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エラスムス 『痴愚神礼讃』(ラテン語原典訳)

2014-06-01 22:45:04 | 書籍(その他)

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エラスムス
痴愚神礼讃』(ラテン語原典訳)
沓掛良彦 (訳)
中央公論新社
2014

"Two things are infinite:
the universe and human stupidity,
and I'm not sure about the universe."

―Albert Einstein

これぞ、古典。
人間の愚かさを諷刺したルネサンスを代表する人文主義者の筆致は、いまでもなお色褪せない。

本書の前半は時代を問わず普遍的にみられる人間の愚行を扱っており、後半、とくに最終部は、時代のうねりもあってか、かなりキリスト教色が濃くなっている。

一見するとカトリック批判のようだが、著者の宗教的立場はそう簡単に割り切れるものではない。

エラスムスはたしかにカトリック教会内部の体制を批判した。
しかし彼は決してプロテスタントにまわることはなかった。
あくまでカトリックの陣営のなかで、その体質改善を促したのである。

本書の〈解説〉には次のようにある。

行動の人として獅子吼(ししく)しつつ、鉄のこぶしを振るって一途に宗教改革へと驀進するルターに対し、その主張や信条には深く共感しながらも、あくまでカトリック体制内部での自発的な改革を望むエラスムスは、カトリック社会を打ち壊すその暴力的行動には賛同できなかったのである。エラスムスがひたすらに願ったのは、かつての純潔無垢な福音書の精神に立ち返り、硬直化し桎梏と化したカトリック体制から本来のキリスト教を救い出し、その再建を図ること(restitutio Christianismi)であって、カトリック教会を打ち倒すことではなかった。 (328-29頁)


ホルバイン 《エラスムス》 (1523、ルーブル)

368頁からなる本書は、その三分の一が「注」と「解説」にあてられている。
ギリシア・ローマの古典に造詣の深い訳者のなせるわざであると同時に、それだけエラスムスが古典に通じていたことの証左でもある。

また、この訳書にはヘンリー八世の宮廷画家としても知られるホルバインの手になる挿絵も数多く収録されている。
才知に長けたホルバインの筆が印象的である。

エラスムスのみならず、『ユートピア』の著者として名高いトマス・モアとも親交があったホルバイン。
モアへの献辞から始まる『痴愚神礼賛』は、そもそも、エラスムスがモアに捧げた著作でもあった。

 
左:《トマス・モア》、右:《エラスムス》 (いずれの肖像画もホルバインの作)

本書のカバーにはヒエロニムス・ボスの《愚者の船》が用いられている。


この絵画はブラントの著作『阿呆船』にインスピレーションを受けて描かれたといわれている。
〈阿呆船〉というアレゴリーは、そのもとをたどればプラトンに行き着く、西洋の伝統的な表象であった。(→参考

エラスムスがこの絵をみていたかどうかは分からないが、少なくともブラントの『阿呆船』は読んでいた可能性があると推定されている(本書解説337頁)。

そして、本書解説では、ボスの《愚者の船》に加えて、次の三点の絵画作品を紹介している。
最後にこれらを載せておこう。


ボス 《愚者の治療


ブリューゲル 《愚者の石の切除


ブリューゲル 《謝肉祭と四旬節の喧嘩

訳者曰く、『痴愚神礼賛』を読むにあたっては、こうした15・16世紀の北方ルネサンスの絵画を「脳裏に浮かべて読むとよりおもしろく、かつ当時の人間たちを支配していた精神的状況がわかるであろう。文芸と絵画というジャンルの相違はあっても、これらの作品には明らかに深く通い合うものがある」(344頁)。

愚者。

"Better a witty fool than a foolish wit."
―Shakespeare, Twelfth Night (Act 1, Scene 5)


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