死んだ母は美容師だった。
出里は街から車で15分ほど四万十川を上った静かな集落。
結婚して街に出て「リラ」という名の美容室を開き、多くのお客さんに愛された美容師だった。
母の顧客でもあり、同郷でもあるチヨエ婆さんが訪ねてきてくれた。
80代半ば、上品なウェーブの真っ白な白髪頭で細身の美人婆さんだ。
「街まで買い物に来たついでに寄らしてもらいました・・(笑)」
「ふぅ~、私は心臓が悪いからここまで歩くだけで息が切れてもう大変・・(笑)」
「娘のお迎えの車がくるまでここで待たしてくださいな」
私「いいですよ~、チヨエさんお久しぶりですね~!元気にされてましたか?」
「あ!ちょうどよかった、ホラ、山でナシカズラ採ってきましたよ!」
「まぁ~珍しい、私らが子供の頃はみんなコレが好きやった・・、まぁ珍しいねぇ」
「そうでしょう!ウチのお母ちゃんも好きやってね、ジョギングしながら随分探してね~」
「数年前にやっと見つけて、それ以来毎年この時季は山通いですよ(笑)」
実のひとつをナイフで割る。
茶色の実からは想像もつかない綺麗な緑色の果肉がまるでキウイのように美しい。
味もはっきり言ってミニキウイだ。
ナイフの手元を食い入るように見ていたチヨエ婆さんに、割った半分を差し出す。
「どうぞ食べてください、懐かしい味やと思いますよ!」
「まぁ申し訳ないね~、私が子供の時以来だから・・・80年ぶり!(笑)」
口に放り込み、口の中でしゃぶり転がすその様子はさすがで、
昔の子供達はみんなこうやって山の木の実を皮のヘリまで味わったのだろう・・。
やがて口の動きは止まり、遠くを見る目元が赤く潤んできた。
・・・ダメだ、年寄りを泣かせてはダメだ。
「霜が降りる頃に熟すって言うだけあって、急に寒くなりましたよね~」
大きな声に我に返り、口から出した皮を丁寧にティッシュで包み丸める。
「ほんと、急に寒くなりました」
「でもねぇ、ホラ!これがあるから温かいのよ・・」
そういって上着のボタンをはずして中に着込んだ茶色のベストを見せる。
茶色のベストは「手編み」で随分と使い込んでいて形が崩れている。
下に着たシャツが透けて見えるほどの粗い糸の間隔、特徴的なその編み方に自分の記憶がうずく・・。
「・・これねぇ、アンタのお母さんに貰うたのよ」
「リラ先生はモノをあげて人を喜ばすのが好きじゃった・・」
「入院中にリハビリで編んだからあげるって、ねぇ」
「アンタのお母さんは本当にええ人じゃった、ええ人からアッチ(あの世)に行く・・(笑)」
母・・・、
ある日、手の痺れがパーキンソン病と診断された。
徐々に病は進行していき、思うように手足の自由が効かなくなった頃、ついに手術を決断した。
脳に電極を埋め込むという手術はとりあえずは成功した。
手足の震えはきれいに治まったが、手足のこわばりは変わらなかった。
何もしないと全く動けなくなる恐怖から、リハビリがてらによく編み棒を手にした。
手足がおぼつかない美容師からお客さん達は少しずつ遠ざかるようになり、
ついに引退を決意して自宅にこもった。
動かなくなると動けなくなる体、
車椅子で連れ出す行き先はいつも毛糸屋さんだった。
冷え症の自分はいつも手袋越しに母の手を引き体を起こした。
ある冬の朝、突然の心筋梗塞で母は倒れた。
看護師の嫁が懸命の心臓マッサージをする中、自分は素手で手を握り続けた。
まだ温もりが感じられる動かない手をさすり続けた。
救急車が来て、搬送された病院の医者に止められるまで手を握り呼び続けた。
突然訪れた別れに戸惑いながら、母の温もりをいつまでも感じていたかった。
母は実にあっさりとあの世に旅立った・・・。
子供の頃の母の記憶に、よく編み物を編んでいる姿がある。
編み棒を持つ手は分厚く、爪は毛染めの染料のせいでいつも黒ずんでいた。
高校を卒業し、都会に出た頃、仕送りの段ボールの中に手編みのベストが入っていた。
さすがに思春期に親の手編みを着るのは恥ずかしく、袖も通さず段ボールに入れっぱなしだった・・。
チヨエ婆さんの茶色のベストから色んな記憶が蘇り、涙腺が緩んだ。
「あのね、今はお金さえ出せば温かい服はいくらでも買えるけどね・・」
「私にはリラ先生が編んでくれたこのベストが一番温かいのよね、本当~に温かい」
潤んだ自分の瞳の中でもはっきりと分かる母の編み方、見覚えのある大きなボタン・・、
母はこんなところでちゃんと生きている・・
「これが一番!!」
もう涙は頬を伝うどころか、ポタポタと床に落ち始めた。
「温かい」ということはこういうことだ・・。
人と繋がり、人を思い、人を包み込むということだ。
逢いたい・・、オフクロに逢いたい・・、おかあさん・・・。
「チヨエさん、今日は立ち寄って頂いてありがとうございました。」
お迎えの娘さんの車に乗り込むチヨエ婆さんにお礼を言った。
「ああ、来年のウルトラマラソンは途中でチヨエさんの家に寄りますんで!ご主人の仏壇に線香あげんとね!」
「ハハハ、まあバカなこと(笑)」
人は悲しみを乗り越える度に強くなる、いや、そんな簡単なものではない。
悲しみでボロボロになった心をそっと癒してくれる「何か」に気付くだけのことである。
ちょうどこの冬、身も凍える2月に母の七回忌法要を迎える。
大丈夫、もう寒くはない・・
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お母様の手編みのベストを着て下さっていて、
いちばん温かいとおっしゃっている。
嬉しいですね。
エルソンさんは、お母様思いの優しいさにあふ
れています。
いいお話ですね。
ご丁寧なコメントありがとうございます。
あまりにも私的なことを書き綴ってしまって、
ブログに載せてから「どうしたものか・・」と少し考えてしまいました(笑)。
でもこうして「いい話」とおっしゃっていただいたりすると、とてもうれしいです。
読者登録もしていただいているようで、ありがとうございます!
今回はたまたま湿っぽいお話になりましたが、
基本は走って、歩いて、写真撮ってのブログです。
よろしくお願いします。m(__)m