にリーダーが代わりましたね。ですから、(拉致解決の)一つの可能性は生まれてきたと思います」
伊藤利尋メインキャスター「体制が変わった。やはり圧力というのがキーワードになるでしょうか」
安倍晋三「金正恩氏はですね、金正日と何が違うか。それは5人生存、8人死亡と、こういう判断ですね、こういう判断をしたのは金正日ですが、金正恩氏の判断ではないですね。
あれは間違いです、ウソをついていましたと言っても、その判断をしたのは本人ではない。あるいは拉致作戦には金正恩氏は関わっていませんでした。
しかしそうは言っても、お父さんがやっていたことを否定しなければいけない。普通であればですね、(日朝が)普通に対話していたって、これは(父親金正日がやってきたことを)否定しない(できない?)。
ですから、今の現状を守ることはできません。こうやって日本が要求している拉致の問題について答を出さなければ、あなたの政権、あなたの国は崩壊しますよ。
そこで思い切って大きな決断をしようという方向に促していく必要がありますね。そのためにはやっぱり圧力しかないんですね」――
2014年10月22日首相官邸でのぶら下がり対記者団発言。
安倍晋三「私は基本的に拉致問題を解決するためにはしっかりと北朝鮮に圧力をかけて、この問題を解決しなければ北朝鮮の将来はないと、そう考えるようにしなければならないと、ずっと主張し、それを主導してきました。その上において対話を行っていく」
2015年3月20日参議院予算委員会外交・安全保障集中審議。
安倍晋三「すべての拉致被害者のご家族がご親族をその手で抱きしめる日がやってくるまで、われわれの使命は終わらない。国際的にも拉致問題に対する理解が深まるなかで、この問題を解決しなければ、北朝鮮の未来を描くことはできないという認識に北朝鮮側が立つよう強く求めていく。北朝鮮の特別調査委員会が正直かつ迅速に調査結果を日本側に報告するよう強く求めていく」
2015年4月4日の拉致被害者家族と首相官邸での面会。
安倍晋三「大切なことは、拉致問題を解決しないと、北朝鮮は未来を描くことが困難だと認識させることです。すべての拉致被害者が再び日本の地を踏むことができるよう全力を尽くしたいと思います。
拉致問題が解決しない限り我々の使命は終わらない。家族も被害者も高齢化しており、一刻の猶予もゆるさないとの認識のもと交渉していきたいと思います」
要するに安倍晋三は経済制裁の圧力と平行させて「こうやって日本が要求している拉致の問題について答を出さなければ、あなたの政権、あなたの国は崩壊しますよ」という警告を対話の要点としていた。
だが、経済制裁が最終目的としているミサイル開発と核開発の放棄自体が北朝鮮独裁体制の安全保障に対する危険な挑戦と看做している金正恩にとって、そのことを無視して拉致解決の如何によって「あなたの政権、あなたの国」の「崩壊」を告げられるのは腹立たしい滑稽にしか見えないはずだ。
確かに拉致解決によって得る日本からの経済援助や戦争賠償が北朝鮮の経済の立て直しに役立つかもしれないが、その資金の大部分を核開発とミサイル開発に回すことができたとしても、最終的に独裁体制の安全保障となる核とミサイルの保有を認めることができる唯一の国はアメリカであって、日本ではない。
安倍晋三はこういったことを弁えて、北朝鮮の将来を口にしなければならないのだが、拉致解決だけが北朝鮮国家の将来を保障するかのような言動を弄する。相手を不快にする効果はあっても、拉致解決が北朝鮮の核保有を保障するわけではない現実を変えることもできない。
2014年5月26日から5月28日までスウェーデン・ストックホルムで開催の日朝政府間協議で北朝鮮は「特別調査委員会」を立ち上げて、拉致被害者を始めとするすべての日本人に関する包括的かつ全面的な調査を約束した。この約束に応じて安部晋三は北朝鮮側の調査開始時点での制裁一部解除の方針を北朝鮮側に伝えた。
ところが北朝鮮は6月26日に日朝協議を問題外とするような日本海に向けたミサイル発射実験を行った。勿論、日本側は北朝鮮に対して抗議した。
