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西洋美術関連ブログ 思索の断片
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エドガー・ドガ「マネとマネ夫人像」

2014-01-18 22:40:05 | 番組(美の巨人たち)


2014年1月18日放送 美の巨人たち(テレビ東京)
エドガー・ドガ「マネとマネ夫人像」

現在地上波で放送されている数少ない美術番組のひとつが「美の巨人たち」である。
BSはいざ知らず、地上波の番組でもっぱら「美術」を扱っているものとなると、思い浮かぶのは「日曜美術館」(Eテレ)、「美の壺」(〃)そして「美の巨人たち」(テレビ東京)くらいである。

このうち「美の壺」に関しては、実際に放送をみたことがないのでなんともいえないが、番組HPをみる限り、扱われているのはいわゆる"fine arts"というより、ウィリアム・モリスのいうところの"lesser arts"に近いのだろう。

念のために断わっておくが、むろんモリスはこの"lesser"という単語を否定的な意味で用いていない。
小野二郎氏が『ウィリアム・モリス ラディカル・デザインの思想』のなかで述べているように、「モリスが小芸術(レッサー・アーツ)というのは、いわゆる装飾芸術、彫刻や絵画といった大芸術に対してそう呼ぶもので、『日常生活の身のまわりのものを美しくする』芸術の総体をいう」(163頁)。

中世に憧れを抱いたモリスにとっての「美」とは、素朴(シンプル)で美しく、かつ有用なものであった。
こうした「美」で生活を満たそうとする思想が、マルクスに影響を受けた彼の社会主義運動と結びついていく。

話が脱線した。
ともかく、"fine arts"を扱っている地上波の番組は「日曜美術館」と「美の巨人たち」くらいといってよい。
(放送大学の提供しているプログラムに関しては、構成された「番組」というよりは、一種の「講義」に近いのでここでは省く)

先ほど、今週の「美の巨人たち」の放送をみていた。

「美の巨人たち」には、ほとんど毎回といっていいだろうが、「絵画警察」なる組織の人物が登場する。
このページの下部でまとめられているように、番組内で取り上げられる作品によって、それぞれの国の「警察」が「事件」にあたる。

コミカルな彼らの「事件捜査」は、美術になじみのない視聴者であっても取っつきやすくなるような視点を提供してくれる。
(シャーロック・ホームズであれば、レストレード警部に対して彼が冷ややかな態度をとるのと同様に、ともすればこの「愉快な人たち」をまともに相手にしないかもしれない)

いつもは「事件」といっても名ばかりのものだが、今回の放送は違う。
まさに「事件」が起こった。

このページのトップに貼り付けた、現在日本の北九州市立美術館に収蔵されているドガの《マネとマネ夫人像》。
ドガが友人のマネに送ったこの絵を、マネは切り裂いた。

ちょうど妻の顔のところで切られている。
はたして真相は・・・。

いきさつを知らずにこの絵をみたら、現代的な解釈もできるかもしれない。
ちょうどモディリアーニがあえて目を描き入れなかったことで作品に一種の「聖性」を付与したように、マネもなんらかの芸術的効果を狙って切断したのではないかと。

実際、番組のなかで「絵画警察」の一人は個人的な見解を示し、「アヴァンギャルドな行動ですね」と述べていた。
こんなことを言っているからホームズに笑われる。

真相をいえば、この絵が描かれた当時、マネは妻以外の女性に恋心を抱いており、複雑な状況にあった。
その女性こそ、ほかならぬベルト・モリゾである。

恋多きマネ。
夫婦の倦怠の様を、ドガはその透徹した目で捉え、二人の「心の中」までも描き出した。

マネにとって、これは具合の悪いことであった。
怒りにくるい、絵を切断した。

しかし同時に、恐ろしいまでのドガの才能に感嘆した。
彼の絵には人物の感情が透けてみえる。
ドガは、モデルの心の奥底までを描きだしていたのだ。

「青春の傷跡」。
番組の終わりにそういった言葉が使われていた。

今回の「事件」に限らず、マネとドガはしばしばケンカし、そのたびに和解してきた。
これも、二人の友人が「ライバル」としても互いに認め合っていた証拠である。

実際、二人はこの「事件」ののち、一度ならず同じ主題を同じような時期にカンヴァスに描き、微笑ましい「対決」を繰り返してきた。
「マネとマネ夫人像」と入れて検索するといろいろなページが出てくるが、ざっとみているとマネが怒りに満ちてカンヴァスを切り裂いたという悲劇的な事件のように思われるが、物語はまだ終わっていなかった。
二人はこれをひとつの期に、互いをさらに認め合い、友情を深めていった。

今回扱われた「事件」は、舞台にもなったそうだが、番組をみていて本当にミステリードラマをみているような気分だった。

なんらかのミステリー小説になってもおかしくない。
複数の人物が絡み合い、最後に意外な人物が関わってくるというのもミステリーに向いている。
(切り裂かれた絵画にカンヴァスをあてがい、おまけに"Degas"と右下にサインを入れたとされるのは画商だった!)

「絵画警察」が、いい仕事をした。

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