イリアーデの言霊

  ★心に浮かぶ想いのピースのひとかけら★

黒龍王(13) パンドラの箱を閉ざせ!

2007年11月21日 04時21分11秒 | Weblog
 色事の師を仰いで学ぼうというボケボケをかますよりも《聖虹使》という世を乱す元凶を辞めるべきですよ、冴紗は。神官は王を狂わせる』の「Ⅱ 大神殿での冴紗」“みずからが生きていく日常の知識より先に、過去の聖虹使とやらの書き付けを覚えさせられ、神の御子として演じているのか。はらわたが煮えくりかえりそうであった。延々と。途切れることなく、延々と。あのように、すがりつく民たちはつづくのであろう。信仰という名目に隠した、依存と甘えを吐き出すために。”と、強要され憶えさせられた歴代《聖虹使》の書き付けに記された言葉を詣でる人々にひとりひとり謁見で語る猿芝居を続け、信仰という名目に隠した甘えと依存を吐露し縋りつく人々の覚醒と自立を阻み、世を統べるどころか戦乱を招いているのです!!

 羅剛にしか抱かれたくないと言っているけれど本当は誰だって良いのです。あらゆる男を狂わす魔性…誰にでも抱かれて歓ぶのが生まれながらの娼婦である冴紗の本性です!!他の複数の誰かに輪姦されて最初は嫌がっても、やがて歓んで抱いて欲しいとさえ懇願するでしょう。

黒龍王(12) 王冠を捨てた恋を踏み躙る者は公開プレイで懺悔しろ!

2007年11月21日 04時20分47秒 | 小説

 ドラマCD『神官は王に愛される』には自分の意志というモノがない冴紗《七重臣》によって大神殿に売り渡されて監禁され、最長老に飼育と宗教的洗脳の成果により《虹霓教》の木偶に堕落した冴紗の醜い姿で埋まっている。それがより強調されて冴紗の終始自分のことしか考えず自分だけ傷つくまいと安全圏に籠っている醜さ、羅剛の健気で一途な恋心が描かれていました。…そうです!健気な美人とは実は羅剛なのです。冴紗“さしゃ”と読むのだけれど言いづらいらしく“しゃしゃ様”神官どもの誰かが失敗していたのが収録されていました。原作の「Ⅷ 美優良王女」で“……まわりが、…まわりの方々が、それを許さぬ。王と自分との恋は、人々を裏切るものなのだ。”とほざいた冴紗には呆れる。

 衆人環視の中で抱かれたことの意味を知らずに自分がいなくなれば王妃を迎えられるだろう、と他に心を動かさぬ羅剛の恋心を踏み躙り続ける冴紗に、永均ドラマCDの「6」で“冴紗様は王の精をお受けになられた!正真正銘、羅剛王のお妃様でござる!!”と宣告しました。そこまでしないと攫って凌辱という形で契っても、それを見てみぬフリをして冴紗を再び引き離そうという今までの愚挙を繰り返す《七重臣》を挫くために公開プレイの契りを…侈才邏の掟による《婚姻の儀》を強行した羅剛を私は立派だと拍手して褒めてあげたいです。本来なら、凌辱して体を征服し心を屈服させるようななんて奴は侮蔑するのですが、冴紗のように周囲を優先し羅剛の心を…誰よりも踏み躙っているのは自分だと気づかずに踏み躙り続ける冴紗には体で思い知らせて覚えさせるしかないでしょう!逃げるのはやめて観念しろ、と体に刻みつけなければ。

 ドラマCDでの《婚姻の儀》の後でそうとは知らずに茫然となっている冴紗に、今までに羅剛冴紗を引き裂くことに腐心するばかりの愚挙を漸く悔い改めた永均は、[永均“王に忠誠を誓った際、王だけにお伝えしてござるが。それがしの真名は《道を指し示す者》と申す!名に酔うてしもうたのか、今までも…いささか出すぎた事を致し申した!!冴紗様初陣の折も然り。” 冴紗“え…?” 永均“虹の御子であられるお身をあらゆる国が狙っており申した。戦場で攫われるやもしれぬ!そこで、それがし、王に或る事をお告げ申した!!「軍隊などという性欲を持て余した荒くれ男どものただなかに、あの冴紗様を入れたらどのようなことになるや」と。” 冴紗“あ…!それで…王は…私を神殿へと……!!” 永均“《聖虹使》となられる御方のお身を守る安全な場所は大神殿しかござらなんだ。……フフフ…冴紗様、貴方は…何もわかってござらぬの。” 冴紗“何が…ですか?” 永均“御自身の価値も!魅力も!!…よって、貴方様をお斬り出来る男など…この世に居り申さぬ。”]と、自分たちと大神殿とで結託して羅剛から冴紗を奪った過去を明かしました。