その後調査がなかなか開始されないために約束の履行を求める目的で2014年7月1日に中国・北京で日朝政府間協議を開催する予定を組んだ。対して北朝鮮は開催予定の2日前の6月29日に6月26日に引き続いて短距離弾道ミサイルを日本海に向けて発射した。政府は拉致問題とミサイル発射を別問題とし、制裁解除方針は維持、政府間協議をそのまま開催することにした。
開催の結果、北朝鮮は調査を開始し、最初の調査結果の通報時期を「夏の終わりから秋の初めごろ」との見通しを示した。日本側は2014年7月4日、北朝鮮側から調査開始の報を受け、調査の実効性が確認できたとして、アメリカが懸念を示したものの日本独自に科してきた人的往来や送金などの経済制裁の一部を解除した。
北朝鮮は制裁解除決定の5日後の7月9日早朝に複数の弾道ミサイルを日本海に向けて発射、安倍政権は抗議したものの、一方で慎重に状況を見極めるという態度を取り、7月13日には「先般の合意に従って北朝鮮に調査を進めていくよう求めていきたい。問題解決に向けた我々の取り組みにミサイル発射が影響を及ぼすことはない」と言明。「対話と圧力」が対北朝鮮の基本姿勢であったにも関わらず、拉致問題とミサイル発射問題を切り離した。
北朝鮮は一度は約束した「夏の終わりから秋の初めごろ」とした最初の報告は夏の終わりになっても、秋の初めになってもなく、確認のための日朝政府間協議を開くが、結局のところ、梨の礫で終わることになった。
この一連の経緯は「こうやって日本が要求している拉致の問題について答を出さなければ、あなたの政権、あなたの国は崩壊しますよ」とする安倍晋三の警告の無視であり、核とミサイルの保有にこそ、独裁体制保持の安全保障を最大限に賭けていることの意思表示の現れである。
要するに拉致解決よりも核とミサイルの性能向上、あるいはその保有を優先させている。安倍晋三にしたら、この視点から拉致解決を俯瞰しなければならなかった。
10月22日の首相官邸でのぶら下がり記者会見。
安倍晋三「この問題を解決しなければ北朝鮮の将来はないと、そう考えるようにしなければならないと、ずっと主張し、それを主導してきました。その上において対話を行っていく。まさにその上において今対話がスタートしたわけです。北朝鮮が『拉致問題は解決済み』と、こう言ってきた主張を変えさせ、その重い扉をやっと開けることができました」
「北朝鮮の将来はない」云々が功を奏したと自身の拉致政策の成果としている。但し成果に反して拉致問題は一向に進展しなかった。
2017年9月19日、トランプが国連総会一般討論演説で拉致問題を取り上げた。このことに対して官房長官の菅義偉が翌9月20日の記者会見で「大統領の発言は涙が出る程嬉しかった」と感激。トランプ様々を見せた。
翌9月20日、我が日本の安倍晋三が一般討論演説に臨んだ。
安倍晋三「9月3日、北朝鮮は核実験を強行しました。それが水爆の爆発だったかはともかく、規模は前例をはるかに上回りました。
前後し、8月29日、次いで北朝鮮を制裁するため安保理が通した「決議2375」のインクも乾かぬうち、9月15日に北朝鮮はミサイルを発射しました。いずれも日本上空を通過させ、航続距離を見せつけるものでありました。
脅威はかつてなく重大です。眼前に差し迫ったものです。
我々が営々続けてきた軍縮の努力を北朝鮮は一笑に付そうとしている。不拡散体制はその史上最も確信的な破壊者によって深刻な打撃を受けようとしています。
・・・・・・・・・・
対話とは北朝鮮にとって我々を欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった。
北朝鮮にすべての核・弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で、放棄させなくてはなりません。そのため必要なのは対話ではない。圧力なのです」――
「対話とは北朝鮮にとって我々を欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった」と北朝鮮を非難するが、時間稼ぎに利用された自身の非は反省しない。「重い扉をやっと開けることができた」ものの、部屋に入って効果的な話ができなかった事実には目を向けない。そして「対話と圧力」政策から「対話」を放棄、「圧力」一辺倒で突き進むことを決めた。
