LOVE&DESIRE

沖縄で頑張る爺バンドのブログだったがいつの間にか爺の独り言(涙)。

山原法事から串六まで日記

2014-03-21 09:17:42 | ブログ

 朝一でユーパックにて千葉に小包を送り、娘と同行し、実家仏壇の御先祖様に「娘の旅立ちと新生活の安全と成功」をお願いして一旦帰宅。娘は空港へ、夫婦共黒服に着替えお昼ご飯。

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11時に入店「大戸屋」

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鶏と野菜の酢餡かけと

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鯖定食。12時に実家にて爺婆3人お迎えし名護市三原方面へ5名で出発。

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33回忌と13回忌を同時に行います。

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食えるか?知りません。

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何かね~?知りません。

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家の裏は山。カラス雨上がりの空をカーと舞飛び、のどかな田舎。那覇育ちの我ら一族の子供達(主に従兄)、夏休みになると4,5人、多い時には10人ほど1週間分の缶詰、米の自分たち用食糧+お土産などそれぞれの両親に持たされて、おばちゃん、おじちゃんの家にお泊り。

 ここの川で泳いだり、田んぼで蛙を捕まえたり、時々は何キロも歩いて海へ行ったり、スイカを食ったり、怪談話でびびったり、ここが我らの故郷。今は従兄の「良し兄(68歳ぐらい)」が一人で住むだけ。

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琵琶がもうすぐですね。

 無事法事も終わり、坊さんお帰り後ホッとしていたら、プチ事件発生。遅れてきた遠縁のおばさんが曲者で、来るなり喪主に「あんた誰かね~?」と受けないギャグで全員ドン引きさせ、喪主の「どこか解らんかったら来ない方がいいさ~」の皮肉を聞き流し、事も有ろうに勝手に持ち込んだ料理、サーターアンダアギー等、仏壇に並べ始め「無事終了した法事」をぶち壊しの「ワシ等の作法が正しいのじゃ法事パート2」を始める。

 喪主鬼の形相の怒りで、たしなめようとするが、おばさん(故人の妹、ワシの母、推定年齢92歳)に

「え~しんりょう、何も言うなよ、フリムン(基地外)に言っても判らんし、無駄な喧嘩はこの場に相応しくない」との耳打ちで制止され、事なきを得る。(翻訳ハチ公)実際は全て方言でした。

 この、ふりむんとは一刻の同席もまかりならんとお怒りの御一行様、早々と帰路に着くが、車内の空気険悪(爺婆の怒りの発言大会)なので「お買い物で気分を変えて下さい、はい、ここの道の駅でね」との運転手(私)の提案で寄り道します。

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1本200円。後は静かに那覇に向かいます。作戦成功。

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明日の早朝便(5時30分発)で千葉に行く同居人の「早く?んで早く寝て3時に起きて空港に行く作戦」に参加。美濃作で5時からビール、泡盛、天麩羅、蕎麦。

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宮古島産蕎麦。腰が強く硬めでした。席変え。

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古都里。泡盛、酢味噌和え、焼きテビチ、銀杏、など。三木さん、久貝さんも健在なり。

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串六の煮込み。前回よりも進化して美味。

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上地店長

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ワタシ。帰宅は9時過ぎ。朝起きると同居人不在。予定通り早朝空港行き。そろそろ、成田到着だね。日帰りお掃除&家具購入の旅頑張ってね。ワタシは高校野球、いいとも、など楽しんで夜は宴会に参加します。(同居人の帰宅は深夜2時)

よんでくれてありがとうございます。カー(山原カラス)