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ダン・ブラウン 『インフェルノ』(上・下)

2014-02-21 18:34:22 | 書籍(その他)

(画像をクリックするとそれぞれアマゾンへ)

ダン・ブラウン
インフェルノ』(上・下)
越前敏弥訳
角川書店
2013

中世イタリア文学史に燦然とその名を刻む詩人ダンテ。
言わずと知れた彼の代表作『神曲』(Divine Comedy [もともとのタイトルはComedìa]) は、「地獄篇」('Inferno')、「煉獄篇」('Purgatorio')、「天国篇」('Paradiso')の三部から構成されている。

『インフェルノ』(ダン・ブラウン)下巻の〈訳者あとがき〉でも書かれているように、なかでも「圧倒的な人気を博し、数えきれないほどの著作や絵画や音楽や映画に影響を与えてきたのは、第一部の〈地獄篇(インフェルノ)〉」であった(324頁)。

Amazonで検索をかけてみると、PlayStation 3のゲームまであるらしい。(→参考

視覚芸術でいえば、ドレの有名な版画は言うまでもなく、ブレイクやロセッティ(《ダンテの夢》や《ベアタ・ベアトリクス》)、ダリの遺した作品も印象深い。(→参考

ドラクロワの描いた《ダンテの小舟》もまた、一度見たら忘れられない作品である。
フランスにおけるロマン主義絵画の幕開けを告げる本作は、ルーブル美術館に所蔵されている。(下図参照)


上野の国立西洋美術館前には、「近代彫刻の父」ロダンの大作《地獄の門》が置かれている。
本作は、『神曲』の「地獄篇」(第三歌や第五歌、第三十三歌など)の記述を基にして制作されたものである。(→Wikipedia ["The Gates of Hell"])

そして、《地獄の門》の彫刻の一部が抜き出され、結果的に独立した作品となったものが、かの有名な《考える人》である。(下図参照)
「考える人」とは、今でこそ〈哲学〉あるいは〈思索〉の象徴とみなされることが多い。

しかしその由来は、ダンテその人に他ならない。
ちなみにこの彫刻も、西洋美術館前にある。(→参考


[左:《地獄の門》/右:《考える人》]

また英国ロマン派の詩人キーツも、ダンテの「地獄篇」を読んで多大なる影響を受けたひとりである。
ちなみに、『インフェルノ』(上)の229頁では、ダンテのデスマスクとの関連で、キーツにも言及されている。

「地獄篇」(第五歌)におけるパオロとフランチェスカの悲哀の物語 [参考:"Francesca da Rimini" (Wikipedia)] に心を打たれた詩人は、一作のソネットを書き遺している。

'As Hermes Once Took to his Feathers Light'

As Hermes once took to his feathers light,
  When lulled Argus, baffled, swoon'd and slept,
So on a Delphic reed, my idle spright
  So play'd, so charm'd, so conquer'd, so bereft
The dragon-world of all its hundred eyes;          5
  And, seeing it asleep, so fled away―
Not to pure Ida with its snow-cold skies,
  Nor unto Tempe, where Jove griev'd a day;
But to that second circle of sad hell,
  Where in the gust, the whirlwind, and the flaw    10
Of rain and hail-stones, lovers need not tell
  Their sorrows. Pale were the sweet lips I saw,
Pale were the lips I kiss'd
, and fair the form
I floated with, about that melancholy storm.

記録上、この詩が最初に書かれたのは、1819年4月16日の書簡のなかでのことである。
もともとの草稿のタイトルでは、'A dream, after reading Dante's Episode of Paolo and Francesca'となっていたということだ。

ラファエル前派兄弟団の中心人物ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティもキーツのこの絶唱を激賞している。
父親がダンテ研究者である彼はこう書き遺している。

チャップマン訳のホメロスを読んで」を除けば、これほど素晴らしいソネットはない
"By far the finest of [Keats's] sonnets... besides that on Chapman's Homer"
     (1880年2月11日の書簡) [参考:Miriam Allott (ed.), The Poems of John Keats, p.498]

さて、ダン・ブラウンの最新刊『インフェルノ』について。

書店で売られている本の帯には、「これまでのダン・ブラウンの小説で一番面白い!」という荒俣宏氏の絶賛のコメントが踊り、著作の公式HPにも「賞賛の声」が並んでいる。

しかし、Wikipediaの該当ページを読む限り、本作の評価は必ずしも好意的なものばかりではない。
Amazonのレヴューをみても、賛否両論あるようだ(これまでのダン・ブラウン作品と比べて〈浅い〉という指摘も散見される)。

個人的な感想としては、結末の〈締り〉のなさに、やや後味の悪さを覚えた。
しかし、まさに"gripping"な、〈読ませる〉作品であったことは間違いない。

おそらく映画を意識した筆の運びになっているのだろう。
前作『ロスト・シンボル』に先駆け、来年にも映画化が予定されているようだ。

あと、本筋とは直接的に関わりはないのだが、物語のなかである人物が、主人公のラングドン教授に「シメワザ」なる柔術をかけて教授の動きを封じ込めるという一幕があった(下巻、146頁)。
シャーロック・ホームズの「最後の事件」における有名な「バリツ」もそうだが、どうしてこうも日本の〈ジュウジュツ〉というものは、何か特殊な力を発揮すると思われがちなのであろうか。

ともかく、一応「美術関連」のブログなので、美術の話もしておこう。

『インフェルノ』において、物語の重要なカギを握るのが、以下の二作品である。

・ボッティチェリ 《地獄の見取り図


ドメニコ・ディ・ミケリーノダンテの神曲


物語では、犯人が《地獄の見取り図》のなかに暗号を隠し、ラングドン教授が脳漿を絞って解読する。
後者の絵画に関しては、「煉獄篇」(第九歌)の記述にある〈七つのP〉が、解読の鍵となる。

ダンテの『神曲』を扱った美術作品に関しては、河出文庫から出版されている『神曲 煉獄篇』(平川祐弘訳)に、「ダンテと美術」と題された、訳者のあとがきが掲載されている。
興味のある方は、参照されたい。

では、最後に...。

『インフェルノ』(上)の292頁で、登場人物のひとりが次のように言っている。

「わたしが信奉するのは真実よ」(...)「たとえそれがひどく受け入れがたいものであっても」

原文は確認していないが、この言葉を読む限り、シャーロック・ホームズのあの有名なセリフが思い起こされる。

"How often have I said to you that when you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth?"
                           (The Sign of the Four)
「すべての条件のうちから、不可能なものだけ切りすててゆけば、あとに残ったものが、たとえどんなに信じがたくても、事実でなくちゃならないと、あれほどたびたびいってあるじゃないか」
                        (『四つの署名』(延原謙訳、新潮文庫、p.64))

ホームズが「あれほどたびたび」というように、同趣旨の発言は原作中に何度かみられる。(→参考

『インフェルノ』の記述がドイルの探偵小説のそれを意識したものであるかどうかについては、〈ラングドン教授のみぞ知る〉といったところである。
しかし、ダン・ブラウンの最新作が、ホームズの〈冒険〉のごとき〈興奮〉と〈ミステリー〉に満ちていることは確かであると言っておこう。

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