明日へのヒント by シキシマ博士

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「硫黄島からの手紙」 争わないために

2007年04月21日 22時31分56秒 | 明日のための映画
クリント・イーストウッド監督が、日本人にも良く知られていない硫黄島の戦いの実態に挑んだ映画「硫黄島からの手紙」。
この作品、劇場公開時に観たのですが、今まで記事を書きそびれていました。
私が鑑賞したのが公開初日からだいぶ経ってからで、既に多くの方が素晴らしいレビューを書かれていたので、いまさら私の拙い文章をさらす必要もないだろうと思ったのです。
でも、このほどDVDの発売とレンタルが開始されたのを機に、鑑賞から少し時間が経過した今になって思うことを、少し書いておこうと思います。

一昨年の「ミリオンダラー・ベイビー」に感銘を受けたことで、それまでの肌が合わないと思っていたクリント・イーストウッド監督への見かたは完全に180°変わっています。
それでも、この監督の作品を観るには、やはり覚悟と勇気が要ります。
全編にみなぎる緊張感。観るだけですごく疲れる。それは間違いないですから。
登場する日本兵の姿は、日本人の目から見ても不自然さを感じることのないものでした。
けれど、良い意味で日本の戦争映画ではないなと感じます。
気負い過ぎたヒューマニズムが無く、ただ、硫黄島で日本軍がいかに敗北していったかを克明に追った映画。
この冷めた捉え方はやはり、日本人のものではなく、外からの冷静な視点なればこそ可能なのだと思うのです。

あまり既成に囚われていない栗林中将(渡辺謙)の人物像は、この映画の為に大人になってから初めて日本人の戦争観に触れたであろうイーストウッド監督の、純粋で客観的な探求心が反映されている気がします。
たぶん、こういう軍人もいるにはいるのでしょうけれども、日本人監督が撮ると、もっと気負った描かれ方になってしまうと思うのです。

実質的な主人公である西郷(二宮和也)の人物像も、周りがどういう状況になろうともそれに押し流されず、自分自身が感じる不満や疑問を率直に口にする人物として描かれます。
これは至極当然の考え方のはずなのに、日本映画だと、特別なこととして語られるか、いろんな別の要素と混ぜて曖昧になってしまうか、どちらかだと思います。
ごく普通の人物にごく普通に語らせたところは、やはり、日本人でない監督だからこそなのだと思いました。

実際の戦地で、あるいはもっと上層部で、栗林中将や西郷のような姿勢を貫き通せた者がどれくらいいたのでしょう。
彼らのような人たちが多ければ、こんな愚かな状況にはならなかったはずだから、僅かだったということなのでしょうね。
心に思っていても、保身のためにそれを表に出さない、清水(加瀬亮)のような者のほうが多かったのでしょう。
でも結局、保身できずに死んでいくのですが。

実際に、周りで多くの者たちがむごい死に方をしていくのを目にしながら、その中で冷静さを保ち続けることなど無理なんでしょうね。
自分だったら気が狂うと思います。たぶん。

気が狂わないためには、思考を停止するしかないのでしょう。
夫に届いた〝赤紙〟に戸惑う西郷の妻(裕木奈江)を、高圧的に叱咤する隣組の者。
幼い子のいる家で飼われている犬を、鳴き声が喧しいから撃ち殺せと命じる憲兵。
彼らは不安や不満といった本心を、「お国のため」とか「非国民」という言葉で覆い隠し、思考するのを止めてしまった人たちです。
彼らだって、戦時でなければ心ある人たちなのかもしれないのに。
イーストウッド監督は、これらのエピソードを冗長にせずに示すことで、戦争のもたらす思考停止の恐ろしさを容赦無く見せつけます。

伊藤中尉(中村獅堂)は、自分を鼓舞し、弱音や恐怖から逃れるために、思考を停止させていました。
部下の前では虚勢を張り、「玉砕」と叫んでいながら、一人になった途端に〝怖い〟という思考が頭をもたげ、結局は何もできなくなります。
何もできないから死ぬことすらできず、結果的に生き延びてしまいます。
姑息で卑劣な奴ですが、彼こそが、戦時において最も多い日本兵のタイプなのだと思われます。
いや、日本人でなくても、戦場ではこういった人間の嫌な部分が露骨にさらけ出されてしまうのでしょう。
結局、戦争というのは人を威張らせますが、本質的な見苦しい部分・見っとも無い部分をさらすだけだと思います。

栗林中将のような心ある人たちは、未来ある日本の若者たちを無駄死にさせまいとしますが、それは戦争という歪な器の中でもがいているに過ぎず、空しいものです。
日本の若者を死なせないためには、すなわち、アメリカ兵に死んでもらうしかないのです。
アメリカ兵も、愛する家族を持っている、自分らと同じ生身の人間なのに。

この映画が描いていることは、実はそういった当たり前のことの積み重ねに過ぎないのかもしれません。
でも、そんな当たり前のことすら見失わせてしまうのが戦争なのだと、この映画は強く訴えてきます。
イーストウッド監督の、反戦への真摯な姿勢に敬意を表します。

不毛な戦いの中で最高の力を発揮するのではなく、そんな愚かな戦いを始めないために最善の道を選ぶ。
私たちは、ただそのことだけを常に考えるべきなのです。


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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
すばらしい映画評だと思います (theta2)
2007-04-23 18:48:38
はじめましてtheta2と申します。
私のブログでもこの映画を取り上げさせていただきましたが、改めてこの映画評を見てこの映画の真価を見た思いがしました。
>たぶん、こういう軍人もいるにはいるのでしょうけれども、日本人監督が撮ると、もっと気負った描かれ方になってしまうと思うのです。

との評論そのとおりだと私も感じます。
いい評論を読めてよかったと思います。ありがとうございました。
返信する
>theta2さん (シキシマ博士)
2007-04-24 00:00:20
お褒めいただき、ありがとうございます。

本当はもっと要点を絞った簡素な文章にしたいのですけど、長くなってしまいます。
でも、この映画については皆さん真面目に書いてらっしゃいますね。
theta2さんのブログも読ませていただきましたが、とても共感する内容でした。

これからもよろしくおねがいします。
返信する
コメントありがとう! (theta2)
2007-04-24 04:35:15
>シキシマ博士さん
私どものブログへのコメントありがとうございました。
こちらのブログを散見させていただきました。
特に灰谷健次郎氏のへのレクイエムには驚きました。
私は彼の作品が好きで、特に「海の図」は愛読書の一つです。あれを誰か映画化してくれないかなとずっと思っています。
あなたの映画評他をこれから見させていただきます。
そして今後の御活躍を期待しております。
返信する
>theta2さん (シキシマ博士)
2007-04-25 00:11:58
こんな取り止めの無い文章ばかりのブログを、過去の記事にまで遡って読んでくださりありがとうございます。
改めて、自分の書く文章に責任を持たねばと、身の引き締まる思いです。
「海の図」、私も文庫本で読みました。(今は絶版となった新潮文庫版。670ページが一冊に収まったボリュームたっぷりのもの)
確かに映像化したら観てみたいですね。
でも、あのボリュームを2時間やそこらにまとめるのは難しいでしょうね。
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Unknown (Unknown)
2007-06-02 16:38:29
戦争を考えるために、小林よしのり著『戦争論』を読んでみてほしい。

ここが考えるスタートだと思う。
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>Unknownさん (シキシマ博士)
2007-06-02 21:47:59
あのー、その前に、ハンドルネームくらい名乗りましょうね。
そこが投稿のスタートだと思う。
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