無事に全てのガラスフレークライニング(塗料中に鱗片状のガラスフレークを多量に混入した塗料)を剥がし終わった我々は、撤収作業を開始した。
超高圧ホースやエアホースを全て塔内から出し、1インチ(25.4mm)の水ホースを塔内に引き入れる。
「うひゃひゃひゃひゃ!さあ、楽しい楽しいお掃除タイムだぉおおお!」
ハルは嬉々としてノズル付きの水ホースを手に持つと、凄い勢いで階段を上がって行く。これから何が起きるのかを知っているのは、佐野と、本村組の須藤くらいだろう。
五分後…。
「うひゃひゃひゃひゃ、うっひゃおぅう!」
「あー、あー、あー!お、おお、おおおおおー!」
「待て、待て、待て、ちょっと!」
「だー、冷てぇええええ!」
地上40メートルのマンホールからは、狂った様な悲鳴と怒号が飛び出して来る。
「ま、いつもの事ですけどね」
「誰が聞いても仕事をしている様には聞こえないよなぁ」
佐野と一緒に、マンホールの中を覗き込む。
「ちょ、ちょっと、ハルちゃん、待てって!」
「うははははは!」
逃げようとする幸四郎を、ハルがノズルを絞って狙い撃ちにする。
「あぁあああ、馬鹿!冷たいべ!うわっ!」
大量の水を浴びた幸四郎が、悲鳴に近い叫び声を上げる。
「ハルさぁーん、仕事、仕事!」
私はマンホールから顔を突っ込み、早く足場の上の剥離ガラを洗い流すように指示をするが、とても本人たちに聞こえる様な状況では無い。
「ま、その内ちゃんとやってくれるでしょう」
「だね」
私は佐野と一緒に地上に下りると、作業用コンテナの周りを片付け始める。
「あ、あの、次は何をしますか?」
コンテナの中を片付けている私の前に、何度も堂本がやって来ては同じ質問を繰り返す。
「えーとね、次はそのキャップタイヤ(屋外用被覆電線)を回収して、束ねてくれる?」
丁度、佐野が架空配線してあったキャップタイヤを、ロープを解いて地面に降ろしてくれていた。
「えっと、これ?」
何故か堂本は、エアコンプレッサーから伸びているエアホースを指差している。
「いや、だからそこの黒い電線だって…」
「ああ、これの事なんだ、うふふふふ!」
何が楽しいのか、堂本は楽しそうに笑うと、キャップタイヤを手繰って、巻き始めようとする。
「あのさ、先にコンセントから抜いてね!」
「あ、ああ!」
堂本はキャップタイヤをたどり、建屋の中に入って行く。
「はぁー…」
私は深いため息を吐いた。
「どうした?」
階段を下りてきた佐野が、私のため息を訊き付けた。
「いやぁ、どうして一々、全てにおいて指示を出さないと仕事が進まないんでしょうね…」
私は堂本に毎回細かい指示を出す事に、うんざりとしていた。
「キーちゃん、それが職人さんってもんだよ」
佐野はニヤリと笑い、サラリと答えた。
「本当ですか?ハルさんなんか、大まかな指示を出せば、自分できちんと考えてやってくれますけど…」
「いんにゃ、むしろ、ハルちゃんみたいな職人の方が少ないんだって」
佐野は苦笑いをしながら、首を小さく横に振る。
「いい?木田君、職人さんと仕事をするって事は、こういう事なんだ」
「?」
「木田君は自分で糞は出来るよな」
「は?トイレで大をするって意味ですよね」
「そうだよ」
「そりゃ健康上の問題も無いし、自分で出来ますけど」
「職人さんってのは、自分で糞が出来ないんだよ」
「えーと…」
私は眉間の皺を佐野に向ける。
「職人さんと仕事をするって事は、職人さんをトイレに連れて行ってやって、便座を下ろしてやって、ズボンとパンツを脱がしてやって、『さぁ、準備は出来たから、後は自分で力んでくれよ!』って言う事なんだ」
「…んー?…そういう意味?」
「そ、そういう意味」
「本当ですか?つまり現場まで連れて来てやって、施工範囲を説明してやって、必要な機材は全て用意してやって、『さぁ、作業準備は出来たから、後は自分で働いてくれよ!』って言う事?」
「そうだよ。現にキーちゃんはすでにそれをやってるべ」
「…うーん、まあ、やっているかと言われれば、やっている気もしますね」
「そう、すでにやっているんだよ。それをきちんと認識すればイイだけだよ」
「うーん、まぁ、確かにそうかも…」
「だべ、まあ力むのだけは本人にやってもらわないと、糞も出て来ないけどね」
「そっかぁ…、そういう事かぁ…」
私は急に、自分の仕事に対する認識が、はっきりとして来た気がした。
「ほら、キーちゃん、『力み担当』が戻って来たよ」
佐野は、顎をしゃくって堂本の事を指している。
「はぁ…、当然彼の尻を拭くのも、水を流すのも、ズボンを履かせてやるのも、全部僕の仕事なんですよね」
「そう言う事だべ」
佐野は大笑いをすると、私の肩を二回、ポンポンと叩いた。