だが、再び「対話と圧力」路線に戻ることになった。
2018年6月7日午後(現地時間)、安倍晋三はアメリカ合衆国のワシントンでトランプと首脳会談、引き続いて共同記者会見を開催。
安倍晋三「拉致問題を早期に解決するため、私は、もちろん、北朝鮮と直接向き合い、話し合いたい。あらゆる手段を尽くしていく決意です。そして、この拉致問題の解決に対するトランプ大統領を始めアメリカ国民の皆様の御理解と御支援に日本国民を代表して感謝申し上げたいと思います。
累次の安保理決議の完全な履行を求めていく。これまでの方針に、全く変更はありません。拉致、核、ミサイルの諸懸案を包括的に解決し、北東アジアに真の平和が実現することを、我が国は、強く願っています」
安倍晋三はこの首脳会談で2018年6月12日にシンガポール開催される歴史上初めての米朝首脳会談でトランプに拉致問題を取り上げるように要請したという。
そしてトランプが米朝首脳会談で拉致問題の解決を提起したことに対して金正恩は「拉致問題は解決済み」の従来の態度を取らなかったとされていて、拉致解決に後ろ向きの態度ではなく、前向きの態度を示したサインと受け取られることになった。
米朝首脳会談後の同2018年6月12日午後9時34分から約20分間、安倍晋三はトランプと電話会談を行い、その後記者会見を開いている。
安倍晋三「拉致問題についてでありますが、まず私から拉致問題について米朝首脳会談においてトランプ大統領が取り上げて頂いたことに対して感謝申し上げました。
遣り取りについては、今の段階では詳細について申し上げることはできませんが、私からトランプ大統領に伝えた、この問題についての私の考えについてはトランプ大統領から金正恩委員長に明確に伝えて頂いたということであります。
この問題についてはトランプ大統領の強力な支援を頂きながら、日本が北朝鮮と直接向き合い、解決していかなければいけないと決意をしております」
要するにトランプの金正日に対する強力な影響力を信じたのかどうか、対話を用いた北朝鮮との直接交渉に基づいた解決に強い意欲を示した。
ところが、2018年6月12日の「米朝首脳会談」から3日後の6月15日夜、トランプのこの影響力に冷水を浴びせるサインが北朝鮮側から示された。北朝鮮国営ピョンヤン・ラジオ放送が「日本は既に解決された拉致問題を引き続き持ち出し、自分たちの利益を得ようと画策している。国際社会が一致して歓迎している朝鮮半島の平和の気流を必死に阻もうとしている」
つまり拉致問題に関わるトランプの金正恩に対する影響力はゼロに等しかった。金正恩側からしたら、トランプの拉致問題解決の提起を無視した。
2019年2月27日と28日の2日間に亘ってにベトナム首都ハノイで第2回目米朝首脳会談が開催された。トランプはこの会談でも拉致の解決を提起した。但し核問題と経済制裁の解除の問題で首脳会談は決裂した。決裂に関する両者の言い分は例の如くにと言うか、食い違っている。トランプは北朝鮮が制裁の全面解除を条件としたためだと主張。対して北朝鮮側はニョンビョン(寧辺)にあるすべての核施設の廃棄と引き換えに国民生活に影響が及ぶ一部の制裁の解除を条件として提示しただけだと反論している。
2回目の首脳会談終了後の2月28日夜、安倍晋三とトランプは約10分間の電話会談を行っている。トランプから2月27日の金正恩委員長との1対1の会談の場で拉致問題について提起し、安倍晋三のメッセージを明確に伝えたとの説明があったこととその後の夕食会でも拉致問題について首脳間で真剣な議論が行われたとの説明があったという。
2019年3月5日の参院予算委員会。
安倍晋三「その場(首脳会談の場)に於きまして、言わば日本にとって大きな問題であるこの問題をトランプ大統領は出したということでありまして、言わば米国がそこまで(拉致問題を)重視をしているということを金正恩委員長も理解したんだろうと、こう思うわけでございます。
