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えん罪・布川事件 国賠を求めてたたかう夫の傍で

えん罪を晴らし、普通の一市民に戻った夫。二度と冤罪が繰り返されないようにと、新たな闘いに挑む夫との日々を綴ります・・・。

45年後の初めての選挙

2012-11-15 | 日記
総選挙が決まった。

ということは・・・

夫の権利回復後「初めての選挙」となる。
夫は、その「権利行使」の瞬間、どんな気持ちを抱くのだろうか・・・。


パニックにならない前に・・・

2012-11-14 | 日記
 なぜか仕事(役割)を引き受けすぎてしまった!・・・と、後悔の一日だった。
昨夜も
「どうしよう!」と、今日の事が気になってなかなか寝付かれなかった。
無責任にならないように・・・、それだけが頭の中をぐるぐると回っていた・・・。

 今日は午後から会議が3つ。それに発送作業があった。
だから、朝から、会議のレジュメつくりでスタート!
最後まで参加できない会議を引き継いでもらうためにもレジュメは必要だった。
そのために、午後の最初の会議を1時間遅れで出席。
それが終わってから、救援新聞の発送作業。(遅れていいですよ~、の声にほっとできたんですが)
そのあと救援会水戸支部会議。
途中から、初めての県の事務局会議に移動と、ぜ~んぶ、一部の時間だけ出席して、会場を、飛び回った。
結果、
み~んな中途半端。
最悪だった。

 ここまで重なる事は、もう無いだろうが、この先は夫のたたかいも加わってくるので、十分注意して行こう・・・。
自分の能力考えて、もっと冷静にスケジュール管理をして行かなければ・・・。

あ~ぁ・・・
もっと若かったらなんでもないのになぁ・・・。


絵手紙が届きました!

2012-11-11 | 日記
岸和田市の絵手紙ライター、中村千恵子さんから、明日の提訴に向けて、大きな絵手紙が届きました。

明日、東京地裁前で、皆さんに見てもらいましょう。そして、
宣伝行動の時も使わせていただきましょう。

「歴史を拓く国賠訴訟」とあるように、
夫の闘いが必ずいい結果を導き出せますよう祈りつつ…。

夫の好物はいつ食べるのか

2012-11-11 | 日記
 お酒も好きだけど
 甘いものも好き・・・。

 夫は、ときどきこんなお菓子も買って帰ってきます。
 「京都物産展をやってたんだ」と・・・。
 でも、いつ食べるのかが問題・・・
 いつもは昼食後に食べるのが常になっているので、そこがずれるとなかなか家で食べる時間が合わないのです。

「いますぐ食べる?お茶、淹れるよ」
「こんな時間にたべるかよぉ~。俺は間食はしないんだよ、酒がまずくなるから」

 と言っているうちに二日ぐらい経ってしまう。
 
「まだ食べられるのか?あんたが食べて、3時間経っても大丈夫だったら俺も食べるよ」ときます。

私が先に食べて実験台?になる・・・
それから夫も半分だけ食べる。

「あとはあんたにやるわ!」

私は夫の残りも美味しく戴きます。

でも、本当は、買って来たその日に戴かなくっちゃ!・・・

茨城県本部定期大会

2012-11-11 | 日記
 今日は、救援会茨城県本部の第33回定期大会。

例年より中身が濃い!と感じたのは、私だけだろうか・・・。
前半は、明日提訴する布川事件国家賠償裁判の谷萩弁護団長から、
 「布川事件・国家賠償請求の目的と意義」 
   ~検察・警察の過ちを裁く~
と題し講演をいただいた。

 国賠とは、
 刑事補償法との違い・関係
 提訴の内容は、
などのお話は私の心構えの意味でも大変勉強になった。

 
これから布川国賠が始まり、守大助さん支援も水戸支部ばかりでなく、議事に入ってからはいくつかの支部から積極的な提案や意見が出された。

そして、
私も新たに「県事務局」に加わる事に。
気持ちを新たにする機会となったのだが・・・、第1回事務局会議に設定された日が、事もあろうに水戸支部会議と重なった・・・。
兼務でいいと言うから引き受けたのに、初回からバッティングなんて先が思いやられる。
大丈夫かなぁ・・・これから、やっていけるかなぁ・・・。

 夫は、今日も山形県の救援会で「ショージとタカオ」を上映されるということで出かけていて、茨城県本部のほうを欠席させていただいた。
「先約優先だから」という夫にとって、山形県からの要請はかなり早い段階であり、茨城からの要請時には、「どうにもならない」といわれてしまった・・・。

今日、茨城の皆さんに言った。
「夫を捕まえる?には、早く予定を伝えて下さい」と。


季節の贈り物

2012-11-10 | 日記
今朝、玄関のチャイムがなり、
「sakuraiさ~ん」と呼ぶ声が・・・。

 玄関に出てみると、近所に住む97歳のAさんがすてきな秋の収穫物を持って立っていらっしゃるではないか!