超高圧ホースやエアホースを全て塔内から出し、1インチ(25.4mm)の水ホースを塔内に引き入れる。
「うひゃひゃひゃひゃ!さあ、楽しい楽しいお掃除タイムだぉおおお!」
ハルは嬉々としてノズル付きの水ホースを手に持つと、凄い勢いで階段を上がって行く。これから何が起きるのかを知っているのは、佐野と、本村組の須藤くらいだろう。
五分後…。
「うひゃひゃひゃひゃ、うっひゃおぅう!」
「あー、あー、あー!お、おお、おおおおおー!」
「待て、待て、待て、ちょっと!」
「だー、冷てぇええええ!」
地上40メートルのマンホールからは、狂った様な悲鳴と怒号が飛び出して来る。
「ま、いつもの事ですけどね」
「誰が聞いても仕事をしている様には聞こえないよなぁ」
佐野と一緒に、マンホールの中を覗き込む。
「ちょ、ちょっと、ハルちゃん、待てって!」
「うははははは!」
逃げようとする幸四郎を、ハルがノズルを絞って狙い撃ちにする。
「あぁあああ、馬鹿!冷たいべ!うわっ!」
大量の水を浴びた幸四郎が、悲鳴に近い叫び声を上げる。
「ハルさぁーん、仕事、仕事!」
私はマンホールから顔を突っ込み、早く足場の上の剥離ガラを洗い流すように指示をするが、とても本人たちに聞こえる様な状況では無い。
「ま、その内ちゃんとやってくれるでしょう」
「だね」
私は佐野と一緒に地上に下りると、作業用コンテナの周りを片付け始める。
「あ、あの、次は何をしますか?」
コンテナの中を片付けている私の前に、何度も堂本がやって来ては同じ質問を繰り返す。
「えーとね、次はそのキャップタイヤ(屋外用被覆電線)を回収して、束ねてくれる?」
丁度、佐野が架空配線してあったキャップタイヤを、ロープを解いて地面に降ろしてくれていた。
「えっと、これ?」
何故か堂本は、エアコンプレッサーから伸びているエアホースを指差している。
「いや、だからそこの黒い電線だって…」
「ああ、これの事なんだ、うふふふふ!」
何が楽しいのか、堂本は楽しそうに笑うと、キャップタイヤを手繰って、巻き始めようとする。
「あのさ、先にコンセントから抜いてね!」
「あ、ああ!」
堂本はキャップタイヤをたどり、建屋の中に入って行く。
「はぁー…」
私は深いため息を吐いた。
「どうした?」
階段を下りてきた佐野が、私のため息を訊き付けた。
「いやぁ、どうして一々、全てにおいて指示を出さないと仕事が進まないんでしょうね…」
私は堂本に毎回細かい指示を出す事に、うんざりとしていた。
「キーちゃん、それが職人さんってもんだよ」
佐野はニヤリと笑い、サラリと答えた。
「本当ですか?ハルさんなんか、大まかな指示を出せば、自分できちんと考えてやってくれますけど…」
「いんにゃ、むしろ、ハルちゃんみたいな職人の方が少ないんだって」
佐野は苦笑いをしながら、首を小さく横に振る。
「いい?木田君、職人さんと仕事をするって事は、こういう事なんだ」
「?」
「木田君は自分で糞は出来るよな」
「は?トイレで大をするって意味ですよね」
「そうだよ」
「そりゃ健康上の問題も無いし、自分で出来ますけど」
「職人さんってのは、自分で糞が出来ないんだよ」
「えーと…」
私は眉間の皺を佐野に向ける。
「職人さんと仕事をするって事は、職人さんをトイレに連れて行ってやって、便座を下ろしてやって、ズボンとパンツを脱がしてやって、『さぁ、準備は出来たから、後は自分で力んでくれよ!』って言う事なんだ」
「…んー?…そういう意味?」
「そ、そういう意味」
「本当ですか?つまり現場まで連れて来てやって、施工範囲を説明してやって、必要な機材は全て用意してやって、『さぁ、作業準備は出来たから、後は自分で働いてくれよ!』って言う事?」
「そうだよ。現にキーちゃんはすでにそれをやってるべ」
「…うーん、まあ、やっているかと言われれば、やっている気もしますね」
「そう、すでにやっているんだよ。それをきちんと認識すればイイだけだよ」
「うーん、まぁ、確かにそうかも…」
「だべ、まあ力むのだけは本人にやってもらわないと、糞も出て来ないけどね」
「そっかぁ…、そういう事かぁ…」
私は急に、自分の仕事に対する認識が、はっきりとして来た気がした。
「ほら、キーちゃん、『力み担当』が戻って来たよ」
佐野は、顎をしゃくって堂本の事を指している。
「はぁ…、当然彼の尻を拭くのも、水を流すのも、ズボンを履かせてやるのも、全部僕の仕事なんですよね」
「そう言う事だべ」
佐野は大笑いをすると、私の肩を二回、ポンポンと叩いた。
自分で考え、そして動く事が出来る人間は、どこの世界に行っても少ないってことです。
え?私ですか?私は他人の尻を拭きながら、自分の尻が拭けていないタイプです。
って、ダメじゃん…。