忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

「肉じゃが」

2010年12月10日 | 過去記事
「肉じゃが」

先月の二十日―――大阪の「尖閣デモ」に倅と共に参加したのだが、その際、とあるインド料理の店の前を車で通った。まだ、潰れずに頑張ってるんだなー、などと呟いたついでに、助手席で呆けている倅に「インド料理って喰ったことあるか?」と聞いた。もちろん、喰わせた覚えがないので、喰ったことない、とのことだったが、未成年者は「カレー曜日」でも喰ってればいい。う~ん、アレは美味いね。

ンで、実はこの店、ちょくちょく来たことがあった。

レジ前に50円とか100円とかで「手作りのアクセサリー」が売ってあった。インド人の奥さんが作っているそうで、支払いの際に気に入ったのがあれば、いくつか妻に買ったこともある。インド人オーナーは大阪弁交じりの片言で喜んでくれたものだ。

料理のほうはというと、だ。正直、あまり美味いとは思わなかった(笑)。この店が、ではなく、インド料理自体が私に合わないのだろう。というか、私は台湾での八角から、どうも香辛料の類にダメなモノがあるらしい。「匂いのきついモノ」が総じてダメなようだ。ともあれ、私はとても繊細、デリケートなのである。また、ここもインド料理屋独特の「鉄の重いコップ」にレモンが効いた水が出てくるが、アレもダメだ。「鉄に直接口をつける」のがどうもダメらしい。ん?いやマテ、でも、JR京橋駅前にある「あの立ち飲み屋」のひや酒も鉄製の「ぐい飲み」で出てくるが、アレは大丈夫だ。これはどういうことだ?

ま、ともかく、私などがインド料理屋で注文するのは「無難なモノ」になる。よく喰うのは骨なしチキンを串に刺して炭火で焼く「チキンティッカ」だ。普通にタレで焼けば美味いのに、これをインド人は大盛りスパイスで焼く。これにあまり辛くないカレーをかけると「チキンティッカマサラ」となる。ンで、もちろん、これを焼き立てのナンと一緒に喰うのだが、実はこの「インド料理屋の定番料理」はイギリス料理だったりする。

言うまでもなく、インドは長らくイギリスの植民地だった。魚のフライとイモを揚げたモノで喜んでいたイギリス人だったが、インドのスパイシーな料理に感激して香辛料を盗んで作ったのが、例えば、先ほどの「チキンティッカマサラ」だ。現在ではイギリスの「国民食」とも言われる。日本のカレーライスやラーメンと同じようなモノかもしれんが、日本にカレーが伝わったのは明治初期、それはインドからではなくイギリスからだった。

今でも洋食屋などで「ライスカレー」を注文すれば、いわゆる「グレイビーシップ」と呼ばれるソースポットにカレーを入れたアレが出てくるが、そういう店では「カリー」と表記してあることも多い。カリーとは「カリ」のことでタミール語で「ソース」のことだ。

日本人はよく「外国のモノを取り入れるのが上手い」と評されることがある。悪意に基づいた「猿真似」呼ばわりもあるが、ちゃんと物事を理解出来る外国人は善意からではなく、あくまでも客観的評価として「上手い」と感心することになる。

日本で言うところの「改善」は英語にはないから「KAIZEN」とされるが、すなわち、日本人は昔からいろんなものを「KAIZEN」して取り込んできた。先ほどのカレーやラーメンなども、いまや「日本の国民食」と言って差し支えないほど広まっている。テレビ番組でインドに行き、インド人に本場のインドカレーと日本のレトルトカレーを食べ比べさせたら「レトルトの評価も高かった」というのもあったが、日本人の創意工夫はオリジナルと別のところまで昇華することがある。日本人は控えめに「改善」とするが、中にはもう「進化」としか言いようがないほどグレードアップさせたものもある。

今思いついたのは、例えば電子レンジなんかもそうだ。コレは最初、アメリカ人が偶然発見した、とされている。要するに軍事レーダーにある電力管(マグネトロン)の前に立っていたら、ポケットに入れていたキャンディが溶けたわけだ。大東亜戦争の頃だ。そして、このアメリカ電機メーカーの学者パーシー・L・スペンサーという人が「もしかすゆと・・?」と思ってポップコーンを置いたら破裂した。卵を置いても破裂した。ンで、ぐっじょぶ!と言いながらこれを開発する。1953年に特許を取った名称は「レーダーレンジ」だ。高さ160センチ重さは330キロの巨大な塊は空母などに積まれた。これでアツアツのハンバーガーが喰えると米兵は喜んだだろう。これで遠くでも戦争が出来るぜ!となった。

