あきちゃんのブログ

散歩・趣味・旅・日常など思いついたことを飾らず自然体で綴ってみたい。

23 ・常夜灯 画集(ふるさと百景)

2014-05-30 10:44:28 | Weblog
刈屋漁港のどこからでも見える。江戸時代に築かれた石組みの波止場と高さ3.6㍍の常夜灯。
1999年、小野田郷土史研究会の手で100年ぶりに点灯した。以来、盆期限定で先人の供養
と漁港の安全、大漁の願いを込めてともされ、オレンジ色の光が風情を醸し出す。(H23年9月1日)

22・厚狭川 画集(ふるさと百景)

2014-05-28 09:21:31 | Weblog
厚狭川は美祢市から厚狭地区を流れ、周防灘に出る。沓(くつ)古墳から少し南に移動し、下流を描いた。
正面左側の建物は厚狭小の体育館。右土手には桜並木がある。本来なら新橋が見えるはずだが、昨年の
氾濫で失ってしまった。穏やかで、のどかな風景。牙を剥いた厚狭川が想像できない。(H23年8月26日)

21・刈屋の集落 画集「ふるさと景」

2014-05-25 08:18:48 | Weblog
竜王山西側の麓にある刈屋の集落。傾斜面にへばり付くように、密集している。あちこちに急な石
段があり、所々、手すりが取り付けてある。民家は全て石垣の上に建っている。眼前には刈屋漁港
がるが、高台から眺める周防灘に浮かぶ関門の風景は、絶景に違いない(H23年8月18日)

20・沓古墳 画集(ふるさと百景)

2014-05-22 13:04:06 | Weblog
厚狭川上流沿い西側に沓(くつ)古墳がある。後ろには美祢線が走り、少し北に行くと、沓山田の集落と寝太
郎堰(ぜき)がある。古墳時代後期の古墳で、横穴式石室がある。今から約1400年余り前、厚狭川流域に
あるここ沓の地一帯を治めていた村長(むらおさ)の墓だといわれている。(H23年8月13日)

19・子持ち御前

2014-05-15 08:45:52 | Weblog
竜王山、オートキャンプ場手前にこの神社がある。子安観音と弁財天が合祀(ごうし)されていて、ごんぜ
んさまとも呼ばれる。絵結び、子授け、安産の神として知られる。眼前には風光明媚(めいび)な周防灘
が広がり、毎年4月19日に祭典が行われ、近隣から多くの参拝客が訪れるという。(H23年8月4日)

17・耳観音  画集(ふるさと百景)

2014-05-11 14:09:24 | Weblog
竜王山登山口からしばらく行くと、左手にこのお堂がある。堂の入り口付近(車道寄り)に、深さ
3㍍、奥行き2㍍ほどの土窟があり、耳穴の形をしている。この穴を掃除して、穴の開いた小石を
奉納、祈念すると、耳病が治ると言い伝えられ、訪れる人も多いと聞く。(H23年7月22日)

太平洋セメント記念包装紙

2014-05-11 14:02:44 | Weblog



わが町を代表する企業、太平洋セメントKK(旧小野田セメント)が所有する「山手倶楽部」が100周年を
迎えるにあたり、私の描いた倶楽部の水彩画が、記念品の包装紙として使用されることになり、しおりも参加
者全員に配られるという。

「山手倶楽部」は旧小野田セメント第4代社長笠井真三さんが、イギリスからコンクリートのブロックを持ち
帰り、ブロック製造を始め、1914(大正3)年に完成した。当時ブロックは大変珍しいものであり、建築
史上貴重な建物として、国の登録有形文化財に指定されている。

16・志んばし  画集(ふるさと百景)

2014-05-08 14:50:26 | Weblog
おととし秋のスケッチだが、今は見ることができない。昨年7月15日の大洪水で破損し、解体された。
橋長59㍍で、1952年に架けられた。子供たちの通学路になっていたが、遠回りを余儀なくされてい
る。間もなく架け替え工事が始まると聞いた。完成は2013年という。(H23年7月16日)

15・貯油タンク軍  画集(ふるさと百景)

2014-05-07 08:03:33 | Weblog
竜王山中腹からの眺めだが、西部石油の無数の貯油タンク群。円筒形のものや球形のものなど、いつまで
も見飽きない。日差しの当たり具合でキラキラ光って見えたりする。遠く宇部の工場群の煙突も大小さまざま
で面白い。往時はモクモクと出る煙が繁栄の象徴と言われたが、今はあまり煙を見ない。(H23年7月9日)