松山櫨(はぜ)復活奮闘日記

失われてしまった松山櫨の景観を復活させようと奮闘していく日々の記録。

少年時代の思い出

2008-07-26 23:21:52 | 和弓と櫨
もう「櫨の灯り展」も明日が最後となりました。
今日来ていただいたお客様とお話していたら、たまたま弓の話になりました。その方は60代の男性でしたが、中学生時代に弓を習っていたそうです。
なんと範士九段の80代の先生から教えられたというから驚き。
当時は竹弓・竹矢しかなかったので、今から考えれば信じられない程、ぜいたくな弓生活をしていたことになります。

「不良少年だったからね、先生からしょっちゅう怒られてた。先生がいない間にみんなで遠的で遊んで、田んぼに穴を空けたこともあったし、黙って先生の弓を持ち出して引いたりしたこともあった。」

昔語りをするうちに、どんどん思い出してきた様子で

「先生がすごい人だったってのは、子供心にもわかっていた。
でも当時はその凄さがわからず、先生から叱られてうるさいとしか思ってなかった。今なら、先生の目指していたものや言葉の意味が理解できる。

弓道はアーチェリーみたいな勝って喜ぶスポーツじゃない。
自分は弓道をやめて、水泳をしたけど、結局は自分に負けたんだよ。
水泳の大会でも、ライバルが気になって力を出せなかった。
今思えば自分との戦いだった。全ては自分が相手だってことを教えてくれたのは、弓道だった。
でもそれは今だから言えることであって、当時はわからなかった。」

50年たっても、先生が弓を引いていた様子がはっきりと目に浮かぶそうです。

「まさに枯淡の境地だった。
 先生が的を射抜く音は強すぎるわけじゃなく、矢が真っ直ぐ入るいい音がしていた。あの時、自分はほんなもんを見てたんだと思うよ。」

…今なら、自分が悪さばかりして真面目に弓をしなかったと先生に謝ることができるのに。

そう言いたそうに、昔を思い出して考え込んでしまった横顔を見ながら、私は、先生の射に対する姿勢や言葉が50年後にようやく教え子に伝わったんだと思いました。

弓の先生は高齢の方が多いので、自分に対する助言は一つ一つ全て宝物です。
先生方に見てもらったり、一緒に引ける貴重なひとときを大切にしなくちゃと、私も強く思った一日でした。

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