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『エール! 3』
大矢博子編
原田マハ(「ヴィーナスの誕生 La Nascita di Venere」)、日明恩、森谷明子、山本幸久、吉永南央、伊坂幸太郎
実業之日本社
2013
『楽園のカンヴァス』、『ジヴェルニーの食卓』、『ユニコーン―ジョルジュ・サンドの遺言』。
少なくとも現在(2014年1月)までに書籍の形で刊行されている、アートを主題とした原田マハ氏の短編・長編はすべて読んできた。
と思っていた。
しかし、違った。
たまたま手に取った文庫の表紙には「原田マハ」とあった。
目次に目を移すと、巻頭の作品は「ヴィーナスの誕生 La Nascita di Venere」と題された原田氏の短編だった。
氏の公式サイトの"Works"のページには、『エール! 3』は載っていない。
しかし"News"のページには2013年9月29日付で書籍が紹介されており、著者のWikipediaの該当ページでも言及されている。
ともかくも、興味をそそられ、読んでみた。
物語は、「穐山(あきやま)かれん」と「富坂亜弥」の二人を中心として展開される。
二人はイタリア・ルネサンス期の美術を専攻する大学院のゼミで同期だった。
卒業後、ともにアートの世界で働くことになる両者であったが、職種は大きく異なる。
狭き門を潜り抜け、都内の美術館の学芸員となった富坂と、美術品輸送会社という美術展の下請けを担当する会社に勤めることになった穐山。
学生時代、ともにイタリアへ短期留学し、共同生活をしつつ、二人は現地の美術館で多くの作品に触れた。
優秀な二人は、互いを認め合い、そして高めあった。
その二人が、卒業以来久々に顔を合わせるきっかけとなったのは、ある展覧会だった。
それは、富坂が長らく実現を願っていたものだった。
ウフィツィ美術館の傑作を集めた展覧会。
なんといっても目玉は、ボッティチェリ作《ヴィーナスの誕生》であった。
様々な感情が交差するなか、黙々と仕事に徹する二人。
裸体のヴィーナスが衣を纏うごとく、温かい空気が二人を包む。
この「温かさ」は、『ジヴェルニーの食卓』の読後感を思い起こさせる。
物語をやさしく、美しく包み込む原田氏の技術には、脱帽である。
物語のところどころには、著者の実体験に基づく内容が顔を出す。
アートの世界の裏側を知る著者ならではの知識と理解に裏打ちされた物語が展開されている。
例えば「クーリエ」(courier)や「クレート」(crate)といった語。
前者は「随員」の意であり、絵に付き添ってやってくる専門家を指す専門用語である。
(cf.『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した 絵のお医者さん 修復家・岩井希久子の仕事』 p.157)
後者の「クレート」(「木枠」の意。作品中では「貨物」と訳されている)に関しては、こちらのページを参照されたい。
多くの賞を獲得した『楽園のカンヴァス』以来、原田氏のアート小説は短編や中編が続いている。
次回作はぜひとも長編に期待したい。
気軽に読める、それでいて味わいのある作品であった。
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