さらには、その後の少人数の夕食会でもこの問題を引き続き提議をし、真剣な議論が行われた。これは今までなかったこと、昨年も提議をして頂きましたが、今までなかったことが行われたのでございまして、そういう意味におきましてはしっかりと金正恩委員長に伝わったのではないかと、そこを私は成果と考えているところでございます。
ただ、まだ実際に、拉致被害者が実際に日本に帰ってくることができているわけではございませんから、実は、実際は、この問題について進めていく上に於いては日本自身の問題でありますから、私自身が金正恩委員長と向き合わなければならないと、このように考えております」
つまりトランプが提議した拉致問題解決を「米国がそこまで重視をしているということを金正恩委員長も理解した」ことと、解決の重要性が「金正恩委員長に伝わったのではないかと、そこを私は成果と考えている」と評価しているが、核を自身の独裁体制の最重要の安全保障としてる金正恩のトランプとの首脳会での狙いが、表面的には核の段階的な廃棄を口にしたとしても、実質的には如何に核保有に繋げるかにある以上、拉致問題を解決して、いい子だ、いい子だと頭を撫でられて、ご褒美に核保有を認めてくれるならいざ知らず、そんなことはあるはずもない別の問題なのだから、核保有に向けた進展が何もなければ、あるいは経済制裁の一部でも解除されるなら、解除で得る資金を核とミサイル開発に向けることができるが、そのことも期待できないなら、拉致解決に誰が動くというのだろうか。
このことに気づかずに拉致問題は「日本自身の問題でありますから、私自身が金正恩委員長と向き合わなければならないと、このように考えております」と、トランプの提議が何らかの進展に向かうかのような気楽なことを言っている。
2019年5月4日北朝鮮の複数の飛翔体発射を受けて、安倍晋三は5月6日夜、トランプと電話会談。電話会談後、「拉致問題を解決をするために私自身が金委員長と条件を付けずに向き合わなければならないと考えています。あらゆるチャンスを逃さないという決意でこの問題の解決に当たっていく」と、ミサイルの発射実験を脇に置くことにしたのか、そう述べている。
その後同じ趣旨の発言を何度となく繰り返している。当然、安倍晋三自身は自覚しているかどうか分からないが、金正恩との首脳会談を実現させる責任と、その責任を果たす政治的才覚の発揮を負ったことになる。
だが、1年経過した現在、首脳会談を実現させる政治的才覚の発揮も、実現の責任も果たせないままに推移している。
安倍晋三は最低限、金正恩が核を自身の独裁体制の最重要の安全保障としていることを深く認識して、その認識と共に拉致問題と向き合わなければならなかった。そのような認識を持つことができなければ、「日本が北朝鮮と直接向き合い、解決していかなければいけない」といくら決意しようが、「拉致問題を解決をするために私自身が金委員長と条件を付けずに向き合わなければならない」と金正恩との首脳会談をどう頭に描こうが、ただの言葉で終わる。
横田滋さんのめぐみさんと再開できないままの死去に「断腸の思い」をいくら訴えようとも、目に涙を浮かべようとも、自身の無能・無策を棚に上げた白々しさだけが浮き立つことになる。
国債社会の一員として北朝鮮の核放棄を優先させなければならない日本の立場であるなら、徹底的な経済制裁による金正恩独裁体制そのものの打倒と平和裏な北朝鮮の民主化を優先させて、拉致解決はその後であることを拉致被害者家族と国民に正直に説明しなければならなかった。
あるいは国際社会から日本が孤立することがあっても、核放棄よりも拉致解決を優先させて、北朝鮮の核保有を認めるかすれば、拉致解決に終始一貫した姿勢を示すことができたはずだし、アメリカが北朝鮮の核保有を認めなくても、日本の承認を核保有のための一つの力とするために拉致解決に前向きの姿勢になった可能性は否定できない。拉致可決によって得ることになる日本からの資金も核開発に自由に向けることが可能となる。
結局は二兎追う者一兎も得ずの宙ぶらりんの状況に陥っている。そしてこの状況が拉致を解決できない理由となっている。