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中野京子 『中野京子が語る 橋をめぐる物語』

2014-05-15 22:20:01 | 書籍(その他)

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中野京子が語る 橋をめぐる物語
中野京子(著)
河出書房新社
2014

橋の長さは川幅をむやみに越える必要はあるまい、
必要に応ずる施しこそ最上の恩恵というもの、
役に立つことが肝心だ。いま、おまえは恋をしている、
それなら恋の病に役立つ特効薬を与えてやろう。
   ―――シェイクスピア 『から騒ぎ』 (第一幕第一場、小田島雄志訳)

怖い絵』や『名画の謎』の各シリーズなどで知られる著者にして、自称「橋フェチ」という中野京子氏による、古今東西の〈橋〉の歴史をめぐる一冊。
本書に収められている31のエッセイは、もともと北海道新聞(夕刊)で連載されていたものである(なお、この連載は現在も続いている)。

本の表紙カバーに用いられているのは、以前のブログ記事でも取り上げたヤン・ファン・エイクの《宰相ロランの聖母》[部分]である。
ちなみに、この絵画に描かれている〈橋〉については、本書のなかでは取り上げられていない。
また、直接的に〈絵画〉と関連のある〈橋〉というのは、31のエッセイのうち、2つ(以下で取り上げる「22話」と「26話」)だけである。

こうした事実からもわかるように、西洋絵画において、〈橋〉が中心的な主題として描かれることは決して多くなかった。

〈水の都〉で活躍したヴェネツィア派の画家たちや、日常的な風景を画題としてしばしば取り上げた印象派の画家たちをのぞけば、〈橋〉を描いた絵画といわれても、なかなかピンとこない。
しかし、彼らにしても、プッサンら古典主義の画家たちにしても、〈橋〉を描くとなると、遠景にぽつんと映っていたり、風景のなかに溶け込むようにしていたりなど、橋自体は、それほど目立つ存在として描かれていない。

そう考えると、モネが《ウォータールー橋、ロンドン》や《チャリング・クロス橋》、《睡蓮の池と日本の橋》といった〈橋〉の連作を遺しているのはかなり珍しいケースであるといえる。


(左:《ウォータールー橋、ロンドン》/中央:《チャリング・クロス橋》/右:《睡蓮の池と日本の橋》)

著者自身も序章(11頁)で「天と地を結ぶ虹は、橋とよく似た象徴的意味を持つため、両者を同一視する神話が世界各地に見られる」と述べているが、やはり西洋絵画における象徴体系としては、数的に、〈橋〉よりも〈虹〉の方に軍配が上がるのを認めざるを得ない。

虹であれば、それこそ描かれた名画は数知れず、『虹の西洋美術史』(岡田温司著、ちくまプリマー新書)という新書まであるほどだ。

ともかく、いくら美術に関する著書が多い中野氏といえど、今回の一冊に関しては、厳密にいえば〈美術書〉ではないので、この点に関してはこれ以上深入りすることもなかろう。

個人的に興味深かったのは、中野氏がエッセイに散りばめている、文学作品からの引用。
日本文学でいえば、芥川(16頁)や三島(196-99頁)、英文学ではミルトン(74-75頁)やシェイクスピア(136-37頁)、他にもアポリネール(37頁)やゴーゴリ(53-55頁)など、数多くの文学作品からの引用がエッセイに豊かな彩りを与えている。

また「15話」で紹介されているイタリア・フィレンツェのポンテ・ヴェッキオ(ヴェッキオ橋)は、以前にレヴューを書いたダン・ブラウンの最新作『インフェルノ』にも登場し、物語の展開において重要な役割を果たしている。

さて、先述した絵画が扱われている二つのエッセイについて。

●「印象派が描いたポン・ヌフ」(22話)

ここで取り上げられている絵画は次の二点。
本書の口絵にカラーのヴィジュアル・イメージも掲載されている、ピサロの《パリのポン・ヌフ》とルノワールの《ポン・ヌフ、パリ》である。


(左:ピサロ《パリのポン・ヌフ》/右:ルノワール《ポン・ヌフ、パリ》)

ピサロの描いた〈ポン・ヌフ〉にはいくつかのヴァージョンがあるが、中野氏の本では所蔵先の美術館名までは明示されていない。
しかしざっとネットで画像を検索したところ、おそらくひろしま美術館に所蔵されているものだろうと推察される。

またルノワールの絵画については、2011年に国立新美術館で「ワシントンナショナルギャラリー展」が開催されたときに、その出展作品に含まれていたことを記憶している。


●「地獄も何のその」(26話)

ここで扱われているのはブリューゲルの《悪女フリート》。


凄まじい地獄絵図だ。
加えて、北方の画家らしい、微に入り細を穿った描写も目を引く。

画面中央やや左下の大きな女性こそ、タイトルにもなっている悪女フリート。
この女性、もともとは伝説上の殉教聖女であった。

そんな彼女がめぐりめぐって〈悪女〉視されてしまうのだから、本当に〈怖い〉。

ドラゴンに変身した悪魔から逃れた彼女は、それゆえ一時的に広く信仰を集めた。
しかしその伝説がひとり歩きして、やがて「男勝りの強さ」とも解釈され、それが今回の地獄絵図における描写に至ったということだ。

橋―。

Earth hath not anything to shew more fair:
Dull would he be of soul who could pass by
A sight so touching in its majesty:
This City now doth like a garment wear
The beauty of the morning; silent, bare,
Ships, towers, domes, theatres and temples lie
Open unto the fields, and to the sky;
All bright and glittering in the smokeless air.
Never did sun more beautifully steep
In his first splendor valley, rock, or hill;
Ne'er saw I, never felt, a calm so deep!
The river glideth at his own sweet will:
Dear God! The very houses seem asleep;
And all that mighty heart is lying still!
―――Wordsworth, 'Composed Upon Westminster Bridge'

魅惑の橋。

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