 それでも、自分がいなくなれば王妃を迎える気になるだろう、見知らぬ王女を王妃に迎えさせようと重臣と同じ考えに固執する腐れ外道の冴紗は悪足掻きを続けるのですから、救いようがないですね。過去の罪を認め懺悔した永均ですが、虹の容姿だからとはいえ“《聖虹使》となられる御方のお身を守る安全な場所は大神殿しかござらなんだ。”だなどと冴紗が《聖虹使》にならねばならぬと決めつけているのには呆れました!そんな理屈が何処にあるのか!大神殿の手先だ!!こいつは。


王家の紋章

2007年11月21日 02時14分29秒 | 小説
 陽(ひ)の神は、はるかな砂漠の彼方より昇り、母なるナイルを照らしてのち、はるかなる砂漠の彼方に消える。揺るぎなき大地の果ては満天の星に連なり、世界はここにある。ある時は静かに水をたたえ、ある時は奔流となってすべてを呑みつくす大ナイル。それは、幾千年の時を越えて流れ、営々と受け継がれる人々の歴史を見てきた。三千年の昔、この地が世界の頂(いただき)にあった時、多くの民を従え、富を欲しいままにし、王の中の王とたたえられてた若きファラオがあった。上下エジプトを司る若きファラオは一人の乙女に心惹かれた。それはナイルの女神ハピの娘、黄金の髪と真珠の肌を持つナイルの娘。ナイルの娘は両刃(もろは)の剣。砂漠に恵みをもたらすと共に、ファラオに災いをもたらす。三千年の時の流れを越え、エル・コルンのふもとにて再びファラオとまみえんことを誰か知らん。若きファラオとナイルの娘の恋の物語は、国中の富という富を集めたよりもさらに華麗で、静寂の砂漠をおおう星々の物語よりもさらに数奇なり。それは悠久の時の流れが創り出したナイルの詩(うた)。

 CD化された『王家の紋章』に封入された古代エジプトの若き王(ファラオ)とその正妃となった王妃キャロルの恋の物語はその文面にあるように、各国の王族に狙われ魔女によって挙式をしてキャロルを我が物にしたと思い込んで有頂天だけれど所詮は魔法によって操られた誓いなど無効だとイズミル王子が受け入れられなければ彼は滅ぶだけなのに…そういう腐れ外道が右往左往している物語でもあります。

黒龍王(11) 冴紗の天然ボケは作者の投影?

2007年11月21日 02時13分15秒 | 小説

 未だにワープロを使っていた稀有な存在とは言える吉田珠姫(敬称略)が、いよいよパソコンに替えようと決意したいま現在はXPが販売終了となりVISTAになっています。ワープロからパソコンにデータのお引っ越しに手間取り、11月25日(日)に発売される筈だった『神官は王を恋い慕う』作者のサイト《吉田商店》によると12月25日(火)に延期になりました。

 その『神官は王を恋い慕う』《吉田商店》の「今後の予定」“婚礼の日取りも決まり、幸せな日々のはずなのに、冴紗は少々悩んでいた。羅剛王がことあるごとに冴紗の純朴を笑うので、もっと色事を学ばなければいけないのではと‥‥。冴紗はあいかわらずおバカな子です。(笑)そして羅剛もあいかわらず超暑苦しい男です。どうかあたかい目で見ててやってくださいまし。”とのことですが、作者は相変わらず羅剛を暑苦しいと言っています!羅剛の何処が暑苦しいのか私には理解できません。

 難解&難読な見たこともない漢字を多用して私たち読者に負担をかけている吉田珠姫は“一般的に普通に使われている漢字ばかり”だと、返事のメールに寝言を書いて寄越しました。編集部の吉田担当も難しすぎて頭を抱えているのは電話で確認ました!作者だけが普通に使われていると思い込んでいて、そうした作者の世間との認識のズレ冴紗のボケっぷりに投影されているのかもしれません。