「わ~!すごい!」

と、思わず口にしてしまった私(チョットハズカシイ・・・)

「いてくれてよかったわ。はい、約束のゆずとご主人への柿。これは来る途中で庭の菊を折ってきたの」

と、ニコニコ顔で言うAさんの両手には、今手折って来たばかりとみえる菊の花が添えられた重そうな箱がのっていた。

「えっー?!いいんですか?いただいて・・・」

「そのために持ってきたんでしょ」

「ありがとうございます!」



 何か、朝からすっごい幸せな気分にさせていただいた。
実は、Aさんのお宅は、私たちの家の西隣にある。
我が家の境界のフェンスとAさん宅の間にはAさんの畑があって、直線距離にしたら100メートルくらいしか離れていない。

「畑を来てもよかったんだけれど、もし、お留守だったら、畑から投げ入れる事もできないと思って・・・」と仰る。

あ~、なんと、なんと、なんと!

手押し車に乗せて、わざわざ遠回りして届けに来てくださったのだ。
97歳とはいえ、本当にお元気で、ご自身の歩んでこられた人生をたくさん聞かせてくださる。

「聞くも涙、語るも涙で、随分苦労してきましたよ」と、いいながら・・・。

戦前の幼少の頃の事、戦時中、満州に行かれていた時のこと、出撃前の特攻兵をお預かりし、母親代わりに休日を過ごさせてあげた事、戦後引き上げてこられてからの事、などなどこれまでもたくさんお聞きした。
 
 そして最後に、

「だから、私は戦争反対なの!」ときっぱりと仰るのだ。



 手押し車でお帰りになるAさんを途中までお送りしながら、今朝もたくさんのお話を聞かせていただいた。

昨日、近くの医院での定期受診に、ゆずを持っていったら、院長先生が、

「Aさんの元気の元は、こういう自然のものを生かして生活しているからだね。まだまだ、長生きできますよ!」と言っていただいたとの事。

本当に、お隣さんとして、また、人生の大先輩として、いつまでもお元気でいて欲しいと思いながら、しっかりした足取りの後姿を見送りました。



ゴビンダさんの無実が確定した日に

2012-11-08 | 日記
 東京電力女性社員殺人事件で有罪判決を受け、15年もの間、自由を奪われて来たネパール人の、
ゴビンダ・プラサド・マイナリさんの「再審・無罪」が確定した。

ゴビンダさんは、すでにネパールに帰国していたが、喜びの会見やマスコミに手を振って答える姿や表情が、実に晴れやかだった。
15年の理不尽な人権侵害から解放され、無実が証明された喜びの表情なのだ・・・。

 私は、昨年の5月26日、夫たちの無罪判決のときを思い返していた。
あれから一年5ヶ月。
何だかとても遠く感じる。
夫の精神状態が嘘のように落ち着き、日常が「ふつう」になってきていると実感する。

 帰国後、ゴビンダさんも精神的に不穏な状態があったと聞いているが、
これからはご家族との絆を確かめ合いながら、幸せな日々をすごしていただきたいと思う。

 先日、ゴビンダさんから夫に電話があった。
「えん罪仲間」として応援して来た夫だが、近々ネパールを訪れる事になっているため、その前の電話だったらしい。
ゴビンダさんも、
「これからは同じようにえん罪で苦しんでいる人を救いたい」と会見で言っていたが、夫と共通する思いを抱いてこれからも生きていくのだろう。

笑顔のゴビンダさんを見て、本当によかったなと思いました。
お幸せをお祈りしています。

本当におめでとうございました!


 それにしても・・・・
相変わらずの検察。
検察が変る時期はいつ訪れるのだろうか?

そして、
裁判官・・・。
今度こそ、裁判官の判断に誤りがあったこと、それによって必要以上に理不尽な拘束が続いた事で、ゴビンダさんへの謝罪を期待したが、
やはり何も無かったとのこと・・・。

 夫の再度の闘いの意義を強く感じる・・・。
そんな思いになった、ゴビンダさんの判決でした・・・。

理解が深まって

2012-10-29 | 日記
仙台北陵クリニック・筋弛緩剤冤罪事件の被害者元准看護師守大助さんは現在40歳。まもなく41歳になろうとしている。
この「事件」の「犯人」とされた大助さんは、誠実に日常の看護の仕事をしていただけなのに、誤判によって「無期懲役」の判決を受け、今、千葉刑務所に服役中だ。
なぜそんな理不尽なことが?と、誰もが思うようなことが事実あるのだ。
これが冤罪だ。
そんな理不尽な状況におかれている「無実の息子」を一日も早く救出したい、と、ご両親が支援を訴えている。
今回、私たち、救援会水戸支部は、宮城ツアーを組んで、ご両親との交流(お話を聞く)の機会を得た。

 じっくりお話を聞いた参加者は、誰もが、
「直接ご両親の話を聞けてよかった」
「事件の事が身近に感じる事ができた」
「あのように誠実さがにじみでているご両親の元で育てられた大助さんが、殺人をするとは思えない」
「一日も早く、守る会を作りましょう」
と、感想を述べてくれた。

 私自身も同じ思いだ。
やはり、ご両親と話す時間をしっかり取れたことは、双方に理解が生まれ、新たな運動の方法や展望まで語り合うことができた。

さぁ!次は具体的行動だ。がんばろう!
全国の30以上ある守る会に続いて行こう!