蜘蛛網飛行日誌

夢中説夢。夢の中で夢を説く。夢が空で空が現実ならばただ現実の中で現実を語っているだけ。

絶望的季節

2005年08月08日 05時52分24秒 | 古書
先週の土曜に駿河台下の東京古書会館で開催されていた「がらくた展」を見てきた。目ぼしいものはなかったが、一点だけ興味ある品が出ていた。岩波書店から出版された宇井伯壽の『仏教汎論』一冊本。古書価格としてはだいたい六千円から八千円。これが二千円で出ていたのだ。もちろん函なし、少々汚れ有りだがしかしそれでも安いと思った。東陽堂ならこの倍以上の値段はするはずだ。中をのぞくと傍線も書き込みもなし。と、ここでわたしは最悪の判断をしてしまった。この本は今すぐに必要というわけでもない、そのうちこれよりもう少しコンディションのよいものが出てくるに違いない、だから今回は見送っておこう。
常日ごろ自分にも人様にも言っていること「古書との出会いは一期一会と心得る」「古書は気合で買う」「買おうか買うまいか迷ったら、必ず買っておく」、これらの原則をそのときどうしたことかすっかり失念してしまった。暑さのせいで瞬間ボケが生じたものか、原因ははっきりしないのだけれども、結果として「買おうか買うまいか迷った」あげく買わなかったのだ。その時点ではまだ自分の犯したこの重大な失敗には気付くこともなく、崇文荘二階の西洋古典の棚を覗いたり、大屋書房にまだリドゥル&スコットのギリシャ語辞典が売れずにあるのを確認して安心したりしながら靖国通りを歩いていた。
やがてたどり着いた東陽堂の店先にある特価本のワゴンを見遣ると『仏教汎論』二冊本があった。上下巻に分かれている二冊本は旧い版で装丁も安っぽいし紙質もあまり良くない。なにしろ昭和二十四年刊行の版なのだから。見た目には精々高くても千五百円といったところ。で、早速上巻裏見返しを見てビックリした。そこには鉛筆で五千と書かれていたからだ。これにはさすがにちょっと唖然とさせられた。さきほど「がらくた展」で見てきたものと同じ新版だったならばその値段に納得したかもしれないが、明らかにコンディションの劣る版が三千円も高いなんてちょっと信じられなかった。詩歌や小説本などでは初版本というものに値打ちがあるものもあるが、こと学術書に関しては内容勝負という側面が強いので、学説がよりしっかりとしたもの誤字脱字のないもの紙質が良くて読みやすいもののほうが値が張る。したがって学術書で旧版に価値があるというときには何か内容的に大きな差がある場合などに限られる。もしかしたら旧版のほうが学術的に価値ある内容なのだということをわたしが単に知らないだけなのだろうか。そのような知らないことにはしょっちゅう出くわしているからいまさら恥とも思わなくなってしまったが、しかしそれにしても悔しかった。
夏場の神保町徘徊は本当に疲れる。なんの収穫もないときも疲れるが、自分の判断が誤っていることが判ったときは絶望的な気分になる。

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