ルーズベルトから「頭蓋骨の発達が白人より2000年遅れている日本人」と教え込まれたアメリカ人は「マイクロ波で食べ物が温まる」と言っても、どうせ日本の黄色いサルにはわけがわからないだろうと思っていたら、その野蛮なジャップは1964年に「超小型化されたマグネトロン」を作ってしまう。グレイトアメリカ発で「高周波誘電加熱装置」と呼ばれた大掛かりな軍事設備は、日本の家庭では「ちん」と呼ばれてしまうことになった。飛行機が届かないはずの遠く離れた真珠湾で零戦に襲われた時も「操縦しているのはドイツ人だった」としたいアメリカ人は、日本の一般家庭で「電子レンジ」が普及するのを不思議な気持ちで見ていたのではなかろうか。アメリカ人の一般家庭で使える「電子レンジ」の登場はそれから3年後の1967年だった。

というか、そもそも日本軍がシンガポールを占領したら「YAGI」と書かれた軍事文書が出てきても、日本人は「??・・・これ何て読むの?どんな意味?」だったわけだから、なんとも呑気な国民性であるが、その軍事レーダーの参考は八木秀次だったりする。つまり、本当にすごいのはアメリカの「特許王」ではなく、ポケットに入れていたキャンディだ。アメリカの電機メーカーはキャンディバーの銅像を建てるとよいだろう。


ま、話を少し戻すと、だ。

日本人は「カレー」を広めるときにも「インド」のイメージを推し出す。「これはインドの食べ物でカリーというのであります!」として売る。ラーメンもそうだ。ラーメン屋の鉢には四角くて赤いぐるぐるマークがあろう。あれは「龍紋」と呼ばれる「魔除け」だ。稲光を表しているそうだ。つまり、ちゃんと支那っぽくしているのだ。日本人はそれを「ラーメンとは日本の蕎麦をルーツにしておる!」とはやらない。ちゃんと「それはそれ」「これはこれ」が出来る民族性がある。

韓国人のタレントが「キムチの発音」で叩かれているが、これを「世界ではキムチが日本の食文化だと思われてしまう!」とするのも無理がある。朝青竜も「このキムチ野郎!」と呼んでくれたではないか。安心するがいい。ちゃんと日本のマスコミは、これでもか、というほど「オモニの味」とかやっている。「韓国=キムチ」は定着し過ぎるほどだ。

また、面白いのは「肉じゃが」だ。これも実はルーツはイギリスだったりする。日本で初めて喰ったのは、なんと、あの東郷平八郎閣下だ。東郷平八郎は明治4年から英国留学しているが、そのときに喰った「ビーフシチュー」がお気に入りで、日本に帰って来てからも喰おうとした。しかし、手元にワインが無かったから仕方なく、醤油と砂糖で肉とジャガイモを煮込ませたら、これがなんとも美味いではないか。ということで、私は18日も京橋の立ち飲み屋で「肉じゃが」で飲れるわけだ。ありがたやありがたや。

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (井戸の蛙)
2010-12-10 14:26:11
カレーを「飲む」副会長が香辛料が苦手なんて、いまだに信じられないんですがw

また愛知に来たら手羽先で一杯やりましょう。
返信する
し、師匠は飲むんですねカレーを ()
2010-12-10 15:35:35
私はこう言う話が大好きです。
工夫とか応用って、とっても身近な所に沢山あるんですよね。
それこそ偉い学者先生から台所のお母さんまで、本当に色々工夫していらっしゃいますもんね。
なんだか嬉しくなってきました。

返信する
肉じゃが (広島県民)
2010-12-10 23:05:21
肉じゃがのルーツは、広島県の呉市と京都府の舞鶴市があるそうで…
テレビでやってましたf(^ー^;
返信する
Unknown (karasu)
2010-12-10 23:35:48
肉じゃが

もの心ついた時から
食ってたような

ただし・牛肉なんて
入ってなかったと言うか

たまにヨレヨレになった鳥の
肉が入ってれば嬉しかった・・

5ン十年も昔の話し
返信する
Unknown (久代千代太郎)
2010-12-12 21:15:47
>かえるさん

ええもうぜひ。せかいのやまちゃん!



>な さん

ええもうそりゃ。「すきやき」まではドリンク扱いです。給食の「大学いも」を「歯を使わずに喰う」というネタもありましたね。うふふ。




>広島県民さん

へぇー
そのどちらにも閣下はいましたよねー


なるほどー





>からす さん


「すきやき」と「肉じゃが」の違いは「じゃが」ということですね。肝に銘じておきます。



返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。